Lovefool : epilogue 1

 後日、ガーデン食堂の片隅。
「見たよ~、噂の廊下。…あれ、スコールがやったの?」
 リノアが割った箸を擦り合わせて、ささくれを払いながら、向かいのキスティスに小声で尋ねた。
「…まだ秘密よ」
 キスティスも小声で答える。
 リノアとキスティスは、ランチの載ったトレイを前に6人掛けテーブルの壁側の隅の席に着いていた。
 食堂はほどほどに混み合っている。
 あの日、遅くに帰ったリノアは、スコールの様子が気にかかり、早々にバラムを再訪したのだが…。
「原因は、やっぱりサイファー?」
「そうなんだけど、コミッションが詮索してくると説明のしようがないでしょ?」
「…うーん。たしかに」
 保護観察中のサイファーと、監視官のスコールのトラブルでガーデンが破損したとなれば、何かと面倒な話になる。
 ホントのことは言えないしね~、とリノアが納得すると、キスティスも小さく微笑む。
「記憶の消えたスコールが、G.F.の制御に失敗して、やむを得ず戦闘したってことにするみたい」
「…エデンもひどい濡れ衣ね」
「SeeDランクも降格だけど、ま、あの子のことだから、すぐに戻るでしょ」
 ただね、修理費は委員会持ち、とキスティスは苦笑した。
「学園長に交渉して、ガーデン運営委員会の6人個人で弁償する代りに、事実を伏せてもらったわけ」
 スコールは抜いて5人で弁償する案もあったが、当のスコールに却下された。

* * * * *

 あの戦慄の日の翌朝、スコールは、ほぼ元通りの彼に戻っていた。
「昨日は取り乱して済まなかった」
 ゼル・アーヴァイン・セルフィ・キスティスの四人が、覚悟を決めて執務室に入ると、スコールとサイファーはすでに着席していて、スコールはいつもの口調でそう言った。
「…だけど、あんたらも悪いんだぞ。冗談にしても、タチが悪すぎる」
 スコールは、少し拗ねたように言い足して、ふいと目を反らした。
 前夜に見た、激しい怒りの色はすでに無く、むしろ怒り過ぎたことを恥ずかしがっているその様子に、後悔で眠れなかったキスティスは、安堵で膝が崩れそうになった。
 廊下の惨状を目の当たりにし、恐怖のどん底にあったゼルとセルフィに至っては、泣きだしたほどだ。
 そこから、一部涙ながらの謝罪が順繰りに続き、スコールが「もういいから」と終わらせた後、ゼルが涙を拭きながら、スコールに尋ねた。
「で、あの、スコール…、…廊下…だけど……アレ、どしたの?」
 奥の席に座ったサイファーが気まずそうな顔で、「あー…」と呻いて、がりがりと頭をかく。
 スコールはサイファーを見ず、顔を赤らめて「昨夜、逆上して、ちょっとな…」と言葉を濁した。

* * * * *

「『ちょっと』、ねぇ…ま、スコールが本気で怒ったらああなるよね」
「…まさか、あんなことになるなんて思わなかったのよ。言い訳になっちゃうけど」
「…で、アレ、いくらかかるの?」
「バラムで済ませるか、F.H.まで移動して修繕するか、見積書お願いしたとこ。返事が恐いわ」
 キスティスは肩をすくめて、サイドメニューのサラダをフォークで混ぜ合わせる。
「…それで、あのふたり、…ほんとに恋人同士になっちゃったの?」
 リノアがとうとう、核心について尋ねると、キスティスは重々しく頷いた。
「…どうもそうみたい」
「ふあ~っ、すっごいね~…。こういうのなんだっけ? 『ヒョウタンから熊』って言うの?」
「ちょっと違うけど、そのぐらいのインパクトはあるわね…」
 話題の指揮官と指揮官補佐は、同じ食堂内の少し離れた席に着いている。
 普通に喋っても聞こえる心配はないのだが、内容が内容だけに、ふたりはひそひそと囁き交わす。
 まさかねえ、あのスコールが、とリノアは未だ半信半疑だ。
「わたしがいっくらコナかけても、ぴんと来ないような男の子だったのに」
「あら? スコールが振られたんだと思ってたのに、違うの?」
 意外そうに瞬きするキスティスに、リノアは箸を置き、人差し指を振って重要なポイントを強調した。
「振ってあ・げ・たの。だってスコール、デートの度に深刻な顔して来て、帰り際にほっとしてるんだもん」
 思わずそういうスコールの顔を思い浮かべてしまって、キスティスは苦笑する。
「…でも、スコールはショックだったみたいよ? リセットはそれ以来だもの」
 それならちょっとは許してあげようかな~って気もするけどね、とリノアも笑った。
「でも、多分スコールはね、『恋人』っていう任務が失敗したのがショックだったんだと思うな」
「あら、ずいぶん厳しいご意見」
 でも、そんな感じでしょ? と魔女は唇を尖らせた。
「それに、次がサイファーってどういうこと!?って聞きたい!」
「まあ、それは、わたしたちのせいかもしれないけど。…でもねえ」
「普通こういう展開にはならないでしょ! で、これ、皆知ってるの?」
「ええ。だって、あの企画、ガーデン中でスコール以外、ほとんど皆知ってたんだもの」
 そもそもの始まりは、スコール抜きの飲み会で、酔った勢いから始まった与太話だった。
 それが、セルフィの恐るべきイベント推進力で実現し、ガーデンの裏ネットワークにも根回しされた。
 その徹底ぶりたるや、「もしもイベント中にスコール指揮官に話しかけられたらQ & A」なる指南書まで出回っていたぐらいだ。
 しかし、ガーデンの生徒たちは、この準備自体を一種のお祭りとして受け止めていた。
「誰もあんなふうに、スコールが真に受けるなんて思ってなかったのよ。わたしたち委員会メンバーのお遊びで、すぐにスコールに全員怒られて終わり、みたいな感じを予想してたのね」
 キスティス達にしてみれば、それでも良かったのだ。
 スコールが、下手に記憶を失うと、どんな悪ふざけに巻き込まれるか分からない、という緊張感を持ってくれれば。
「キスティスも、どうせすぐバレると思ってたんでしょ?」
「ええ。それが、演技してみると怖いものね、なんだかだんだん真に迫ってきちゃって…」
「女優モード」
「そうそれ、女優モード。そうなのよ。なんか状況に酔っちゃって…いけないわね」
 キスティス補佐官は反省の表情を浮かべて、長い指先で頬を押さえた。
「それがああなっちゃったものだから、一般生徒には裏サイトで、こんなおふざけの企画はやっぱり中止することにしたって告知したんだけど…」
「…バレバレ?」
 魔女が箸を止めて、上目遣いにキスティスを見あげる。
「そう。だって、廊下がああなって、今のところ原因のアナウンス一切なし、何も聞くな、でしょ?」
「…普通は、何かあったと思うよねえ」
「で、アレでしょ?」
 キスティスが目顔で、向こうのテーブルを指し示した。
「…アレだもんねえ」

 食堂の隅っこに、向かい合わせに座った噂のふたり。
 サイファーはAランチのプレートを無言で片づけている。
 スコールはオムライスを端からスプーンで掬って、やはり黙々と口に運んでいる。
 会話は無い。
 一見、殺伐とした食事風景。
 しかし、時折、サイファーがスコールをちらっと盗み見る。
 すぐまたAランチに戻る。
 今度はスコールがサイファーの様子をこっそり窺う。
 すぐまたオムライスに没頭するフリ。
 これを互い違いに、延々とやっている。
 息の合った餅つきのように、タイミングがずれないのが不思議だ。愛の力か、違うのか。
 本人たちはバレてないつもりかもしれないが、周囲には隠しきれない嬉し恥ずかし幸せオーラがもやーんと漂っている。
「あんなに心配したのに、もう。やきもきしたこっちが馬鹿みたい」
 食の進まないキスティスが、常にない行儀の悪さで頬杖をついた。
 リノアも脱力して眺めていると、餅つき状態にあったサイファーがふとスコールに声を掛け、頬のあたりを指さして何か言っている。
 スコールが「?」と自分の頬を何度も拭っているが、埒が明かないらしい。
 そのうち、サイファーが身を乗り出して、スコールの顔に付いたごはん粒を取ってやろうとしたところで、同じテーブルの生徒が、がたっと音を立てて立ち上がり、食べかけの皿を持って移動した。
 我慢の限界に達したのだろう。
 サイファーが何事も無かったかのように再び腰をおろして、皿に向かった。
 スコールも澄ました顔でオムライスをつついているが…顔が、明らかに赤い。
 その上、スプーンがときどき何もない空間をすくっている。
「ひっどいね~。あのスコールが、あんなふうになっちゃうんだ~」
 見るに堪えない、という顔で魔女が感想を述べた。
「あー、トンカツで胸やけしそう」
 キスティスがメインの皿を眺めて呟くと、リノアも麺を掬いあげて胸元を押さえた。
「わたしなんか冷やし中華なのに、もう胸やけしてる」
 別に恋人なんか居なくたって、生きていけるけど。
 あーあ。
 何か空しい…。
(はぁ。恋愛がうまくいく魔法とかってないのかなぁ~?)
(この間断った合コン、やっぱり出てみようかしら…)
 いい女ふたり、ため息が重なった。



 2013.10.20 / Lovefool : epilogue 1 / END

 とりあえずエピローグの1個目です。
 ドッキリのくだりは「超」のつく昭和な展開で、わたし自身があのノリを思い出せず苦しかったです。プラカードって今でもあるの?? みんな分かる~!? と不安にさいなまれつつ書きました。
 この話は長い間タイトルが決まらず、最後にリノアが冷やし中華を食べることだけは何故か早くから決まっていたため、仮タイトルが『冷やし中華』だった、そんな時期もありました…。後から(やっぱ4月で冷やし中華はおかしくない??)とメニューを変更しようとしたんですが時すでに遅く、何を食べさせてもしっくり来ないのでそのままになっています。心底どうでもいい話ですみません。真面目な(?)あとがきはサイファー編の後で、あと少しだけ、どうぞお付き合いくださいませ。