目的地に着いたところで、あっという間にお払い箱になった。
連絡を受けた警備局の責任者が、俺が参戦する情報を、わざとデモ隊に傍受させたのだ。彼の思惑通り、デモ隊は潮時とみて一時解散を決定し、俺は「わざわざ指揮官にご足労かけてしまって、申し訳なかったですね」とにこやかにイヤミな挨拶を受けた。
ドール警察の警備局とは、以前、大型モンスターの駆除の任務を受けたときに意見の衝突があり、それ以来、依頼は総務サイドに入るようになっている。…要するに、作戦には口を出すなということだ。残務はもともと配備されていたメンバーに任せ、俺は元通りに8号車に乗り込み、来た道を引き返す。
いったん傾きかけたバラムガーデンの経営は、再び軌道に乗り始めている。それ自体は喜ばしいことだが、広報の方針のせいで、俺はますます看板ばかりが先行している。珍しく現場を踏めるせっかくのチャンスを逃したが、実のところ、それで良かったのかもしれない。今日の俺は、少しばかり…平常心を失っている。
つくともなしにため息をつき、助手席に置いたライオンハートのケースに、ちらりと目を遣る…いや、今は運転に集中しなければ。俺はフロントグラスの正面に意識を向けた。
しかし、実戦の機会が減ってるのは問題だ。確実にスキルが下がっている気がするが、自信の無い顔は見せられない。本当は今日こそ、訓練施設に行こうと思っていたのだが…。
そこまで考えて、俺の思考はまた、ケースの中で見つけた小さな箱に戻ってしまう。
贈り主は…サイファーだと思う。
今朝出かけるとき、彼はそんなこと、何も言わなかったのに。
* * * * *
いったん執務室に立ち寄り、キスティに「お早いお帰りですこと」とからかわれながら、ほぼ到着・帰着の時刻のみ、の書くまでも無いようなレポートを書いて総務に送ると、すぐに自室に戻った。
リビングのラグの上にブレードケースを置き、蓋を開ける。ライオンハートを収めたケースの隙間に、白いギフトボックス。さっきは気が付かなかったが、メッセージカードも添えられていた。
"To My Lionheart …From Hyperion"
それだけが書かれていた。
……。
"My"って、なんだよ。
当然、って雰囲気の滑らかな筆跡を、無意識に指先で辿る。
それに、"My"って付けたなら……普通はバランス的に、"Your"も付けるんじゃないのか。いや、別に付けて欲しいというわけじゃないが…そうするのが慣例ってものだろう。
カードを置いて、箱のリボンをほどき、蓋を取ると、さらにケースが入っていた。手触りの良い濃紺のベルベットが張られた立方体に、銀の蝶つがいが付いている…これはどう見ても、装飾品が入ってる雰囲気だ。
俺は戸惑いながら、箱を持ってソファに座り、ゆっくりと蓋を開ける。
白いサテンの真ん中にラウンド型の石がひとつ、きらりと照明を反射した。片耳用のピアスだ。少し厚みのある銀色の台に、透明な石が嵌っている…。
……これが、…あのチョコレートの「お返し」?
どう考えても、釣り合わないだろ。
だってサイファーは…俺が用意したチョコレートを、たった一粒しか食べてない。しかも、それも半分は俺にくれた、というか……
あの夜の甘ったるいキスのことを思い出すと、今でも気恥ずかしくなる。
…つまり、サイファーが食べたのは、一個の半分だけ。
それなのに、こんな…
フラットな表面の奥に複雑なカットの施された、輝く石を見つめる。
サイファーがこのところ、妙につましい生活を送っていた理由が分かった。もともとサイファーの報酬は、かなりの額が先の戦争の賠償の関係で天引きされている。その残りの手取り分を、サイファーのことだから、後先考えずに使ってしまったのだろうと勝手に察しをつけていたけれど、それがまさか、俺のためだったとは…。
俺は次の対処に困って、ケースの中味を見つめ、ソファの上で考え込んだ。
…これ、どうしたらいいんだろうな?
帰って来る前に、着けておいたほうがいいのか。
それとも帰って来るのを待って、着けてみせたほうがいいのか…?
…うわ。
そんなのってすごく、何と言うか…恋人っぽくて困る…。
想像しただけで眩暈がして、俺は思わずピアスのケースをぱくんと閉じた。
まあ、本当に…一応、恋人、なんだけどな。
…サイファーが帰って来る前に、着けておこうか?
俺は閉じたばかりの蓋をもう一度開けて、ケースの中を見つめる。
こんなふうに石の付いたピアスは、今まで試してみたことが無い。
本当は、どんなふうに見えるのか、着けてみたいけど…。
嬉しくて待ち切れなかったと思われそうな気もして、俺は躊躇する。
似合わない…事は無いよな。
シンプルなデザインだし、石も嫌味の無い控え目な大きさだ。
似合うも似合わないも無いはず。…そう思うが、どうしても気になる。
「……」
俺は思案の末、ケースを持って、洗面台の前に移動した。
鏡に向かい、いつものピアスをしている耳元に、新しいピアスを重ねて当ててみる。似合わない…ことはないと思うが、新品だからか、すごくキラキラして見える。
少し目立ち過ぎるだろうか。
でも、キレイだ…。
これをサイファーが、俺のために選んでくれたんだと思うと、何とも言えない気分になる…。
朝、執務室で箱に気付いてから、本当は…ずっと心の底が浮き上がりそうなのを我慢していたんだ。
以前の険悪な関係を思い出せば、信じられない。昔、俺がピアスホールを開けた当時は、「生意気に色気づきやがって」なんてバカにしたくせに…。
そんなことまで思い出しながら、灯りを跳ね返す光に見惚れていると、いきなり背後の扉が開いて、ひょいとサイファーが顔を出した。
「お。気に入ったか?」
「……!!」
思わずピアスをシンクに落としそうになって慌てる。
「…急に入って来るな! ノックぐらいしろ!」
俺の慌てぶりを見て、サイファーは笑いだした。
「だってノックなんかしたら、こういうの見れねーんだろ?」
こっちはこういうところを見られたくないから言ってるんじゃないか。
あのバレンタインまでは、俺の部屋に入るときにもちゃんとノックをして来たのに、どうもあれ以来、俺がまた隠しごとをするんじゃないかと思われているみたいだ。
例によって例のごとく、予定より早く任務を片づけて来たのだろう、振り返った俺が睨んでもサイファーは気にしたふうもなく、狭い洗面所にずいずいと入ってくる。
「なあ、どうだ?」
「…まだ着けてない」
見ればわかるだろ、とピアスを箱に戻そうとすると、サイファーは後ろから抱きかかえるようにして、俺の手首を掴んだ。
「着けてみせろよ。そのつもりで鏡の前に来てたんだろ?」
そう言って、俺のつむじあたりにキスしてくる。
厳密にはそうじゃないんだが、似合うかどうかだけ先に確かめようと思った…、なんて更に言えない。
断るのも妙な気がして、俺は新しいピアスをいったん台に置き、いつものシルバーのピアスを外す。その様子を、正面の鏡に映ったサイファーが、黙ってじっと見ているのが分かって、体温が上がる。
ものすごくやりづらい…。
こんなことなら、あれこれ考えずに、素直に着けておけば良かった…。
「そうだ。…これ、半分は俺のだからな」
耳の真後ろから声が響く。
「…半分?」
慣れた動作のはずなのに、すぐ後ろに立っているサイファーを意識すると、指が上手く動かない。焦って、本当にシンクにピアスを落としてしまいそうだ。
「お前、チョコ半粒しかくれなかっただろ? だからよ、半分はお前ので、半分は俺のな」
鏡の中のサイファーを見ないように、極力、自分の耳と手元だけを見て、新しいピアスを着ける。
「あんた、ピアスなんかしないだろ」
「俺のピアスをお前がしてるっていうのが気分いい」
こそばゆい会話を繋ぎながら、なんとかキャッチを止めた。
作業を終えてホッとした俺は油断して、うっかり鏡の中のサイファーとまともに目を合わせてしまった。
鏡越しに、サイファーが緑の目を細めて、満足そうに微笑む。
「似合うぜ」
正面の鏡越しに真っ直ぐ見つめられ、後ろから耳元で低く囁かれて、鼓膜が甘く痺れた。
駄目だ。上手く息が出来ない…。
息苦しさに耐えられなくなって、サイファーを押しのけて逃げ出した。
「おい、スコール!」
洗面所からサイファーが呼ぶけれど、俺はもう限界だ…。
集まった熱で、頬がぴりぴりする。
「なんだよ、お前。鏡見てねーだろ。見ろよ、ちゃんと」
リビングに入ったところで、追いかけて来たサイファーに、すぐに捕まる。
「…もういい」
もう一度鏡の前へ連れて行かれそうになって、俺はうつむき、首を振った。みっともないほど赤い顔をしてるって、見なくたって分かる。それに…確かめたかったことにはもう、答えをもらっている。
「なんで見ないんだよ。似合ってんのに」
そうとは知らないサイファーがその答えを繰り返して、俺はまた胸が苦しくなる。いま俺が苦しいのは、嬉しいからだ。そういう嬉しさに、俺は慣れていない。
「なあ、…気に入らなかったのか?」
俺を抱きよせ、ピアスを嵌めた耳たぶを撫でてくれる指先は優しいが、俺の不可解な態度のせいで、サイファーの声色は拗ねかかってる。
「そうじゃない。そうじゃなくて……けど、もういいんだ」
誤解させたくない。けれど、俺はいつも言葉に出来ない。
「…ありがとう」
やっとそれだけ、呟くように言った。
サイファーはまだ少し不満そうに「もういいってなんだよ」と俺の額に額を軽くぶつけて来る。
…俺の目で見て、似合ってなくてもいい。あんたが俺に似合うと思うなら、もうそれでいいんだ、そう、言えたらいいのに。
2014.3.14 / Awfully Sweet、その後 / END
ライオンハートのケースって、助手席に置けると思います…?
置けるって言ってくれ!
ピアスはサイスコの定番と言えば聞こえが良いですが、要するに先人の作品と被りまくりでいったんは没にしたものの、上げるものがなくなって苦し紛れに倉庫から引っ張り出してきました。
サイファーが予定よりも早く帰ってくるのは、当サイトの仕様ですのでご容赦ください。最後までお付き合いくださった方、どうもありがとうございました!