ストレンジ・ホリデイ。*2

 とりあえず、三人で話し合うために、着席することにした。
 二人掛けのソファの、ローテーブルを挟んで正面のテレビの前に、PC用のチェアを移動する。
 この部屋が応接室として使用されていた頃には、ローテーブルの対面には一人掛けのソファ2脚が置いてあったのだが、執務スペースだった個室にサイファーが引っ越してきたため、PCがリビングに押し出されて、ところてん式にソファ2脚は物品倉庫へ追いやられてしまった。
 リノアがソファに、サイファーがデスクチェアに座ると、視線に高低差が生じて妙な構図だ。
 熱いコーヒーを出すのは危険と判断したスコールが、三つ同じものが揃っているグラスを選んで、炭酸水で満たし、卓の上に並べる。
 そのまま「じゃ、ごゆっくり」と自室に退がってしまいたいが、そういうわけにもいかない。
 取調べでも受けるような気分で、リノアの隣に腰を下ろし、二人でサイファーを見上げる。
「で、どういうことなの?」
 魔女の詰問口調にもサイファーは慌てることなく、グラスのソーダ水を一口飲んでから話し始めた。
「スコールと俺が、同じ孤児院に居たことは、リノア、お前も知ってるだろ?」
「石の家でしょ。知ってる。わたしだって、行ったことあるもん」
 バカにしないでよ、とリノアが胸を張る。
「スコール、お前もせめてそんぐらいは思いだしたんだろ?」
「ああ。まあな」
 スコールがしぶしぶ頷いたのを確かめて、サイファーは話を続ける。
「お前、エルオーネが居なくなってめそめそしてただろ。それで、キスティスセンセーが一生懸命お前を立ち直らせようとしてて」
「ああ…」
 スコールは霞みのかかった過去から、なんとかそれらしい場面を引っ張り出す。
「あのセンセはガキの頃から、なんつーか説教臭くてよ。あれこれ理屈をこねて、お前を納得させようとしてたんだよな。だけどお前は、何言っても納得しねえもんだから、ネタも切れて、センセの言うことも段々無茶な内容になってきて」
 スコールは、キスティスのお説教が苦手だった。もちろん彼女にしてみれば悪意なんかじゃなく、サイファーの言うとおり、スコールのためを思ってのことだったのだろうが。
「それで、あるとき言ったんだよな。もしエルオーネが戻ってきたって、ずっと一緒にいられるわけじゃない。どうせいつかは、誰かとケッコンしちゃうんだからって」
「凄い理屈だね~。スコール、覚えてないの?」
(覚えてるような覚えてないような…)
 石の家のプレイルーム。子どもたちが積み木で遊んでいる場面が、ぼんやりとスコールの頭に浮かびあがってくる。ママ先生は留守だ。スコールはいつも壁際に座って、絵本を読むふりをしたり、窓から抜けだすことを考えたりしていた。そこにキスティがやってきて、皆と遊ぶようにあれこれと説得を始める。それが長引くと、だんだん周りに他の子どもが集まって来る。
「それでお前がケッコンって何?ってすげえ基本的な事を聞いてきて…チキン野郎が言ったんだよな。
『知らないのか、スコール。好きな人同士が、ずっと一緒に暮らすことだぞ』って」
 まだ髪の毛の逆立っていない、幼いゼルが得意げに教えてくれる。ゼルは何も知らないスコールに、いろいろなことを教えてあげるのが大好きなのだ。
(なんとなく覚えがあるような気がしてきた…)
 風邪のひきはじめのような、嫌な寒気を感じるスコール。
「そしたらお前は深刻な顔して、『じゃあぼく、エルが戻ってきたらケッコンする』って宣言して…」
(さらに覚えがあるような気がしてきた…)
 初めはサイファーの冗談か何かだと思っていたスコールの全身に、じっとりと変な汗が滲んでくる。
「そこでチキン野郎がまたしたり顔で、『知らないのか、スコール。きょうだいはケッコン出来ないんだぞ』って言ったら、お前、泣きだしてよ」
 スコールの脳裏に、唐突に、プレイルームの床のヴィジョンが再現された。俯いた視界に映る、その頃履いていた青い布靴の擦り切れたかんじまで記憶から引き出される。
 きょうだいはケッコン出来ない、その言葉には確かに聞き覚えがあった。
「もういい。サイファー、やめてくれ」
 先行きに不安を感じたスコールがさえぎろうとするが、リノアは納得しなかった。
「よくない! それで、どうなったの、サイファー」
 サイファーはスコールの困った顔を、いかにも楽しそうに眺めながら話を続ける。
「あいつら皆で慰めようとしたんだが、何しろ事実しか言ってねえからフォローのしようがなくてな。
そのうちママ先生が戻って来て、『きっとスコールにも素敵な人がみつかるわ』とかなんとか言って。
こいつも疑わしそーなカオしながら一応は泣きやんだんだよな」
「そのころから疑り深かったんだ、スコール…」
 リノアが変なところで感心すると、サイファーは「そうだな」と懐かしむように笑う。
 スコールは笑うどころではなく、この先どうなるのかを必死で思いだそうとした。
 記憶の糸を手繰ると、昔はまるで思いだせなかった幼馴染の姿が、ぼんやりと目に浮かんでくる。
 サイファーは当時からやはりサイファーで、自分の流儀を曲げず、ころころと機嫌が変わった。
 彼の標的は大体ゼルかアーヴァインだったが、ときどきスコールにもとてつもない意地悪をしたり、しつこくからかってきたりした。
 まさに今、スコールの目の前で、「石の家じゃ、スコールは俺と同じベッドに寝てたんだぜ?」と
リノアをわざと怒らせるように煽る姿が、そのまま思い出のサイファーと重なる。
 魔女がまたそれを真に受けて、むーっと膨れた。
「したらその夜、こいつがまたベッドでしくしく泣き出してよ。『どうしたんだ』ってきいたら…」
(どうしたんだ、スコール)
 不意に耳の中に、柔らかい呼び声が甦って、スコールははっとする。
 傍若無人なサイファーだったけれど、夜になってみんなが寝てしまうと、おなじ上掛けにくるまっている彼が、別人のように優しかったことを、スコールは突然思いだした。
 スコールの方も、昼のサイファーには絶対出来ないような話を、夜、隣に寝ているサイファーには、素直に打ち明けたりしたことも……あったような気がしないでもない……。
 出来れば忘れていたかった、とスコールは無言のまま頭を抱えた。
「毎度のことなんだけどよ、なんかやたら思いつめてて『やっぱり、ぼくケッコン出来ないと思う』、とか真面目くさって言い始めて…」
「サイファー、頼むからもうやめてくれ」
 もはや拷問。耐えられなくなったスコールが再び話に割って入ると、サイファーは椅子の上から、嬉しげに身を乗り出し、スコールの顔を覗きこんだ。
「お前、実は思いだしてきたんだろ? ん?」
「ちょっと! それからどうなったのよ!」
 場の空気がアヤシくなってきたのを感じ取ったリノアが、声を荒げて先を促す。
「リノア、もう分かっただろ。4つとか5つとかの、子どもの頃の話なんだから…」
 この先は聞きたくないスコールは、なんとか恋人を宥めようとするが、火に油を注いだだけだった。
「だからって!! ここからはふたりの秘密、とかいうの、すっごく嫌!! サイファー続けて」
「そんで『なんでだ』って聞いたら、『ケッコンってひとりとしか出来ないんでしょ』って言うから、『まあそうだな』って言って」
「…それ、厳密には違わないか?」
「幼児同士の話にリコンとかサイコンとかシビアな切り口いらね~んだよ」
 大人になってからで十分です。
「『ぼくのこと、ひとりだけ選んでくれる人なんて居ない』とか可愛いこと言ってきやがってよ」
 自分の台詞をか細い声で真似てニヤけるサイファーに、スコールがキレた。
「気持ち悪いモノマネやめろ!! もういいだろうリノア! 充分だろっ!そういう流れで言ったんだじゃあきっと俺が。言いました」
 もう話を早く終わらせることしか考えられないスコールは、ヤケクソで断定した。
 取り調べ終了。かつ丼出番なし。

「なんだよ、せっかくいいところなのに」
 わざとらしく残念そうに嘆くサイファーを、スコールはきっと睨みつけた。
「そんな大昔の話引き合いに出すな。時効だろっ」
 猛烈に居心地悪そうなスコールの様子に、サイファーは満足げに目を細めて笑う。
「ほんとに時効なら、そんなに恥ずかしがることねーだろ?」
(うっ。)
 鋭い指摘に言葉に詰まるスコールを見届けてから、サイファーは、リノアに向き直った。
「ま、そういうわけでよ。こいつと俺はもうとっくに結婚の約束をしてたんだ。お前と付き合うときにも言っただろ? 本命は別に居るって」
「…言ってくれたわね、確かに」
 リノアは、そのとき、その「本命のコ」が羨ましかったことを思い出して、口を尖らせた。
 そのコに負けたくなくて、必死でサイファーの後をついて回ったのを憶えてる。
 夏が終わる頃には、どんなに頑張ってもサイファーの気持ちは揺るがないって認めるしかなかった。
「あのときサイファー、答えてくれなかったわよね。なんで本命の人と付き合わないのかって」
(スコールと出会った後、サイファーの態度がな~んとなく変で…、もしかして? と思ってたけど)
 やっぱり、そうだったんだ。わたしの負けたライバルは、スコールだったんだ。
 いまさら憎たらしくなって、リノアは恋人の美貌を横目でねめつけるが、本人は困惑するばかりだ。
「俺はこう見えて紳士だからよ。こいつがSeeDになるまではと思ってな」
「あんたがSeeDになるまでの間違いじゃないのか」
 思わず脳内ツッコミが口から出たスコールに、サイファーが渋面を作って反論する。
「失礼な奴だな。俺様はSeeDなんかいつでもなれたんだよ!ただSeeDになっちまうとしょっちゅう任務でガーデンを離れなきゃいけねーだろ?」
「そりゃそうだ」
「長期任務なんか入ってみろ。まぁたお前がすかーんと、何から何まで忘れるかも知れねえだろ。番度あんた誰だってマジで聞かれるの、こっちは結構応えるんだぞ」
 恨みのこもった視線が、スコールの良心に突き刺さる。
(俺…そんなに何度も、そんなこと聞いたんだったか?)
 こんな強烈なサイファーを忘れるはずないと思いながら、そう言えばあの戦争の前は、一緒に育ったことなんか、全然覚えてなかった。
 サイファーが、ほら見ろ、覚えてねーんだろ、という顔で腕を組んで睨んでくるので、余計にそうは言いにくく、スコールは黙って視線を逸らした。
「それにお前、女子に告られる度に言ってただろ。SeeDになるまでは他のことを考えたくないって」
「そんなこと…なんであんたが知ってるんだ?」
「お前のお決まりの台詞なんざ、食堂のおばちゃんだって知ってるぐらいだぜ。判で押したように断るってんで、よっぽど特殊な女以外は、お前に寄りつかなくなったってのに、気づいてねーのか」
(そんなに広まってるなんて、全然知らなかった…)
 指揮官の今はともかく、昔の自分は暗くて目立たない生徒だったのに…と驚きを隠せないスコール。
「そういうお前の気持ちを大事にしてやろうと、この俺様が大人しく待ってやってたっつうのに」
(え…)
 このサイファーが…そんなことを考えてたなんて、本当だろうか?
 さらなる驚きで、何だか胸の鼓動がうるさくなったような…。
(いや、その反応おかしいだろ俺)
 スコールは、サイファーの発言に加えて、自身の不可解な心理状態に狼狽した。
 そんなスコールの内心の動揺に気づかず、サイファーの愚痴は続く。
「それなのによー。SeeDになった途端に、間髪入れずこ~んな女にとっつかまりやがって」
「こんな女ってなによ!」
 こんな女呼ばわりされたリノアが、ぐいっとローテーブルの上に身を乗り出す。
「そうだろうがよ。見栄えがよけりゃすーぐ食いつきやがって」
 サイファーさん、何げに自分の容姿に自信があるご様子です。
「何も顔だけで選んだ訳じゃないわよっ。スコールには運命を感じたの!」
 とうとうリノアはソファから立ち上がり、サイファーに向かって啖呵を切った。
 顔だけで、こんなに好きになったりしないもん! とリノアはぐっと拳を握りしめる。
 あの無愛想なスコールが、宇宙までわたしを迎えに来てくれたとき。
 ああ、このひとだ。間違いないんだ! って思った。
(それなのに…わたしはまた、このねじれた恋に負けるって言うの!?)
「…どーだか。大体、最初のアレはどう考えてもナンパだろ」
 リノアの見えないモノローグの盛り上がりに、サイファーが水を差す。
「ち、違うわよっ。あのときは…こう、見えないチカラみたいなものに引かれて…」
「嘘つけ。100人が見たら100人がナンパだと思うナンパそのものじゃねーか」
『ねえ、君が一番可愛いね。僕と踊ってくれない?』
 男女入れ変えてみると、非常にわかりやすい。どう聞いてもナンパにしか聞こえません。
「…そ、そうだった…かな?」
 自分の言動を思い返して、ちょっと自信が無くなるリノア。
 確かにサイファーをあきらめたとき、彼よりカッコイイ男の子を見つけてやる!って誓ったけど。
 確かにスコールの顔は大好きだけど…。顔だけじゃない…と思うな。そのはず。…たぶん。
「サイファー。そもそもあんた、その場に居ない筈じゃないか?」
 スコールくん、細かいことは気にしないように。

 * * * * *

「で。…何でサイファーがついて来るわけ!?」
 検査と取調べが一段落して、約束通り映画を見に行くべく、部屋を後にした二人。
 のはずが、何故か三人。
 魔女は廊下の途中で後ろを振り返り、邪魔な大男を睨み上げた。
「いいじゃねえか。俺もスコールと外でデートしてーんだよ、たまには」
 コートに両手を突っ込んでふんぞり返るサイファーに、スコールは眩暈を覚える。
「あんた、いったいどこまで非常識なんだ…」
「そーよそーよ! 割り込んで来ないで!」
「言っとくがリノア、割りこんできたのはお前のほうなんだぞ?」
 たちまち周囲に暗雲が立ちこめ、ドロドロと雷鳴のドラムロールが入る危険なムードに、スコールがリノアの前に出て、サイファーをけん制した。
「サイファー。嫌がらせもいい加減にしてくれ」
 ガーデンは寮生が多く、休日と言っても、カードリーダーまでの通路は普通に人目がある。
 魔女リノアと元アルティミシアの騎士が対決する図は、そのくだらない理由を知らない生徒には、いささか刺激が強すぎる。
 なのに、二人はまったくお構いなしなのだから、残った一人が止めるしかない。
「別に嫌がらせじゃねえって言ってるだろ。…お前ら。ちっとはカワイソウだとか思わねえの?」
「え」
(カワイソウ??)
 まさかサイファーの口から、そんな言葉が出るとは思わないスコールはうろたえた。
「この俺様が、誰もひきつれずに、生まれたばっかの雛みたいに、健気に後ついて来てよー?」
 確かに、かつてのサイファーからは考えられない行動だ。
(しかし…)
「それが不気味なんだろ!」
 動揺したスコールは、思わず過剰に突き放した言い方をしてしまい、しまったと思うと同時に、サイファーが廊下にしゃがみこんだ。
 そのままうずくまって動かないサイファーに、スコールが恐る恐る声を掛ける。
「おい、サイファー?」
 返事が無い。
「…悪かった。不気味は言いすぎた」
 なおも返事が無いサイファーの背中に、スコールが伸ばそうとした手首を、リノアがはっしと掴む。
「スコール。ひっかかっちゃだめよ。きっとこれが手なんだから」
「…手?」
 このカッコつけの激しい男が、こんなみっともない演技なんかするだろうか?
「…そう…じゃないかな…? サイファー?」
 リノアもスコールにじっと見つめられると自信が揺らいで、一応声を掛けてみる。
「…」
 動かないサイファーのそばにかがみこんで、スコールは途方に暮れた顔をしている。
 こうなってしまっては、このままデートに行ったって、どのみちスコールはずっと上の空だ。
「んもう、わかったわよ! 今日だけよ!」
「ほんとか!?」
 リノアが折れた途端、サイファーがぱっと顔を上げた。
「…ほんとに?」とスコール。
 二人に見上げられて、引っこみがつかないリノア。
「……ほんとよ。」
 なんでこうなるのよ、もう。



2012.3.2 / ストレンジ・ホリデイ。*2 / to be continued …

 まるで小学生のような3人です。サイファーさんの仮病?は、おそらくラグナの真似かと思われます。
 ところで、エルオーネとスコールは本当は姉弟じゃないので、むしろエルオーネとならケッコンできるような気がするんですが、3人とも気がつかないようなので、そっとしときます。
 こんな調子で続きます。まだ無理じゃ無ければ、続けてお付き合いください。

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