ミスディレクション。*2

 翌日の昼下がり、ガーデン運営委員会室。
「へえ~っ。おっめでと~!!」
 コピー機前から振り返ったセルフィの反応は、思ったとおり能天気で。
「ちょっとスコール。まさか貴方、…ガーデン辞めるの?」
 左斜め前のデスクに座るキスティスは、祝福どころじゃないって顔で凍りついた。
「辞めない」
 キスティは俺の返事を聞いて、ロンググローブの手を胸に当て、はーっ、と長い息を吐いた。
「脅かさないで、もう! 一瞬気が遠くなったわ」
「あんたが居れば回るだろ?」
「冗談でもよしてちょうだい。今でさえ手一杯なのに」
 ギロリ、と上目づかいに睨まれる。
 まあ、そうかもな。
 俺もキスティスが辞めるなんて言い出したら、気が遠くなる。
 …そうなんだよな。
 キスティスが俺を評価してくれていることには、少しは自信が持てる。
 口に出しては言わないが、俺は仕事には向いていると思う。
 ガーデンが俺を必要としていることは、俺にも判るんだ。
 だけど…。
「それにしても、ずいぶん急だね~」
「ガーデン辞めねえってことは…別居ってコトか?」
「まあな…」
 アーヴァインとゼルは、かなり驚いたようだ。
「お前って、ホント、何でも藪から棒な奴だよな~。どうしてそうなるんだ?」
 ゼルがボールペンを回しながら、呆れたように聞いてくるが、そんなこと、こっちが聞きたい。
 サイファーの嫌がらせの数々が、おそらく主な推進力になっているんだが…。
 それを差し引いたとしても、やっぱり不思議だ。
 リノアがあれほどの熱意を持って、俺を求めてくれることが、俺にはまだ…上手く信じられない。
 魔女戦争の直後は、俺もあの一連の出来事の衝撃に酔っていて、リノアが俺を見てくれることを、自然に受け止めていた。
 だけど、だんだん冷静になってくると、疑問も湧いてくる。
 俺は…本当に、リノアに似合ってるんだろうか?
 リノアは言ってた。
 サイファーのことを、好きだったって。
 何でも知ってて、自信たっぷりで、カッコ良かったって。
 …そういうことをいちいち覚えてる俺もどうかと思うが、問題はそこじゃなくて。
 何でも知ってて、自信たっぷりで、カッコ良くて…。
 それがリノアの好きなタイプってことなら、俺って…全く逆じゃないか?

 * * * * *

「あーーーっ!!」
 資料を手に、ぶつぶつ説明会のシミュレーションをしていたゼルが、大声を上げた。
「どうした?」
 俺は決裁書類のチェックの手を止めた。
 時刻は既に定時を二時間ほど回っていて、今日は俺とゼルしか残っていない。
「名前、違ってる…」
「…来賓のか? チェックしたはずだろう?」
「決裁に回したのと、違うバージョンを刷っちまった…。どうしよう、スコール!?」
 来賓はガーデンのスポンサーか、有力なスポンサー候補だ。
「差し替えるしかないだろう。全部で何部だ?」
「…150…。もう封筒に入れちまった」
「ゼル、最終稿と違う箇所はそこだけなのか確認しろ。俺は資料を出して、止めを外しておくから」
「う、うう…わかった!」
 なんとも地味な作業だが、仕方が無い。ぜんぶ刷り直すほど経費に余裕無いしな…。
 気を取り直したゼルが差し替えの原稿を用意し、男二人でせっせと単純作業に励んだ。
 機械的に手を動かし、ページを取り替えて資料を止め直す。
 しばらくして、ずっと黙っていたゼルが、声を掛けてきた。
「なあ、スコール」
「なんだ?」
「キスティスはああ言ったけどさあ…お前、本当にティンバー行かなくていいのか?」
 遠慮もあるのか、ためらいながら口にしたふうだが、ゼルはひどく真剣だった。
 どうやら、ずっとそのことを考えていたらしい。
「…ああ。リノアもとりあえず入籍しようって言ってるだけで、ガーデンを辞めろとは言わないし」
 サイファーの監視官を辞めろとは言われてるけど。
 あれは年単位で任命されているから、そうおいそれと変更するわけにはいかない。
 俺が監視官になって、まだ半年。
 あと半年間は、余程の理由が無い限り、そのまま俺が続けた方がいい。
 サイファーの現在の処遇は、非常にデリケートなバランスの上に認められているものだ。
 ガーデンとしては、なるべく波風を立てたくない。
 リノアにもそう説明し、どうにか承諾を得たものの、本当は我慢がならないらしく、半年したら必ず交替すると約束させられてしまった。
 俺が辞めるとなると、白羽の矢はアーヴァインか…このゼルだろうな。
 雷神は途中まで魔女方に付いていたから、コミッションが承知しないだろうし…。
 俺がそんな剣呑な物思いに耽っているとも知らず、ゼルは再び、深刻な面持ちで話しかけてきた。
「オレ、やっぱりそういうのって…あんまし良くないんじゃないかって、思うんだ」
「そういうのって?」
「だから、結婚するのに、別居とか! そういうのだよっ」
 ゼルは怒ったように声を荒げた。
「オレ達じゃ頼りなくて、ガーデンのこと任せらんないかもしれないけどさ…やっぱり家庭って言うのは、こう、お父さんが居て、お母さんが居てさ…そういうほうが、いいんじゃねーかと思うんだよな」
「…? まあ、そうだろうな」
 なんだか話の繋がりが唐突な気がするが、主張は納得できたので、俺は相槌を打った。
「まあ、お前はずっとあの石の家で過ごして、直でガーデン送りで…俺だけそーゆー家庭におさまってぬくぬく暮らしてさ、こういうこと言うのってずうずうしいかも知れねーけど…」
「それは別にゼルのせいじゃない」
 今にして思えば、「未来の俺」が来た後、ママ先生は俺を何処かに養子に出す気は無かっただろう。
「だからさ。その、何月に生まれんのか知らないけど、それまでになんとか引継して…」
「ちょっと待ってくれ。…生まれるって?」
 ますます話が見えなくなって、俺は、話の流れを遮って聞いた。
「だから、子どもが。そりゃ、キスティスは反対するかもしれねーけど、俺は、何もお前がガーデンの犠牲になることねえと思う」
 きっぱりと言い切るゼル。
「…」
 俺はしばらくゼルの真摯な表情を見つめた後、おもむろに確認した。
「ゼル。勘違いだったら済まないんだが…それは、俺とリノアの子どもってことか?」
「スコール…何言ってるんだ? 他に誰の子どもが居るんだよ?」
「あいにく、まだそんな予定はないんだが」
「え? だって……出来たんじゃねえの?」
 ゼルは丸い瞳をきょとんと見開いた。
「…出来てない。」
 俺は苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない…。
 いったい誰がゼルにそんなことを吹きこんだんだ!?
「ご、ゴメン! オレはてっきり…、だって、セルフィが絶対そうだって…」
「まったく…居ないところで何を言われてるか、わかったもんじゃないな」
 なーんだ…。
 なーんだそうか…、とゼルは天井を向いて繰り返した。
「なーんだ。俺、結構悩んだのによ~。ばっかみてえ。そうだよなあ、お前みたいに慎重な奴がって、正直驚いてたんだ」
「やめてくれ」
 そんな生々しい想像をされてたのか…。セルフィ、覚えとけよ。
「でもさースコール。んじゃ、何でこんなハンパな時期に、突然ケッコンなんだ?」
 気が抜けたらしく、ゼルはいつものゼルに戻って、無邪気に聞いてきた。
「それは、その…リノアがどうしてもって」
「うわ、すっげえ熱烈。はぁ…オレんとこなんて、そんな話、ちっとも出ねえよ」
「そりゃ、ゼルのところはまだ、付き合い始めたばかりだし…」
 彼女もいまどき珍しい、奥ゆかしい女子らしいから、気にすること無いだろう。
 …俺も自分の恋愛は、そんなふうにゆっくり、丁寧に進めるつもりだったんだがな…。
 俺の人生なんてどうせ、計画通りに行った試しがないから、もうあきらめたけど。
「お前、やっぱいい男だもんなぁ。早いとこ決着つけちまいたくなるのも無理ねーか」
 放っておくと、また新たな誤解が生まれそうだ。俺はあわててゼルの言葉を打ち消した。
「いや、そうじゃないんだ、サイファーが…」
「サイファー?…なんでそこでサイファーが出てくるんだよ??」
 しまった。
「いや…何でもない」
 よく考えると、ゼルに説明できる内容じゃなかった…。
 この清らかな、少しばかり血の気の多すぎる幼馴染に、ああいう品の無い話をしたくない。
「何だよ、気になるじゃねーか。お前らの結婚と、アイツと何か関係あるのか?」
 しかしこうなってはもう、誤魔化しは効かない。
 放っておくと、ゼルがサイファーを問い詰めたりして、余計に面倒なことになりそうな気がする。
「誰にも言うなよ」
「言わねーって。何だよ?」
「実は…嫌がらせが酷くてな」
「嫌がらせ…?」
「なんというか…リノアの前でやたらと俺にべたべたしたりして…なんか変な関係みたいに」
「そうなのか…最近、サイファーとお前、意外と仲良いなと思ってたけど」
 仲良い?
 俺はなんとなく気まずい思いで、作業をする手元に目を落とす。
 傍からは、そんなふうに見えてるのか…。
「まあ、前みたいに険悪じゃないが…悪ふざけがしつこいんだ」
 仲良いって言ったって、サイファーは、相変わらず俺をからかってばかりだし。
 こんなふうに…俺もリノアも奴のことが気になるのは、やはり同居しているのが良くないんだよな。
 いい機会だ。ゼルに監視官交替の相談をしてみよう。
 そう決心して顔を上げると、ゼルは作業の手も止めて、さっきよりも悲愴な表情で考え込んでいる。
 ここまでは、別にそんな…ゼルが悩むような話じゃないと思うんだが。
「ゼル…どうかしたのか?」
 ここからが難題なのに、と訝りつつ俺が尋ねると、ゼルは言いにくそうに目を伏せてこう言った。
「それってさあ…。もしかしてサイファー、リノアのこと、まだ好きなんじゃねーの?」

 * * * * *

 男子寮へ帰るゼルと別れ、執務室に施錠しながら、俺は頭の中で彼の説を反芻していた。
 ぐずぐず独りで悩んでいないで、もっと早くに誰かに相談するべきだった。
 サイファーはリノアが好き。
 そう考えると、話は非常にすっきりする。
 俺が彼女と出かけるのが気に入らないのも、帰ってきてからあれこれ聞きたがるのも当然だ。
 やたらと俺に触ったり、ゼルにはとても言えないが、…手やら首やらにキスしたりしてくるのも、
俺への嫌がらせなどではなく、リノアが触ったりキスしたりしたところだったのかもしれない。
 このあいだの、デートに割り込んでくるような、常軌を逸した行動も、それなら納得できる。
 考えてみれば、あのときサイファーはわざとリノアをからかい、怒らせるようなことばかり言って…リノアがむきになって食ってかかってくるのに目を細めていた。…すごく楽しそうだった。
 俺は…どうして気がつかなかったんだろう。
 なーんだ…。
 なーんだそうか…。さっきのゼルじゃないが、俺もそんな気持ちだった。
 あのモヤモヤ感は一体何だったんだ。
 すっきりしすぎてなんだか呆然としてしまう。
 サイファーはリノアが好き。
 …そうだよな。それが自然な発想だ。
 リノアは可愛いし、何しろ、あの二人はもともと付き合ってたんだ。
 そもそもサイファーが今みたいな立場になったのだって、元を辿れば、懲罰室を抜けだしてまで、リノアのレジスタンス活動を助けてやろうとしたからだった。
 人に言われるまで気が付かない俺って、…実は相当自惚れ屋なんだろうか。
 今だから認めるが、サイファーは俺が好き、なんていう与太話を、俺はいつの間にか、心のどこかで信じ始めていたみたいだ。
 だけど、こう目が覚めてみると、いったい俺は何でそんな話を鵜呑みにしかかったのか…。
 だいたい、サイファーも俺も男じゃないか。
 そこの根幹部分を何故無視できたのか、自分でも不思議だ。
 もう幼児じゃあるまいし、男同士はケッコン出来ない…というか、普通、したいと思わない、という大前提をすっとばすなんて。
 深く落ち込みながら、誰も居ない廊下を歩いた。妙に、両足が重く感じた。



2012.4.6 / ミスディレクション。*2 / to be continued …

 自覚ないまま、実はとってもがっかりしてます。つくづく駄目なスコールですみません……。
 読んでくださってる方、本当にありがとうございます。
 ゼルにストーリーの都合を押し付けてしまって申し訳ないです。書く側になって実感するゼルの包容力。FF8本編でも山ほど背負わされてるの分かるわ…。
 続きます。

前回に戻る。 / Textに戻る。 / 続きも読んで遣わす。