ストレンジ・ホリデイ。*4

三人、コーヒーショップで眠気覚まし。
「今年一番のスカって感じの映画だったな…」
サイファーが、右手で口元を覆ってあくびをした。
「結局、どういう話だったんだ?」
 目じりの涙を拭うサイファーに、リノアもまだ眠気の残る頭を巡らせるが。
「…うーん…途中からスコールの寝顔しか見てなかったから…」
「…言っておくが。あんたらが先に寝たんだからな」
 スコールが憮然として釘を刺した。
 辺りが明るくなったような気がして目を開けたら、両側から至近距離でリノアとサイファーに覗きこまれていて、驚いて飛び上がりそうになった。勿論とっくに映画は終わっていて、周りの客は既にほとんどはけていたのに、ふたり仲良く人の眠っているところを観察していたというのが…信じられない。
(なんですぐに起こしてくれないんだ!)
「でも、スコールがいちばん良く寝てたよね~?」
 本人が言われたくないことを魔女が邪気無くずばりと言い、サイファーがさらに追い打ちを掛ける。
「途中で、口がもぐもぐ動いてたな。お前、夢の中でなに食ってたんだ?」
「…っ、映画見に行ったんだから、画面を見ろっ、画面をっ!」
 最も見ていないスコールが、いまひとつ説得力に欠ける主張をしているところへ、ケーキセットが運ばれてきた。
 テーブルに置かれた瑞々しいオレンジの乗ったムースに、リノアが歓声を上げる。
「わー、スコールの美味しそう! 一口、一口」
「リノアはいつもそれだな。ほら」
 スコールが、自分が手を付けるより先に、自分のケーキをリノアの前に回してやると、魔女はわーい!と喜んで、華奢なフォークで柔らかいムースを掬いあげ、嬉しそうに口に含んだ。
「ん~、美味しー!」
 にっこり笑うリノアに、スコールの目がふっと和む。
 ようやく恋人同士らしい雰囲気が漂った途端、斜め上から男の声が割って入った。
「スコール、俺にも一口くれ」
「…何であんたにまで」
 スコールはケーキをかばうように手のひらで覆いながら、サイファーを見やった。
 明らかに、サイファーを信頼していない様子が窺えるリアクションだ。
「そんなこと言うけどよ、お前…実は俺のケーキ一口食いたいだろ?」
 サイファーは、自分のオーダーしたレモンチーズケーキの皿をずいっとスコールの方へ押しやり、心を見透かすようににやりと笑った。
「う」
 実は最後まで、どちらにしようか迷っていたスコール。
「…なんでわたしの顔見るのよ?」
「いや、その…」
(いけない。たかがチーズケーキで、サイファーの誘惑に屈しては…)
 スコールは、ついついリノアの顔色を窺ってしまって睨まれ、テーブルの上に視線をさ迷わせたが。
「いいじゃねーか、味見するぐらい。リノア、お前のも美味そうだな」
「…じゃ、サイファーのも一口ちょうだい」
 なんだかんだ言っても、やっぱり他人のケーキが気になるリノアが折れて、結局、三人でそれぞれのケーキを味見し合うことになった。
 サイファーは、チーズケーキを口に運んだスコールの頬が、微かに緩んでいるのを盗み見る。
 オーダーの前、スコールの視線がケーキリスト上の二点を往復するのに気づいていたのだ。
 かなり迷っていたから、未練があるだろうと踏んだのが当たったな、とサイファーはコーヒーを啜りながら、密かに目を細めた。
「うん、サイファーが頼んだのも美味しいね~」
「スコールのオレンジのムースもさっぱりしてて美味いな。なあ、もう一口くれよ」
 何事につけ素直なリノアが呑気にサイファーのケーキを誉めている隙に、サイファーはスコールの皿に手を伸ばして、ムースを再び掬い取った。
「…あんた、一口がデカイ!」
 本人は気付いていないが、甘いものを食べているときのスコールは、少し子どもっぽくなる。
「そんな怒んなよ。なんかデートっぽくていいな、こーゆーの」
「こらっ。サイファー、調子に乗り過ぎっ」
 上機嫌の邪魔者をリノアが牽制すると、サイファーはカップに口を付けながら、しれっと反撃した。
「なんだよ。いいだろ、俺とスコールは婚約してんだから。なっ?」
 ぶはっ。
 同意を求められたスコールが、コーヒーに思い切り噎せた。
 ごほっ、ごっ、けほっ。
「サイファー! 変なこと言わないでよっ」
「気、気管に…、」
「おい、大丈夫か?」
(あんたのせいだろがっ!)
 心配そうに背中をさすってくる大きな手を振り払い、スコールは涙目でハンカチに顔を埋める。
「と、に、かくっ! そんな子どもの頃の約束なんて時効です!」
 シブーストの刺さったフォークで、魔女はサイファーを威嚇した。
「もうスコールはわたしのなの! ね、スコール、そうでしょ!?」
 そのまま有無を言わさぬ迫力で、空いた左手で、恋人の腕をぐっと掴む。
「…あ、ああ…」
 ハンカチから顔を上げた途端の過激発言に、スコールはどぎまぎしながら、一応肯定した。
「ほら、聞いた!? 横から手出さないでよねっ!」
 これで決まりね! と腕を組んで勝ち誇ったリノアだが、サイファーの次の台詞に凍りつく。
「ふ~ん、俺様が手え出したって、スコールが言ったのか? いったいどれのことだろうな?」
(!?)
 一瞬にして、様々な想像がリノアの脳裏を稲妻のように駆け巡った。
「ちょ、ちょっとスコール! 部屋でいったい何されてるのよ!?」
「な、何って…」
 身に覚えが無いでもないスコールが思わず赤くなると、リノアのこめかみが細かく痙攣し始めた。
「ち、違う! そんな…た、たいしたことはされてない」
 恋人の妄想が現実よりだいぶ先まで突っ走っていることを察して、スコールが慌てて否定するが、
サイファーがにやにやと割りこんでくる。
「ふーん。じゃあアレぐらいは許容範囲ってことか」
「アレって何よ? 前のキスマークのこと!?」
 ヒートアップした魔女が、立ち上がらんばかりの勢いで叫び、スコールが懸命に肩を押さえる。
「リ、リノア、声が大きいったら…」
「あ~、アレか。お前、すげえの隣に付けてくれたよな~。アレはカチンと来たぜ」
「なんでサイファーがカチンと来るのよっ」
 どんどん雲行きが怪しくなってくる。周りのテーブルからちらちらと向けられる視線が痛い…と思っているのは残念ながらスコールだけだ。
「それにしても、あんだけしてもコイツが起きねえってのが驚きだよな。相当搾り取られてんだろ、
かわいそーによ。お前、無理強いしてんじゃねーの?」
「し、し、失礼ねっ! 無理強いなんかしてないわよっ! い、いつもちゃんと合意の上で…」
「リノアっ。声が大きいって言ってるだろっ」
 スコールが気の毒なほど必死になって止めるのだが、興奮している魔女の耳には入らない。
「この間のときだってね! すっごく情熱的に愛してくれたんだから!」
「へえ。何回?」
「か、回数は問題じゃないわよ! 内容…」
「あんたらもう黙れっ。なんでそんなこと平気で喋れるんだ!」
 スコールがとうとう立ち上がり、二人を見下ろして怒鳴った。
「だって、サイファーがバカにするからっ。それに、スコールとわたしの愛の話だもん。恥ずかしくなんかないもん!」
「おう。俺も全然」
「あんたは特に黙ってろっ!!」
 …。
 キレたスコールの剣幕に、さすがの二人も口を閉じて睨みあった。
(…怒られちゃったじゃない。)
(なんだよ。俺のせいだけじゃねーだろ。)
 目と目で通じあうサイファーとリノア。
 スコールは大きく息をつくと、周囲を見ないようにしながら着席した。
 しばらく無言でケーキを食す三人。
(だいたい、ひとの恋人にサイファーがちょっかい出すから悪いんじゃないの。)
(だから、もともと俺のだって言ってるだろが。)
 ケーキセットの上を、謎のテレパシーが飛び交う。
(今度スコールに変な跡付けたら、もう許さないわよ!)
(へええ。許さないって、何をどうするんだよ?)
 サイファーがまた、にやにや笑いでリノアを挑発する。
「…ま、ママ先生にいいつけちゃうもんっ」
「余裕ねえなあ~。キスマークぐらいで目くじら立てんなよ」
 いつの間にか、喧嘩が声に出ている。
 コーヒーカップを持つスコールの眉間に、深い縦じわが出現したのにも気づかず、リノアは再びサイファーに詰め寄る。
「ぐ、ぐらいって何よ! スコールはねえ、意外とうなじが弱…」
 ばあん!
 耳まで真っ赤になったスコールがテーブルを叩いた。肩がふるふると震えている。
「あんたらなあ! いい加減にしろよっ」
(あ、やっばい。)(←リノア)
(あ、やっべ。)(←サイファー)
「どうして真っ昼間から大声で…そんな話が出来るんだ!? 俺はもう付き合いきれない。帰るっ」
 怒ったスコールは席を立ち、大股で店を出て行ってしまった。
「ご、ゴメン! 待ってスコール! あ、サイファー、払っといて!」
 慌てて席を蹴倒してから、振り返って片手でサイファーを拝み、魔女はたっと駆け出す。
「おい、卑怯じゃねーか! リノア!」
 出遅れたサイファーは、伝票と取り残された。

 で、追いかけてみたものの。
「ねー、ごめんってばスコールー」
 後ろから恋人が声を掛けても、振り返らない。
 シャイなスコールは徹底的に拗ねてしまって、リノアでさえも完全無視だ。
「あきらめろ。ああなったらしばらくは無理だぞ」
 結局追いついたサイファーが、小声でリノアに助言してやる。
「帰るって言ってもおんなじ方向なのにね~」
 ふたり並んで、先を行くスコールの背中を見ながら、ひそひそと囁き合う。
「あーあ、すっかりヘソ曲げちまったな。どーすんだよ、リノア」
「なによー、サイファーがいけないんじゃない」
「俺か? 大体お前、女がべらべらああいうこと喋るかよ」
「だってサイファーがそーゆーことばっかり言うから!」
 口ではそう言いながらも、リノアはスコールの後姿を見つめて、夢中で張り合っちゃったわたしもいけないんだけど、と、ちょっぴり反省もしている。
 スコールが怒るのも無理はない。
(しょうがないよね。サイファーとふたりして、嫌がることばっかり喋って、スコールが本当に困ってるのに止めなかったんだし…)
 さっきのスコールの必死の顔を思い出すと、反省中にもかかわらず、思わず笑みが零れてしまう。
「……まあ、サイファーの気持ちも分かるけど」
「何だよ、気持ちって」
「わざと言ってるんでしょ? スコールの反応が可愛いから」
「まーあれだな、お前と気は合わねえけど、趣味は合ってるみてーだな」
 サイファーは苦笑して、隣を歩く魔女を見下ろした。
「へへん。うらやましーでしょ」
「何が」
「スコールと寝てるの」
 自慢げに微笑むリノアに、サイファーも負けじと肩をそびやかした。
「ああ。うらやましーぜ。でもよー、お前もうらやましーだろ」
「何がよ?」
「スコールと暮らしてんの」
 リノアはしばらく黙り込んだ後、悔しそうにサイファーを睨みつけた。
「…超うらやましい。きーっ」
「今度あいつの寝起き、写メ撮って送ってやろーか?」
「寝顔くらい、わたしだってホテルで見てるもんねっ」
 上から来るサイファーに、見くびらないでよ!と憤慨するリノアだが、次の殺し文句に負けた。
「パジャマ着てて可愛いぞ?」
「…やっぱり送ってください」



2012.3.16 / ストレンジ・ホリデイ。*4 / END

 激しい愛の戦いが繰り広げられるはずだったんですが…、3人全員が見事なヘタレぶりを遺憾なく発揮して、こんなふうになりました…。
 仲良きことはうつくしきかな、で、いーのか!?
 ヘンなデートに最後までお付き合いいただいた方、どうもありがとうございました!

 お話は、まだ続きます。ここからちょっとドロドロしはじめます…。
 どうか、読んでくださる方が居らっしゃいますように。

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