Awfully Sweet: Quistis

 3月14日、いつもの時刻に出勤したら珍しく先客がいて、デスクの上にラッピングされた箱がひとつ。
 辺りを見回して、セルフィの机の上にも同じものを発見する。
「おはよう。これ、スコール?」
「…ああ」
 一つ年下の上司が、目を伏せて頷く。
 推測は簡単だった。委員会室にはまだスコールひとりだったし、彼のデスクにはバラムの老舗洋菓子店の紙袋が見える。
「どうもありがと。でも貴方、今日オフじゃなかった?」
「だから、これだけ置いていこうと思って」
 スコールは、ペーパーバッグから一回り小さな箱をごっそり取り出し、奥の打合せ机の上に積み上げた。
「キスティ、悪いが…取りに来る人が居たら、渡しておいてくれないか」
 わたしは自分のPCを立ち上げながら、今や年少クラスから食堂のスタッフまで、幅広い人気を獲得した彼を横目で眺める。
「…本人が居ないと、ファンの子たちもがっかりじゃないかしら。シフトの組み方、間違えたわ」
「いいんだ。誰がどんなのくれたのか、良く覚えてないから…」
 指揮官は、少しばかり後ろめたそうにうつむいた。でも、そう言いながらもきちんとお返しを用意するなんて…スコールもずいぶん変わったものね…。
 密かに感慨に耽っているうちに、ゼル、続けてアーヴァインとセルフィが連れだって「おっはよ~!」と部屋に入ってくる。
「わ! これ、はんちょ!? ありがとー!!」
 セルフィは嬉しそうにさっそく包みを取り上げて、ラッピングの上から匂いを嗅いだりしている。
 メンバーが揃ったところで、内線電話が鳴った。総務からの緊急連絡。
「またなの? …怪我の状況は?」
 わたしの声が尖るのを聞き、帰りかけていたスコールの細長い後ろ姿が足を止めて振り返り、目顔で「どうした?」と尋ねてくる。
「…わかったわ。調整します」
 ため息をついて電話を切った。
「…ドールに派遣したチームから負傷者が出て、こっちのキープからひとり応援希望ですって」
 報告すると、彼もわずかに眉をしかめた。
「怪我人は誰だ。ランクは?」
「別チームから振り替えたあの子よ。ランクB。…こうも手隙の少ないときに、困ったわね」
 今のガーデンは、事務方が別組織の指揮下に人材を派遣する事業と、わたしたちの委員会が作戦込みで任務を請け負う事業の二本立てで運営されている。
 現在は繁忙期で、優秀なSeeDや候補生が足りない。特に今月に入って、事務方から「人を回してくれ」と言われるのはもう三回目で、こっちも人手の遣り繰りが苦しい。
「…俺が行く」
 スコールは短く片づけると、すっとわたしの肩越しに手を伸ばし、デスクトップのキイボードを叩いて、瞬く間に派遣先の情報を呼びだす。
「貴方が?…悪いわ。ここのとこずっと連勤じゃない」
 それに、わざわざスコールが行くような内容でも無い。無いけれど、
「今日は他に回せそうな手駒が居ない。煙たがられるかもしれないが、あっちの派遣の現場の様子も、たまには見ておきたいし…ドールの件なら、今日中には片付くだろ」
 モニタに映るデータをざっと目を走らせ、スコールはもう出発の準備を始めている。彼の言う通りではある。
「クルマ、どれか空いてるか?」
「そうね…8号車で良ければ」
「ああ。終日で予約入れといてくれ」
 答えながら、スコールは慣れた仕草で、ガンブレードのケースを開けた。
 一秒停止。
 そして閉じた。
 スコールのブレードは、常にきちんと手入れされている。だからいちいち開けてみる必要などないのだけれど、彼は任務に就く前に必ずこうやってライオンハートの姿を確かめる、その時間が、いつもより少しだけ短かった。
「ねーねーはんちょ。今見えたの、なぁに?」
 隣に居たセルフィが、身を乗り出す。何かがケースの中に入っていたみたい。…セルフィの気を惹くような、魅力的な何か。
「…何でもない」
 スコールの素っ気ない返事にも、セルフィはひるまない。
「何でもないなら見せてよ~」
「…見せない。けど何でもない」
 キスティス、鍵、と広げたグローブの手のひらへ、わたしはキーボックスから8号車の鍵を投げる。
「気をつけてね」
 スコールはわたしに軽く頷き、ブレードのケースを片手に部屋の扉を開け、思いついたように振り返った。
「ああ。そうだ…アーヴァイン。念のため、俺の携帯端末に総務からのデータを送ってくれ」
「了解~」
 アーヴァインはにこにこと手を振って見送り、スライドドアが閉じると、その笑顔をそのままセルフィに向けた。
「…で、セフィ、何だったの?」
「キレイなちっちゃい箱! 銀と紺の細いリボンが重ねて結んであるの~」
 こーんくらいの、と目を輝かせたセルフィが両手の親指と人差し指で四角を作って見せる。
「銀と紺のリボンって…新しいショップのじゃない? …本命へのお返しだよ、きっと」
 アーヴァインが「ほら、あの」と挙げた名前は、最近バラムに出店したばかりのジュエリーショップ。
「今日、誰かとデートの予定だったのかな~? シフト、他から回せれば良かったね」
 端末からスコールに任務の資料を転送するアーヴァインに、ゼルが首をひねりながら異論を唱えた。
「でもよー、今のスコール…何か、びっくりしてなかったか?」
 一瞬だったけれど、わたしにも、そう見えた。
「?」の次に「!」が入ってから、普段の顔に戻って素早くケースを閉じた気がした。
 …なーんだ。
 わたしはこっそりひとりで納得する。それじゃ、上手くいったんじゃないの。先月、「どう? ちゃんと渡せた?」って訊いたときには彼、何とも言えない微妙な顔をしてたのに。

 * * * * *

 一ヶ月と少し前、バレンタインデーを間近に控えたある日。
 わたしは出張帰りに買い物も済ませてしまおうと、有名なチョコレートショップに立ち寄った。
 ショーケースの周りは、女の子のグループでがっちり囲まれてる。何とか隙を見て人垣に入りこまなきゃ、とアプローチするポイントを探していると…壁際に、見知った顔がたたずんでいるのに気づいた。
「あら、スコール」
「あ…」
 今日は午後からオフだったはずだ。こんな遠くの店で会うなんて。
 所在なさげな顔は、執務室の指揮官とは別人のようで、わたしの気がかりな生徒だった頃の彼に見えた。
「どうしたの? こんなところで…あ、誰か待ってるの?」
「い、いや」
 どうやら、ショーケースの方を遠巻きに窺ってるみたい。
「…お土産でも買いに来たの?」
「…いや」
「…?」
 買い物なら、そんな弱気じゃ今日は買えない。
 それにしても、スコールがこんなチョコレート専門店に何の用があるのか、わたしにはピンとこない。
「キスティスは…?」
「わたし? バレンタインデーのギフトを買おうと思って。ヤだわ、貴方に渡す分もあるのに」
「あ…そうなのか。間が悪くて…すまない」
 気まずそうに謝る彼を見て、もしかして、と思った。
「そうね、せっかくだから、自分で選んでもらおうかしら? ほら、あの辺り、少し空きそう」
「…あ、ああ」
 手を引いて、ライトがキラキラしてるチョコの棚の前へ誘うと、おずおずとついてくる。
 やっぱりそうだ。
 目的が無かったら、スコールがこんな…女の子の群がってるショーケースに近づく筈ないもの。人目を避けるために、わざわざ遠くまで来たんだと思う。
 それなのに、気合と計算の渦巻く店内の空気に途方に暮れて、あんな壁際に突っ立ってるなんて…任務のときとは大違い。
「スコール、どれがいい?」
「…どれでも」
 そう言いながら、きらびやかに飾られたチョコレートを、スコールは深刻な顔で見比べてる。
 自分の分なんかにまるで興味の無い顔に、思わずちょっと笑ってしまう。
「贈り甲斐のないひとねえ。ほら、これなんかどう?」
 スコールはわたしの指さした、小さな詰め合わせに視線を落として、重たい口を開いた。
「うん…。キスティ、その、訊いてもいいか?」
 可愛い弟と買い物に来た気分になって、わたしは優しく促す。
「…なあに?」
「その…、普通、…いわゆる、本命って…どの辺りが相場なんだ?」
 途切れ途切れの質問で、推測は確信に変わった。
 それにしても、スコールが「本命」って言葉を、そういう意味で使うのって新鮮だわ…。くすぐったい気持ちを堪え、わたしはそ知らぬフリで、スコールの疑問に答える。
「…この中で? そうねえ、年齢や好みにもよるけど…大体、この辺りから上かしら」
「そうなのか…? ここからこのぐらいまでは、去年、俺が貰ったチョコにもあったような…」
「あなた、まさか自分が貰ったチョコレート、ぜんぶ義理だと思ってるの?」
「…」
 スコールは無言で瞬きした。
 …多分、素でなんにも考えていなかったんでしょうね。
「そうね、ま、贈り方にもよるけど…ここからこっちなら、普通の相手なら、本命って分かってもらえるんじゃないかしら」
「…そうか」
「で、甘いもの好きならこっちの沢山入ったのもいいけど、そうね、スコールのお相手だと…」
「ちょっ、ちょっと待て。別に俺は、」
「量より質、のほうがいいんじゃない?」
 うろたえるスコールに構わず、わたしは特に品の良いチョコレートの並んでいる辺りを示した。
「これとか…どう? それほど派手でもないし」
「……」
 出来うる限り何気ないふうを装って見あげると、彼はまだ何か言い訳をしようと口を開きかけてから、意味が無いと悟ったのか、諦めたようにわたしの指差すガラスケースに目を落とした。
 いくつか個数の異なるパッケージを、スコールは真剣に見つめている。
 反論する余裕も無いほど、切羽詰まっているのかも。こうして改めて眺めても、見惚れるほど整った横顔で…何を考えてるのかしら?
 大袈裟すぎないかとか、他の子からのものと較べて、見劣りしないかとか悩んでるのかしら。貰う相手は、そんなこと、気にしないのにね。あなたからのチョコレートだったら、きっと、どんなものだって特別なのに。
 考え込んでいるスコールは、彫刻のようになってしまって、微動だにしない。放っておくと、一時間でも二時間でもぐるぐるしそう。この長身で、ショウケースの前をそんなに長い間塞いだら迷惑だし。
「わたしはこれを買うわ。スコールの分も、これで良い? あなた、リキュール平気よね?」
 そろそろ、と見計らって声を掛けると、スコールははっと我に返った。
「…ああ。あ…、ありがとう」
「えーっと、予備を2つくらい、後は本当のお義理用にこれを2袋買ってと…」
 頭の中で必要数をカウントする。
「スコールは? …何か買う?」
「あ、ああ……」
 水を向けると、彼はさっきまで見つめていたトリュフの箱にちらりと視線を走らせたけれど、口から出た返事は「…いや、やっぱりいい」だった。
「そう? …じゃ、会計するわよ?」
「…ああ」
 ここは無理に念を押さないほうがいいと踏んで、わたしはカウンターのスタッフを呼ぶ。
「これを8つ。それと、こちらの詰め合わせを2つください」
「かしこまりました。メッセージカードはお付けしますか?」
「ええ。8枚お願いします」
「それでは、お会計を…」
 そこでもう一度スコールを振り返ると、後ろに立つ彼とばっちり目が合った。
「キスティス、済まない…これを、一緒に買ってくれないか。後で払うから」
 スコールがやっと指差したのは、ケースの中でも、とびきり上等なトリュフのアソート。わたしが奨めたラインの、6つ入りのものだった。
「ええ、いいわよ。メッセージカードは?」
「要らない」
「ごめんなさいね。じゃ、これをひとつ追加で」
「こちらですね。ありがとうございます!」
 店の女性スタッフも、ホッとしたように顔をほころばせた。
 ブルーグレイのペーパーに、焦げ茶のサテンのリボンを掛けてもらった。

 店を出て、スコールに注文の品を渡した。
「はい、これ」
「…ありがとう」
 未知なる生き物でも入ってるみたいな、こわごわと手つきで、彼はバッグを受け取った。
「お役に立てて良かったわ。…頑張ってね?」
 とうとう我慢できなくなって微笑みかけると、スコールはふいと目をそらして俯いた。
「別に…」
「そういう」んじゃないんだ、とマフラーに顎をうずめた彼は言ったけど、「そういう」顔をしていた。

 * * * * *

「それじゃ、さっきの箱は、はんちょがガンブレケースに入れたんじゃないってこと? あっやし~! 何だろ~?」
 セルフィは秘密の匂いが大好きだ。
「そりゃ、ファンからのプレゼントじゃないの~? スコール、モテるから」
「だよなー」
 アーヴァインの意見にゼルも同意して、スコールの積み上げた「お返し」の箱を見やった。
「でもー、あのケースの中にはんちょに黙ってプレゼント入れるなんて、凄いよね~? だって…」
 だって、の先を考えたら、正解に辿りついてしまう。
 わたしは声を張り上げて、セルフィの詮索を遮った。
「さあ皆、そろそろお仕事に取りかかってちょうだい! セルフィ、あなたも今日は出張でしょ?」
「そうだった! その前に資料借りて来なきゃだった~!」
 セルフィは慌てふためいて準備を始めて、その話はうやむやになった。

 メンバー全員が任務に出払って、調整役のわたしは執務室にひとり残った。
 そう、考えてみれば、答えはかなり絞られてくる。
 スコールは毎晩、ライオンハートの手入れをしてから就寝する習慣のはず。
 つまり、深夜から今までの間、スコールがあのケースから目を離したときしか、プレゼントを忍ばせるチャンスはないってこと。
 …良かったわね、スコール。
 わたしはどうしても込み上げてくる笑いをかみ殺す。
 それにしても、あのふたりが恋人同士だなんて…昔のふたりに聞かせたら、どんな顔をするのかしら。もっとも、サイファーの方はもしかしたら、ずいぶん昔からスコールを好きだったのかもしれないけど。
 チョコレートを買った後の、スコールの照れた顔を思い出した。
 あのスコールが、あんな顔するなんて、恋人の目からみたら、さぞや可愛くてたまらないんでしょうね。ちょっと妬けるわ。
 どのあたりまで進んだのかしらね、なんてつい下世話な事まで考えてしまって、慌てて自分の想像を追い払いながら、スコールが置いてくれた焼き菓子の箱を、いったんデスクに仕舞おうと持ち上げる。
「…あら」
 箱の下に、メッセージカードが隠されていた。
 感謝を込めて、というお決まりの文句に、チョコレートの件ありがとう、と小さく書き足してあった。



2014.3.13 / Awfully Sweet - Behind the Scenes : Quistis / END

 このチョコレート売り場は、ふた昔ぐらい前、過ぎ去りし時代の華やかなイメージで書きました。近頃は義理だの本命だのより、友チョコ・自分チョコという単語の方がよく耳に入ってきたりして、時の流れを感じます。
 盛り上がりのない話ですが、なんとなく続いてしまったので、もし良かったら、お付き合いいただけると嬉しいです。