Awfully Sweet、おまけ

 俺とスコールは微妙な関係だ。
 ふたりとも、相手を気に入ってるってとこまでは、まず間違いない。それから、相手も自分に気があることは、お互い分かってる。
 ふたりきりのときにしか態度に出さないが、部屋ではハグも普通にするし、ソファでべったりくっついてテレビをみたり、ときには膝枕でごろごろしたり。一応恋人同士と言っていいはずだが、いまひとつアイツの態度がはっきりしねえ。少しずつスキンシップに慣らしていったせいで、正確にいつから付き合ってるとは言えないが、クリスマス・イヴ以来、朝晩必ず頬か額にキスしてやるようになって、もうひと月半になる。それなのに、未だにアイツの方からは、何にもしてこないのだ。

 そうは言いながらも、俺が「おはよう」とか「おかえり」の挨拶とともに顔を近づけると、アイツは、意識してかしないでか、俺がキスしやすいように、ちょっと頬を傾けたりするのが可愛い。
 スコールは、すぐに悩む。隙あらば悩む。悩んだ揚げ句にとんでもない結論に達したりするし、達する前に自棄になって投げ出したりもする。俺としてはというか、俺としたことがというか、極力アイツを悩ませないようにソフトに接して来た。
 しかし、永遠にキヨラカなお付き合いを続けるつもりもない。俺は最近、唇にもキスするようになった。
 出来る限り自然に距離を詰めてるつもりだが、やはり頬と唇の差はデカイ。そろそろいいかと思い初めてしてみたとき、スコールは相当驚いたらしく、棒を呑みこんだような顔でしばらく目をぱちぱちさせていた。
 次の反応を待って俺がじっと見守っていると、ヤツはふいと目を反らし、何事も無かったフリをした。耳がうっすら赤くなっていた。俺はOKと解釈し、それ以来、何度か唇を合わせたが、スコールも満更でもない様子で、キスした後はほんの少し、機嫌が良いような気がする。
 けれど、アイツは相変わらず、向こうからはさっぱり寄ってこない。まあ、男同士だし…このまま関係が進めばどうなるか考えれば、迷うところもあるのかもしれない。だけど、せめてもう少し手ごたえが欲しいよな…と思っていたんだが。

 今朝がた総務から緊急メールが入って、他のSeeDが就くはずだった任務が、俺に割り振られた。それまでの罪状からついたペナルティで、前代未聞のマイナスからスタートした俺のSeeDランクは、まだ決して高く無い。SeeDトップのスコールと比べてどうなるもんじゃねえと分かっちゃいるが、男としてはその辺がどうしても気になる。こういう飛び込みの任務は査定にボーナスが付くから、早くランクアップしたい俺は、優先的に自分に回してくれるよう、希望を出していたのだ。俺は急いで支度を済ませ、スコールにメモを残そうとして…やっぱり顔を見たくなった。

 アイツが眠っているときに、部屋に入ったことは、これまで無かった。いくら男同士とは言え、俺はスコールに惚れてるわけだから、ずかずか踏み込むのは遠慮していた。俺様のそういう配慮が伝わっているかどうかは謎だが…。しかし、今日の任務は少しばかり危険が大きく、きちんと朝のキスをしてから出かけたかった。
 枕の上に髪を散らして、スコールは布団にくるまって眠っていた。
 ……。
 一口には言えない複雑な衝動が襲ってくるが、ぐっと我慢する。
「スコール」と名前を呼ぶと、まだ目が覚めきらないのだろう、ぼんやりと俺を見上げてくる。これが数時間後には、ばりっとした指揮官に変貌するのだから、不思議なモンだ。今から明日まで任務に就くことを告げて、滑らかな頬にキスすると、アイツは「え」と目を見開いて、…明らかに、がっかりした顔をしたので驚いた。寝起きで、まだ判断力が鈍っているんだろう。
 か…可愛いじゃねーか。なんだよ、お前、俺が留守にするのが寂しーのか?
 今日はバレンタインデー。まさかこのシャイなスコールが、俺にチョコなんぞくれるとは思えないが、ことによると、晩メシぐらい一緒に食おうと思っていてくれたのかもしれない。

 俺は全身全霊を傾けて任務を完遂し、車を飛ばしてガーデンに戻った。同行したSeeDは疲労のためか、助手席で半分死体のようになっていたが、何事にも犠牲はつきものだ。
 まっすぐ部屋に帰り、スコールは個室を訪ねると、幽霊でも見たみたいに驚いていた。晩飯には間に合わなかったが、一応、記念日のうちに恋人らしい時間が持てるな、そう思ってスコールの髪の匂いを楽しんでいると、ふわりと、チョコレートの甘い香りがした。
 …チョコレート?
 こうやって触れるようになってから、スコールからそんな匂いがしたことなんか、一度もない。
「お前…チョコレート臭い」
「え」
 スコールがさっき振り返ったときの、驚いた顔。あの驚きの中に、わずかに感じたひっかかり。あれは、後ろめたさだったのか? そう言えば、あのとき何か腕が不自然に動いて…机の引き出しを閉めていた。
「誰かから貰ったチョコ、食ったのか?」
「いや、…」
「いや、じゃねーだろ。お前…誰からのチョコ食ったんだよっ」
「食べちゃ駄目なのか?」
 不思議そうに訊いてくるスコールにカッとなって、ヤツの両肩を掴んで怒鳴った。
「あったりめーだろーが! お前、俺と付き合ってる自覚あんのか!?」
 スコールは、ガラス玉みたいな目をまん丸くして、無心な顔でこう言った。
「……そうだったのか」
 ……。
 そうか。そうかよ。
 どーも手ごたえねーな、とは思ってたけどよ。
 じゃあ、今朝のあの寂しそうな顔はなんだったんだよ?そもそも、俺はお前の何なんだ!? ただの同居人か!? 
 俺の無言の怒りが伝わったのか、流石のスコールも失言だったと思ったらしい。
「いや…その、そうかも、と思っていないことも無かったんだが…」
「もーいい。黙れ」
 もそもそとフォローらしきものを唱える口を塞いだ。
 これまでは、コイツが変に悩まないよう、それこそ羽根のように軽いものにとどめていた。が、アレで分からないようじゃしょうがねえ。コイツは、少しは悩ませないと駄目だ。
 何度か唇を重ね直し、気持ちのこもったキスだと分かるようにキスした。少しは抵抗されるかと思ったが、スコールは俺のキスをされるがままに受け入れた。やっぱ気があるってことでいいんだよな?
 それでも、唇を離すと我に返ったのか、すっと視線を外して、いつもの「普通の顔」に表情をリセットした…つもりらしいが、頬も首筋も赤く染まっている。
 よし。それなりに効果があったようだ。しかし、チョコレートの問題が残っている。
「で、誰のチョコだよ」
 俺がコートを脱ぎながら尋ねると、スコールは嫌々といった空気を出しつつ答えた。
「買ったんだ」
「買った? お前が? 自分で? ……何で?」
 お前、そんなにチョコレートが好きだったか?
「その…念のために」
「念のためって…何が」
 コイツの話は、ときどきさっぱり分からねえ。
「何って言うか…」
 はっきりしない話にイラッと来て、俺はヤツの座っている机の引き出しを開けた。思った通り、隠されたチョコレートの箱が手前に現れた。綺麗な包装紙と、焦げ茶の細いリボンが解かれて、箱の周りに広がっている。
 どう見てもプレゼントだ。6個入りの箱はほとんど空になっていて、右下にトリュフチョコがひとつだけ残っていた。スコールの供述を信じるなら、コイツは「念のため」に自分でこのチョコを買って、5つ食ったということになる。
「あの…食べるか?」
 俺がチョコを睨んで考え込んでいるのが、食いたそうに見えたらしい。
「食っていいのか?」
「だって…俺が買ったんだし」
 訳が分からないが、言われるがままにトリュフを摘みあげて、口に入れた。ビターチョコのなかに、何か入っている。香りと感触からして、洋酒漬けのさくらんぼだろう。
「美味い」
 疲れて帰ってきたせいか、思いがけず美味しい。それに、どうもかなり高値そうだ。
 ふーん。何味?と訊かれて、あの箱は同じものが6個入っていたわけじゃなかったのか、と気付いた。チェリー、と短く答えて、急いでスコールの腕を引き、隣に座らせる。わざわざ選んで買ったチョコレートだ。6種類あったら、6種類食いたいのが人情だろう。
 口の中のチョコレートが形を失わないうちに、再び唇を重ねた。溶けかけたチョコを、スコールの唇の間に送り込む。汚してしまった所を舌で拭ってやると、ヤツはぎょっとしたように息を呑み、急に身を離そうとした。どうやらようやく、セクシュアルな対象として俺を認識したらしい。まったく、今まではどういう認識でいたんだか…。
「こら、逃げんな」
 今までの俺はソフト過ぎた。これからは押すぞ、という決意のもとに、逃げようとするスコールの腰を捕まえる。それにしても、どうしてスコールは自分で買ったチョコを俺から隠したんだ?と首を捻った途端、ぴかりとひとつの答えが閃いた。
 自分で食うのに…念のためってことはないだろう。
 もしかしたら、付き合ってるのかもしれないとは思っていたらしい。念のため、はそういう文脈で繋がるのか、と思い至った。
 好き合ってる同士、もっと早く閃いても良さそうな答えだが…俺は疑心暗鬼になっている。
「スコール。…このチョコ、もしかして、俺にくれる気だったのか?」
「………」
スコールはそっぽを向いてだんまりを決め込んでる。
「どうなんだよ。言ってくれなきゃ分かんねーだろが」
「………まあ、会話の流れとか、空気とかで…、万が一、必要になったら渡そうかと…」
「マジかよ!」
 聞いといてなんだが、真剣に驚いちまった。この、自分からは決して寄りついてこないスコールが。どうやってか今日のためにチョコレートを買って、どっかに隠しておいたってのか。それも、コイツ的には「付き合ってんのかどうか分かんねえ」俺のために?
 …しかし。
「なんでそれを自分で食うんだ?」
 そんなありがたいチョコレートなら、俺が断るはずがねーだろが。
「あんた…今日帰ってくると、思わなかったから」
 …そうか。お前って、そういうところ、妙に融通利かねえもんな。今朝のがっかりした顔は、そういうことだったのか。
「お前…じゃ、明日帰ってきたら、これは無かったことになってたのかよ?」
「…まあな」
 俺はため息をついて、スコールのダークブラウンの髪をかき回した。
 ったく。
 コイツが最後のチョコを食っちまったら、俺はこういうスコールを知らないまま終わるところだった。お前ってヤツは、どうしてそうなんだ。ちゃんとリボンまで掛った箱を用意しといて、消極的にも程があるだろ。
「……帰って来れてよかったぜ」
 脱力しながら、スコールを緩く抱いた。腕のなかに収まったスコールは、ただ収まっているだけで、やはりこれといったリアクションもない。たまには俺の背中に手を回すとか、そういうのはねーのかよ。お前ってまったく分かんねえヤツだな、と呟いてみても、知らんぷりだ。
 しかしまあ…。
 コイツは、悩んだ揚げ句にチョコレートを買うぐらいには、俺に惚れてるわけか。そう思うと、じわじわと腹の底から嬉しくなってきた。いっつも気のないフリばっかりしやがってよ。
「おい。良く考えたら、お前、俺のチョコ、5つも食ったのか」と絡んでやると、「渡す前なんだから、まだ俺のだろ」と言い返してきた。
「ひどいじゃねーか。俺、もっと食いたかった」
 腕を解いて顔を覗きこむが、「チョコだったら、リビングにいくらでもあるだろ」とつれない返事だ。それじゃ、意味がねーだろが。
「お前のが良かったのに」
 はっきり言ってやると、スコールは何ともいえず気まずそうな顔で、また黙り込む。ようやく俺も理解した。コイツ、照れてんのか。シャイなヤツだとは思っていたが、ここまで重症だとは思わなかった。
 そのぐらい好きだってんなら、いいよな。
「さっきのチョコ、返せよ」
 言い掛かりを付けて、強引に顎を掬った。あ、とスコールの瞳が大きく開くのが分かる。構わず、もう一度口づける。チョコレートを探すふりをして、口の中を舌でかきまわした。柔らかくて、温かくて…甘くて、思わず、こっちがぼうっとなりそうになる。
 キスの途中で、スコールが初めて聞く、鼻にかかった甘え声を漏らした。外じゃあんなスカした顔してるくせに、お前、キスに弱いんだな、と可笑しくなった。探るうちに敏感な部分を覚えて、そこを丁寧になぞってやると、スコールは溺れた猫みたいに、必死でしがみついてきた。掴まれた腕が死にそうに痛かったが、我慢した。その後二日ぐらい、アイツの指の跡が残っていた。



2012.2.10 / Awfully Sweet おまけ / END

 おまけのサイファー編でした。のろけがくどくてすみません。
 当時書き終わってから気づいたんですが、バラムは島国。朝早く車で出かけても泊まる任務ないですよね。きっとドールまでの海底トンネルが開通したんだと思います…。
 続くような内容でもないのに、雑談的にキスティス編に続きます。よろしければお付き合いください。