一発逆転。*1

「わ。はんちょってば、かっこい~!」
 控室へ入って来たセルフィが、オレンジゴールドのチャイナドレス姿で、ぴょんと飛び跳ねた。
「そんな格好で暴れると転ぶぞ」
「転ばないも~ん。ね、リノア見てきたの! すご~く可愛かったよ~!」
 ドレスがこ~んなで、ここんとこに花差してて~、とジェスチャー付きで解説し、目をキラキラさせて訴えてくる。
「へえ」
 似合っているだろうな、と思うけど、なかなかそう…歯の浮くようなことは言えない。
「本当よ。でも、少し緊張してたみたい」
 連れ立って来たキスティスは、深いブルーのロングドレスに身を包んでいる。
「緊張? リノアが?」
「はんちょひどーい。女の子だもん、自分の結婚式で緊張しないわけないじゃん!」
 つい真顔で聞き返してしまったが、セルフィの言うとおりだ。
 最近のリノアはとにかく追い立てられるように焦っていて、式が緊張する、なんて初々しい雰囲気は無かったけど……いざ当日となったら、急に実感が湧いて来たのかもしれない。
「なんだか心配そうにしてたわ。変な予感がするって」
 考えすぎよね、とキスティスは可笑しそうに笑った。
「変な予感?」
「しあわせすぎて怖いんだよ~、きっと! はんちょ、会ったらフォローしたげてね~」
 魔女の不吉な予言に、俺は漠然と今日一日の行く末に不安を覚えたが、セルフィは明るく請け合う。
 本当にそれだけならいいんだが。
「あ、なんだ、こっちに居たのかよ」
 開けっぱなしだった扉から、ゼルとアーヴァインも顔を見せた。
「おっ。スコール、決まってるな~!」
 ゼルが手放しで誉めてくれるのは、本気だとわかる分だけ少々恥ずかしい。
「ゼルはスーツ似合わないね~!」
 セルフィの正直過ぎる一言に、ゼルがひっでーな!と叫び、仲間たちは賑やかに談笑しはじめる。
「…スコール、だいじょぶ?」
 その輪から一歩引いたアーヴァインが、俺の側に立ち、皆に聞こえない小さな声で訊いてきた。
「大丈夫って…何が」
「ん~。僕の気のせいかな。な~んとなく、気になってね」
「…俺、変な顔してるか?」
「ううん、そうじゃないよ! 君も緊張してるのかな、ってぐらい」
「…別に。大丈夫だ」
 アーヴァインは、ごめん、変なこと言ったかな、と済まなさそうに微笑んだ。
 戦争後、しばらくたってようやく思い出したのだけれど、彼は昔から、人の感情の変化に敏かった。
 今日の俺はどう映っているのだろう。
 大丈夫なのかどうか、自分でも…よく分からないんだ。
 ただ、騎士としての俺は、これは必要なセレモニーで、誠意をもって務めるべきだと思う。
 俺は自分自身で、リノアを守ると決めたのだから。
「じゃ、僕らはテーブルに行ってるね」
 アーヴィンは励ますように俺の肩を叩き、他の皆も「また後で」と手を振って控室から出て行く。
「あ、もとはんちょ!」
 そのとき、部屋の外でセルフィの声があがって、俺ははっとして、…顔が強張った。
 おう、とサイファーの声がして、ついでにチャイナドレス姿について、何かからかうような一言を言ったのだろう、余っ計なお世話だもーん! とセルフィの言い返す声がして。
 サイファーが入ってくる、と俺が思うのと同時に、本人が姿を現した。
「よお、スコール。支度出来たのか?」
 サイファーはリノアが好き。
 それを思う度に、俺は…なんとも言えない気持ちになる。
 それなのに、以前よりも明るく笑いかけてくる彼に、上手く返事が出来なくて…ここのところ、俺はサイファーを、それとなく避けるようになっていた。
「へえ。なかなか似合うじゃねーか」
 人の気も知らないで、サイファーはつかつかと近寄ってくる。
「…なんか落ち着かない」
 俺の黒いタイを、気まぐれに引っ張ってみたりするので、その手を振り払って、軽く睨んでやる。
 こんな他愛のない悪戯も、すごく久しぶりだ。
 それはともかく、俺は、どうもこのリボンタイと言うのが好きになれない。
 サイファーのスーツ姿の方が、ずっと似合っている。
「あんたは板についてるな」
「お、そうか? まあ、レンタルだけどな」
 ため息交じりに、正直な感想を漏らすと、サイファーは満更でもなさそうに笑った。
 その笑顔が妙に清々しく見えて、…俺は、思わず言うつもりじゃ無かったことを口にしていた。
「サイファー…ごめん」
「あ?」
 中庭に面した窓の外を眺めていたサイファーは、唐突な俺の謝罪に間抜けな声をあげた。
「いや……何でもない」
「何だよ。なにも謝るようなことねーだろ」
 サイファーは、しょうがないヤツだな、という顔で俺に微笑みかけてくる。
 その笑顔に、俺の胸の奥がひどく疼く。
「……そうだな。でも、…俺、大事にするから」
 そうだ。俺、しょうがないヤツだ。
 そんなこと、言う必要ないのに…俺の口は勝手に余計な事を喋っている。
「何だって?」
「だから…リノアのこと、大事にするから」
 言いきって、話を終えるつもりだったのに…それまで和やかだったサイファーの表情が、一変した。
「なんでお前が、俺に…そんなこと言うんだ?」
 笑顔が消し飛び、信じられないものでも見るような目つきで、俺を見た。
「済まない。余計なことを言った。…悪かった」
 失敗した…。俺はサイファーの気持ちを逆なでしてしまった。
 俺が言いたいというだけで、サイファーは聞きたくないことを押し付けてしまった。
「…スコール。お前、俺の気持ち分かってんだろ?」
「理解してるつもりでいる」
「どういう理解だよ。言ってみろ」
 表情を消したサイファーが詰問してくる。
「…必要ないだろ」
 リノアと結婚する自分が、それを口にするのはタブーだ…そう感じた俺が拒んでも、サイファーは納得しなかった。
 彼は大股に、ゆっくりと俺に近づいて来る。
「いいや、そうは思えねえな。いいから言えよ。お前が理解している俺の気持ちとやらを」
 あくまで口調は平板だが、不穏なオーラが感じられた。
 それ以上近寄られるのが嫌で、俺は咽喉につかえるような台詞を、どうにか吐き出した。
「だから…あんた、本当は…リノアのこと、まだ好きなんだろ?」
 何度も頭の中で繰り返したフレーズ。
 口にしてみるとそれはとても苦くて、俺の声は引き攣れていた。
 こんなこと、言いたくないのに…。
 さきの失言を悔やんで俯く俺に、正面から、ぞっとするような声が聞こえた。
「……スコール。てめえ、いい加減にしろよ」
 只ならぬ殺気を感じて顔を上げると、サイファーが真顔で俺を見下ろしていた。
「…何が」
「お前、俺があれほどはっきり告ったっつうのに、なんにも聞いて無かったのか?」
 静かな口調に、逆に恐怖を覚えた。
 サイファーは一歩、また一歩と近づいて来て、俺は気圧されて、訳も分からず後ずさる。
「聞いてた、けど、あれは…」
「もーうわかった。お前って奴は、自分に都合の悪いことはとことん信じねえんだな」
 俺の弁解を遮って、サイファーは俺の両肩を掴む。
 そのまま、手荒く背後の壁に押さえつけられ、俺は息を呑んだ。
「そうじゃなくて…」
「やめだ、やめ! 温かく見守ってやろーなんて、ガラにもねーこと考えた俺がバカだったぜ、はっ」
 自嘲に満ちた笑いを吐いて、底光りするふたつの目が上から迫ってくる。
 ここ最近の新しい友人のような彼ではなく、それは…紛れも無くサイファーだ。
 手加減無しで剣を交わすときのあの、凶暴な目のひかり。
「サイファー…な、何…」
 その光に、両目の奥まで刺し抜かれて、…俺は視線を外せない。
「分からせてやる。覚悟しろ」
 低く言い捨てた唇が、俺の唇にぶつかってきた。
 そのまま押し付けられて、思わず眼を見開く。
 互いの睫毛が触れるほど近くにある、サイファーの緑の瞳しか見えない。
 それは瞬きもせず、俺の眼の奥を見据えている。
 ぎゅうと心臓が縮んだ。
 重なった唇がわずかに動いて、こすれ合った部分から痺れが広がる。
 サイファーが俺を見ているのは分かっていたが、俺は唇の感覚に負けて目を閉じてしまい、閉じてしまうと…それは、本当にキスでしかなかった。
 唇と唇のキス。
 あの部屋で、幾度となく繰り返された悪ふざけでは、一度もされたことがなく、それはやはり彼がロマンティストで、そういうことは本気の相手にしかしないからだと思っていた。
 本気だったんだ。
 あれは、ぜんぶ本気の話だったんだ。
 そう思うと、キスがどうしようもなく甘くなった。
「ん…」
 まるで酔ったように頭がくらくらして…遅まきながら、それが快感だと気付く。
 慌てて顔を背けようとするが、サイファーの腕が頭を抱き込んできて逃げ場がなくなる。
 唇はまだ離れない、それどころか、濡れた舌が俺の唇を舐めてくるのに動転して、サイファーの胸板を押しのけようとするがびくともしない、下唇をねっとりなぞられて鳥肌が立ち、思わずゆるんだ隙間から滑り込んだ舌先が俺の舌先に届いて、あっという間に舌同士が絡まる、その激しさに閉じた瞼の内側に白い火花が散り、唾液が混じり合い、舌のふちを擦り立てられて、俺はうめき声を漏らしてしまう、こんなの……、サイファー、やめて…やめてくれ、苦しい、
「サイファっ、」
「まだだ」
 一瞬離れた唇で抗議を込めて名前を呼んでも、角度を変えてまた口が塞がれ、彼の声音の獰猛さにぞくりと背すじに電流に似たものが走り、脚が勝手に曲がろうとするのを必死でまっすぐに保とうとして、とにかくこのキスを終わらせようと俺はもがくが、くちゅくちゅと濡れた音が侵された口の中でしていて、俺の舌先をサイファーの舌が優しく撫でまわし、俺は、サイファーがずっと俺を好きで…こういうことを俺としたい、と思っているというのが、今さら本当のことだと思い知ると、全身が熱く痺れて、その熱にうかされた脳の中で、ひどく甘ったるい何かが絶え間なくサイフォンのように噴き上がって、ほとんどそれに溺れながら、いつのまにかサイファーに俺からしがみついている体勢になっていて、ここからどうすればいいのかわからない、ん、ん、と自分のものとも思えない声が、鼻から抜けていくのを止められない、こんなにも長く深いキスがあるなんて知らなかった膝が崩れて、背中が壁伝いにずるずると落ちる俺を、サイファーの腕が抱え直して、ようやく口の中から彼の舌が引いていき、最後に強く唇を押しつけられて、俺も押しつけ返した、無意識に。…無意識に?
「…どうだ。流石に分かったか」
 言われてまだ目を閉じていたことに気づき、どうにか瞼を持ち上げる。
 もはや恥もなく体重を預けて、荒い呼吸を繰り返すのが精いっぱいの俺の様子を、サイファーはしばらく冷やかに眺めていたが、やがて乱暴に俺を突き飛ばした。
 壁に背中があたって、そのまま後ろに凭れかかり、なんとか体を支えた。
「ま、今更どうしようもねえけどな。…祝福してやる気も失せた。悪いが帰るぜ」
「サイファー、」
 ドアを開けて、振り返るサイファーの視線に撃たれて、俺は身動きが出来なくなる。
 その眼差しは、もはや俺を憎んでいるようにしか見えなかった。
「リノアにはうまく言っとけよ。じゃーな、色男」
 そう言い捨てて、皮肉な笑いの形に口元を歪め、サイファーは俺に背を向けた。
 何か言わなくては、そう思うのに…引きとめる言葉さえ浮かばなかった。



2012.4.27 / 一発逆転。*1 / to be continued …

 こんな品の無いスリーピング・ビューティがあるかっ!と突っ込まれた方、ごもっともです。しかし何しろ、滅多なことでは起きないスコールですから、王子には(ヘタレなりに)頑張ってもらいました。
 うちのサイト的には、これがMAXです…_(┐「ε:)_ バタリ
 次回は魔女のターンで、あと2話で終わります。ここまできたら、是非最後までお付き合いください。お願いします!

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