――室内は夕闇に沈み、天井近くの窓から射す茜色のひかりが、灰色の壁を斜めに照らしている。
(はんちょ…意識が戻ったんやね…)
パイプベッドの枕元に立つセルフィは、悲しげにスコールを見下ろしていた。
(どうしたんだセルフィ…ここは…懲罰室か?)
(そう。うちらかて、こんなこと、したなかったんやけど)
横たえられた身体の、両手両足が拘束されていることに気づき、スコールは狼狽する。
(何故だ?…俺は、いったい何を…)
記憶の無いスコールは、目の前に立つセルフィに問いかける。
少女の瞳から、涙がひとすじ流れて、横たわる指揮官の頬に音も無く落ちた。
(はんちょ…。結局、どの道を選んでも…こうなる運命やったんかなあ…?)
セルフィの頬を照らす夕日が、もう片側に暗い影を落としている。
スコールは目を凝らすが、その表情は半分しか見えない。
(…何が。何があったんだ、俺は…)
セルフィは薄く微笑んで、スコールの青白い頬に自分が零した滴を、震える指先でそっと拭った。
(なあ、やっぱり…サイファーもとはんちょのこと、殺さずにはおれんかったん…?)
「…ってホントに繋がるのかと思っちゃった。あの廊下見たときは、寿命縮んだわ~…」
セルフィが頬杖をついて、長いため息をついた。
「ホントだよね~。僕もてっきり、もうサイファーには会えないのかと思ったよ~」
平皿のカレーライスをスプーンで掬いながら、アーヴァインも、安堵の表情を浮かべている。
さらに後日、ガーデン食堂の一角。
「ゼル、どしたの?暗ーい顔しちゃって」
セルフィは、同じ丸テーブルに着いた、うつむき加減のゼルを覗き込んだ。
「だってよー。オレたちのせいで…あんなことになっちまって…」
ゼルは冴えない表情で、少し離れた席で、B.G.指揮官と保護観察中の男が向かい合わせに座っている様子を盗み見る。
アーヴァインとセルフィは、ゼルの言わんとするところを察して、顔を見合わせた。
「でもさ~。幸い、サイファーも殺されなくって済んだんだし…」
「そんなに気に病まなくってもいいんじゃな~い?」
「これが気に病まずに居られるかっ! オレ達のせいで…スコールがゲイになっちまったじゃねーかっ」
真面目な幼馴染を丸め込むのに失敗したアーヴァインは、へらりと笑って頬をかいた。
「う~ん…やっぱそう?」
「オレは最初からこのキャスティングは不安だったんだよ!」
「でも~、ねえ、あれ見てよ」
小声で憤るゼルに、セルフィが件のテーブルをこっそりと指差す。
「別に、いいんじゃない? はんちょ、あんなに幸せそうなんだし~」
そう言われて、ゼルが再びその席に目を遣る。
こちらを背にしたサイファーに向かい合うスコールの、何処かそわそわした表情が見て取れた。
「う~ん…」
「それにさ~、多分、スコールには今回の企画がそうとう強烈な体験になったから、今度リセットがかかったとしても、ここからスタートになると思うんだよね~」
「これからは、もとはんちょとの思い出も大切になるでしょ~? きっと無茶しなくなるよ~」
アーヴァインとセルフィは示し合わせたように、話をめでたい方向にまとめようとしてくる。
「どっちにしろ、これでミッションコンプリート! 計画通り! 元気だしなよ~」
セルフィは満面の笑みで励ますが、ゼルは浮かない顔だ。
「後はアレだよね」
「アレだね~」
「ああ…コレか…」
ついさっき、キスティスから「きっちり6等分よ」と渡された請求書…。
「あのお値段は…マジでキたよね~」
執務室前の廊下の傷は、基礎まで達していた。
(スコールも含めて6人で、等分に負担するっつってもなぁ…)
ゼルは額面に並んだゼロの数を思い出して、げんなりする。
(ずーっと最高ランクを継続してて、金の使い道も無いようなキスティやスコールはいいだろーけど、凡ミスの多いオレじゃ、一括払いなんかできねーよ…)
SeeDになったのが遅いアーヴァインや、他に返済のあるサイファーもそうだが、セルフィも、愛車のローンと重なって相当しんどいらしく、今もトレイに載っかってるのは一番安いメニューの「かけうどん」だ。
(だけど、6等分ってのがどーも…)
あんなに反対した身としては納得いかない気もするが、今回の事故の責任もあるわけだし、とゼルは自分に言い聞かせる。
「あーあ、お金がかかんない企画のハズだったのにな~」
「でも、それだけの価値はあったと思うしかないよ…」
呑気なふたりのぼやきを聞き流し、ゼルは思わずため息をつく。
(それにしても、ホントにこれでいいのかよ…)
目の前の食事のことも忘れ、ゼルはもう一度、奥のテーブルを眺めた。
フォークで何かを口に運んでいるスコールは…いつになく顔色が良くて。
いつもの無表情が作りきれてなくて。
(あれってたぶん、嬉しいのを無理に隠そうとしてる顔だよな…)
こうして何度こちらが覗いても、スコールはうわの空なのか、気付く気配も無い。
(考えてみりゃ、スコールがあんなに幸せそうにしてるのを見るのは、初めてかもしれねえ…)
リノアと付き合ってるときも、どちらかと言えば、悩んでる顔のほうが多かったような気がする。
どうしてか、何となく悔しいけど…やっぱり、サイファーって、良くも悪くも、凄え奴だよな。
セルフィとアーヴァインが、いつも通りの食欲でランチを取りつつ、ローンの相談をしているのを聞くともなしに聞きながら、ゼルはぼんやりと頬杖をついた。
今はもう分かっている、とゼルは思う。
スコールが記憶を失くすのは、オレ達のことをどうでもいいって思ってるからじゃねえ。
それにもし…今度スコールが記憶を失くしたとしたら。
そのときはまた、サイファーに任せればいいってことなんだよな。
セルフィの言うとおり、これで良かったのかもしれないな。そう思うことにしよう。
いいよな、スコールが幸せなら、それで。
うん。
…きっと。
……多分な…。
強引に思い定めた結論に、ゼルの常識がちくちくと刺さって、だんだん確証が無くなってくる…。
(いや、いいんだ。スコールとサイファーのことを、常識なんかで量っちゃいけねえんだ。うん)
ゼルは気を取り直し、皿の上で冷めてしまったホットドッグを、一口齧った。
遠目に見るスコールが、サイファーと何か話している。
その口元が、わずかに微笑んだから…これはハッピーエンドでいいってことにしよう。
2013.10.20 / Lovefool : epilogue 2 / END!
エイプリルフールから、まさかの足掛け半年超え…。
この長い話を、最後まで読んでくださった方に、心からお礼申し上げます。どうもありがとうございました!
※さらにロングバージョンの後書きにお付き合いくださる方はこちらへ…