「その…ごめん、リノア」
「何が?」
隣を歩く彼女の声は、いつもよりそっけなく聞こえる。
「せっかく会いに来てくれたのに、…その、」
思わずスコールが言い淀むと、反対側から、第三の人物が的確に答えた。
「俺みたいなのがくっついてきて、か?」
「………。」
(分かってるのに何でついてくるんだ…。)
いったいサイファーは何がしたいんだろう、とスコールは理解に苦しむ。
試験の邪魔になるからデートは断っていると言っていたのに、どうして他人のデートに参加しようとするのか、訳が分からない。
(まさか、さっきの話…本気なんだろうか?)
本当に俺を自分のものにする気で…とそこまで考えて、スコールは慌てて思考を中断した。
駄目だ。
頭に血が上って、冷静な判断が出来なくなりそうだ。
第一、そんな異常なことを考えてる場合じゃない。
隣のリノアを見下ろすと、やっぱり浮かない顔をしている。
「リノア…ごめん」
「スコールは謝らないで!」
「でも…」
(謝らないでって言ってるのに)
すまなさそうにする恋人がもどかしくて、リノアはついつい声をとがらせてしまう。
くっついてきたのはサイファーだし、その場の成り行きとは言え、それを許したのはリノアだ。
(なんでスコールが謝るのよ!)
まるで、サイファーの身内かなんかみたいに。
わたしと一緒にサイファーの悪口言って、怒ってくれたらいいのに。
これじゃわたしが「お客さま」じゃないの。
不満を募らせるリノアの心理は、スコールには難しすぎるかもしれない。
一方のサイファーは、そんなリノアの胸中も十分に察しているらしく、わざわざ呑気な口調で要らないフォローを入れてくる。
「そうだ。別にスコールが謝ることねーだろ。なあ、リノア?」
「………そうよ。スコールは悪くないわよ」
両側から過失の無いことを請け合って貰っても、まったくそんな気がしないスコール。
(本当にそうなら、このいたたまれない雰囲気は何故なんだ…)
ただでさえ人づきあいは得意じゃないのに、どうしてこんな難易度の高い状況になるのか…。
早くも自室に帰りたい顔をしている恋人を盗み見て、リノアは切なくなる。
スコールってほんとに分かってない。
そういう男の子を好きになったんだから、しょうがないんだけど。
ここでどうして分かってくれないの!? って詰め寄ったらもう負けちゃう。
スコール越しにサイファーを見やると、余裕の顔でにやりと笑いかけてくる。
サイファーは、分かってないままのスコールが好きなんだもの。
(あーあ、もうっ。)
リノアが内心ふてくされていると、廊下の向こう側から元気な声が響き渡った。
「お~っ、リノア~!」
「あ! おハロ~!」
片手に紙袋をいくつも下げたセルフィが、もう片方の手を振っている。
キスティスとアーヴァインも一緒だ。
「ランチの帰り?」
「ええ。車を出してもらったから、ついでにちょっと買い物もしてきたの」
微笑みながらキスティスが答えた。ちょっとという量じゃないような気もするが。
「今日はどしたの、リノア? このー! 両手に花だねっ!!」
セルフィがすれ違いざまに、リノアの肩をぽんっと叩く。
「ええ? サイファーが両手に花じゃない?」
キスティスが異を唱える。
アーヴァインが彼女らの買い物らしい荷物をぶら下げた両手を広げて、さらにそれを否定した。
「いやいや、ベクトルから考えればスコールだろ~?」
「…あんた、これが花に見えるのか?」
スコールがサイファーを指差してぎろりとアーヴァインを睨む。
「や、やだなスコール。状況的に考えて、誰が真ん中かっていう話で…」
男前の眉を下げて、いつもの困り笑顔で後ずさるアーヴァイン。
「ヘタレになんか構ってんじゃねーよ。スコール、行くぞ、ほら」
サイファーがひょいとスコールの襟首を掴んで後ろから引っ張る。
「んもう!気軽にスコールのこと引っ張んないでよっ!」
リノアが反対側から、スコールの腕に自分の腕を絡めて、これまた容赦なく引っ張る。
「ちょっ! あんたら、逆向きに…両側から引っ張るなっ!」
叫びも空しく、ずるずると後ろへ引きずられていくスコール。
リノア、さすがFF8一の怪力女。他の追随を許さない高スペックは伊達じゃない。
「…大丈夫かしら、スコール…」
「やっぱはんちょが両手に…花?…かな?」
セルフィが首をかしげる。
「ほとんど『連行』だよね、アレ」
アーヴァインの呟きに、うんうん、と通りすがりの生徒たちも頷く。
しかし誰も助けない。
がんばれー、指揮官殿! 心の中で応援どまり。将来のSeeD達、賢明な状況判断です。
「へー、お前、こんなの見るのかよ」
バラムの映画館前で、看板を見上げる三人。
憂いに満ちた表情の男女が身を寄せ合っている。
周りには何故だかピンクの花びらが舞い、キラキラと何かが輝いている。
直球ど真ん中のラブロマンスらしい。
「…リノアの趣味だ」
きまり悪そうに、看板から目を反らしてスコールは答えた。
看板を直視しているだけでなんとなく気まずい。自分ひとりなら絶対に見ないだろう。
「いいでしょお~? カップルでラブい映画見て、何が悪いのよっ」
「なるほどなー。こーゆーのを見せて、スコールを教育しようって魂胆か」
「魂胆とか言わないでよっ。人聞きの悪い」
それは実際そのとおりなのだが、もう少しマイルドに表現してほしい乙女心。
ケチばかり付けてくる邪魔者を魔女が睨むと、意外にもサイファーは感心したように頷いた。
「いや、なかなかいい考えだと思うぜ? コイツって、どーもいまひとつ分かってねえっつーか、
手ごたえがねーんだよなぁ」
「そうなのよ!!」
いつになく深い共感を覚え、思わず全力で同意してしまってから、はっとするリノア。
そっと横目でうかがうと、スコールが死にそうに暗い顔をしています。
「そうなのか…」
「ち、違うのよ、スコール」
ホントは違わないんだけど、リノアは慌てて否定した。
でも、もう遅い。スコールはマイナス評価には実に敏感な男の子だ。正直扱い難しい。
「いや、いい。勉強させてもらう」
さっきまで気乗りしない様子だったスコールだが、ずんずんと大股でチケット売り場に直行した。
「大人二「三枚。」」
スコールの注文を、サイファーが後ろから素早く訂正する。
「あんたは自分の分払えよ」
「何だよ、つれねーなー。初めての正式なデートだっつーのに」
「……勝手に言ってろ」
スコールは痛む眉間を押さえて、リノアのためにソフトドリンクと、ポップコーンを買ってやる。
映画を見るときは必ず手元に欲しいの、と以前のデートで言っていたことは、日記に記録してある。
「ほら、リノア」
「ありがと、スコール」
満面の笑みで受け取るリノア。
(ふふん、どうよ?)
ライバルを得意げに見上げたつもりが、当の相手は、こっちを全く見ていない。
「スコール、お前は何飲むんだ?」
聞きながら、ベンディングマシンに、もうコインを入れている。
「いや、俺は…」
「遠慮すんな。俺が奢ってやるよ。コーヒーでいいな?」
サイファーはぴっぴっぴっとボタンを押して、迷わず濃いめ、シュガー抜き、ミルク抜き、とオプションを選択した。スコールが止める間もなく抽出が始まる。
「ほれ」
自分で買うつもりだった紙コップを手際良く押し付けられて、つい受け取ってしまうスコール。
(ええと。)
…怖くてリノアの方が見られない。
ポップコーンはバター味、ソフトドリンクはカロリーオフのコーク、と昨夜復習までしてきたのに。
どうしてこんな窮地に立たされてるんだ?
今さら返すわけにもいかない、左手のカップからブレンドの香りがしている。
「席、あっちのほうじゃねーか? ほら、行こーぜ」
「お、おいっ。手を離せ」
うかうかしているうちに手まで引かれてしまって、スコールは慌てて振りほどいた。
「何で。どうせリノアは両手塞がってんだからいーだろ」
「いいわけないでしょ!」
平然と言い放つサイファーに、リノアが詰め寄るけれど、両手が塞がっているのは事実だ。
「どうすんだよポップコーン。頭にでも乗せるのか?」
意地の悪い笑顔で、サイファーがリノアをからかう。
「リノア、俺が持つ。これでいいだろ」
スコールがリノアの左手から菓子のカップを取ってやると、リノアは見せつけるように、空いた手をスコールの腕にぎゅっと絡めて、挑発的に笑いかけた。
「ふふん、どうよ?」
今度は声に出てるし。
れっきとした「彼女」だと言うのに、いつの間にか、完全に敵と同じ土俵に立っていることに気づいていないらしい。
(あんまりサイファーを刺激しないでほしい…)
スコールは勝ち誇るリノアに内心冷や汗をかいている。
「…まあ、せいぜい今のうちにいちゃいちゃしとけよ」
ふん。サイファーは鼻先で笑って、指定の席を探す。
(何よ、今のうちって~~~!!)
ぎりぎりとリノアの筋肉に力がこもって、スコールの顔が青ざめる。
(腕が折れそうだ…)
だが、言ったら言ったでリノアの反応がコワイ。
スコールは脂汗を浮かべながら、薄暗い館内を進んだ。
「お、ここだな。お前、通路側がいいか?」
「いや、俺じゃなくて、リノアが通路側が好きだから…」
「そうか。じゃ、リノア、お前、ここ座れ」
当然その隣がスコールで、さらに隣にサイファーが腰を落ち着けようとしたところで、リノアがはっとなった。
「ちょっと待って! サイファー、スコールの隣はダメ!」
「何でだよ」
訳分かんねえ、という顔で見下ろすサイファーに、リノアは真顔で決めつけた。
「だってなんかヤラシイことしそう!」
「リノア、声が大きい」
スコールがぎょっとして恋人の腕を引いた。
周りの人間が驚いて…こちらを注視する気配がする。
もちろん、大方の人間は「ヤラシイこと」されるのはリノアだと思うだろうが…。
「(小声でひそひそと)だってなんかヤラシイことしそう」
「…リノア、別にもう一回言わなくてもいい」
「そうだな、そう期待されちゃあせざるを得ねえな」
「するな馬鹿っ」
スコールは自分の頬が熱くなるのを感じながら、何処か納得がいかない。
(おかしい…なんで何にもしてない俺だけが周りを気にしなくちゃいけないんだ?)
「スコール、声が大きいぞ」
「やかましい!」
「わたしが真ん中に座る!」
「それじゃせっかく薄暗い意味がねーだろ。俺が真ん中に座る」
「どうしてそうなる」
「冗談だ。ヤラシイことしなきゃいーんだろ。ほら、早く座れ。回りに迷惑だろ?」
「誰のせいだっ」
結局スコールが真ん中。
席に着くだけで何でこんなに疲れるのか…スコールは肩を狭めながら、椅子に沈みこんだ。
着席しても、映画が始まるまでは、なんだかんだと騒がしかったのに。
お目当てのラブロマンスが始まると、真っ先に眠り込んだのはリノアだった。
(よく寝てるな…)
スクリーンの灯りに、白い頬が照らされている。
寝てるときは、ほんとに可愛いな。スコールは薄闇の中で、思わず微笑んだ。
ふと気になって反対側を見ると、いつの間にか、サイファーも俯いて舟を漕いでいた。
(なんだかんだ言って、サイファーも疲れてるんだよな…)
毎晩ずいぶん熱心に、SeeD試験の勉強をしてるみたいだし。
こてん。
リノアの頭が、スコールの右肩にぶつかってくる。
そのまま肩を枕に、すうすうと寝息を立てる恋人を、スコールは苦笑して許した。
この映画、見たかったんじゃなかったのか?
それにしても、これのどこが面白いのか、さっぱり分からないな。
さっきからヒロインと男が、押し黙って相手を見てるだけで…。
どさり。
映画の見どころに悩むスコールの左肩に、今度はサイファーの頭が落ちてきた。
(うわっ。)
驚いたスコールは、思わず肩を捩って振り落とそうとして、反対側のリノアまで落としそうになる。
(……。)
仕方なく、そのまま両肩を二人に提供して、再びスクリーンに目を戻す。
眠ってる二人に挟まれて、正面のスクリーンでは、男女がじーっと見つめあってて…。
まったく変なデートだな。
両肩が重い…。
俺、何やってるんだろ…。
リノアが聞いたら怒るだろうけど、両手に花って言うより…猛獣を二匹連れて散歩してるみたいだ。
左右両方を交互に横目でうかがうが、ふたりとも、まるで目を覚ます気配がない。
こうやって寝てると、サイファーも意外と可愛いな、とか思ってしまってハッとする。
…待て。何だ今の。
自分の(脳内の)耳を疑う危険思想だ。
(俺も疲れてるのかも…。何だか…瞼が重い…)
スコールの意識も、間もなく安らかな眠りに吸い込まれていった。
リノアがふと気付くと、サイファーが愛おしそうに眠るスコールを眺めている。
「ちょっとサイファー。見過ぎ」
「なんだ、起きたのか」
ちっ、邪魔なのが起きたな、と顔に出たサイファーを睨んでから、リノアが周囲を見渡すと、薄暗い館内はまるで死屍累々の有様だった。
「…何これ。回り中寝ちゃってる」
カップルも、女子グループも、皆思い思いにしなだれて、平和な寝息を立てている。
「ある意味凄い映画だよな。誰一人見てねーっつーのが」
スクリーンではムーディな音楽の中で、さっきの男女がまだ、ひたすらお互いを見つめあっている。
「スコールに変なことしてないでしょーね?」
「してねーよ。起こしちゃかわいそーだろ」
「ホントに~?」
まあ、滅多なことじゃ起きねえけどなコイツ、とサイファーは笑ってから、視線をスコールに戻す。
「…よく寝てる。かわいーよな」
「…うん」
リノアは、複雑な気持ちで頷いた。
あのサイファーが、信じられないような穏やかな表情で、スコールを見つめている。
ふたりの間にある、長い時間が見えたような気がした。
サイファーのこんな優しい顔は、初めて見るかもしれない。
…さっき部屋で聞いた昔話は、まるで冗談みたいだったけれど、きっと、本当のことなんだ。
サイファーにしてみれば、割りこんできたのはわたし、っていうのも、本音なんだ。
わたしは知らない。
スコールがこういう、強くて、カッコよくて、不器用だけど優しい男の子になる前のこと。
一日ずつ積み重ねて、今のスコールになっていった時間を、わたしは知らない。
でも、サイファーは知ってるんだ。
あの魔女戦争のとき、初めてサイファーを敵にして戦ったとき。
リーダーのスコールは皆を、これはこういう運命なんだから仕方ないって励ましたけれど。
スコールが、いちばん辛そうだった。
聞いてるわたしたちは、皆わかってた。これは、スコール自身のために、必要な言葉なんだって…。
「…お前ら、思ったより上手くいってるんだな」
「え?」
しおれていた所に、当のサイファーから思いがけず柔らかな声が掛って、リノアは顔を上げた。
「リノア。お前、前よりずっと大人になったな。お前には、スコールなんかまだるっこしくてダメだろうと思ったのによ」
「…そりゃ、じれったいことも多いけど。そういう男の子だから。でも、」
リノアは暗がりの中で、ライバルに正面から向き合って、言った。
「好きなんだ、わたし。スコールのこと。本気で」
「どうもそうみてーだな。そのあたりから、どうかと思ってたんだが」
「失礼ね。わたしだっていつまでも、ミーハーな女の子じゃないよ」
「へいへい、おみそれしやした。それにコイツも、思ったよりお前に順応してきてるみてーだしなあ」
強敵の弱腰な発言に、リノアは目を輝かせて、サイファーの顔を覗きこんだ。
「じゃ、あきらめる気になった??」
「いんや。俺も本気だから、悪いがそう簡単には引けねーよ」
ふっと目を細め、リノアに挑戦的な笑みを見せ、「煙草吸ってくる」とサイファーは席を立った。
長身の後姿を眺めながら、ため息をつくリノア。
(悔しいけど、カッコいいんだよね~、サイファーって…)
スコールが靡かないといいんだけど。ねえ。
わたしのスリーピングビューティ。
閉じた睫毛が夢のように長くて、つい見惚れてしまう。
いつまで隣にいてくれるのかな、とか、弱気なことを考えそうになる。
いつの間にかリノアの肩に凭れかかって、スコールは気持ちよさそうに眠っている。
2012.3.9 / ストレンジ・ホリデイ。*3 / to be continued …
FF8のスリーピングビューティ、と言ったら普通はリノアなんでしょうけど、このお話ではスコールが姫で、サイファーが王子です。言ったもん勝ち!!
ところで先日、「韓流ドラマの男女の見つめ合いの長さが待てなくて、いつも早送りしてしまう」とひとに話したら、怒られました。
「恋するふたりの気が済むまで待ってあげなさい!」
(そんな、非合理的な…)と思いつつ、なんか気圧されて頷いてしまいました。そういうわけで、このヘンな映画の描写はその供養的なものです。ちなみに、映画看板は発売当時のFF8に対するわたしのイメージをモチーフにしております。
キャッチコピーは確か「愛を、感じてほしい。」だったはず。正直「うっわマジで買いにくいしスク○ェアさんどうしたの…」と思いました。まだわたしも若かったのね…。今は愛を感じますよ! ちょっと間違ってるけど!
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