Time after Time 8 : Seifer


 閉鎖的なイメージのあるバラムガーデンにも、ごくまれに、転入してくる生徒が居た。どこかの孤児院で持て余されている問題児が送られて来ては、ガーデンにも馴染めずにまた去っていく、そんなパターンがお決まりだったが、その夏にやってきた転入生はそれまでの例とは違い、初めから異彩を放っていた。
 そいつは、当時はまだ珍しい、ガルバディアガーデンからの移籍だった。他ガーデンの生徒の実力は果たしてどの程度のものかと、俺を含め大勢の生徒がオープン試合を冷やかしに行った。
 転入生は、ギャラリーの数に怖気づきもせず、落ち着き払っていた。対戦相手の生徒と較べてかなり大柄で、日に焼けた肌が目立つ。
 試合の運びは、予想に反して慎重だった。
 スピードもパワーもなかなかで、B.G.側の模範生が圧されている。
 何より、相手の弱点を躊躇なく突くのが巧い。
 しかし、武器と魔法を組み合わせるB.G.独特の戦法には馴染みがなかったと見え、徐々にB.G.側の反撃が決まるようになり、最終的に試合は引き分けになった。
 だが、この不利な状況でタイに持ち込んだ転校生の実力は、誰の目にも明らかだった。タイミング良く魔法が使えるようになれば、戦法にも幅が出るだろうな、とその時点では俺も素直に感心した。
 こうして、実技は文句なしに優秀と証明し、学科もまずまずとの評判だったが、B.G.とのカリキュラムの違いから、結局、ふたつも年下のクラスに入ることになった。
 それがスコールと同じクラス、というのが何となく気に入らなかったが、今のところはまだ俺が警戒するほどの腕じゃねえ、と判断し、特段因縁も付けずに放っておいてやったのに…なんと、向こうからやってきやがった。

 数日後、俺はガーデンの廊下で呼び止められた。
「お前がサイファー?」
 聞き覚えのねえ声に振り向くと、例の転入生だった。
「…俺に用か?」
 いきなり俺を「お前」呼ばわりか。たいした度胸だな、と俺は相手を睨みつけた。
 近くで並んでみると、俺と同じぐらい背丈がある。
 浅黒い顔に、傲岸な印象を与える鷲鼻。ブラウンの両目には、すでに敵意が感じられた。
「お前、スコール・レオンハートと幼なじみなんだって?」
 …思った以上に、嫌な嗅覚の持ち主らしい。
 馴れ馴れしい口調は、挑発を意図したものだろう。
「…それで?」
 視線で威嚇し返すが、相手はひるんだ様子も無く、抜け抜けと続けた。
「アイツ、ぜんぜん口きかねえけど、お前にだけは懐いてるって聞いたからさ」
 …目を付けたのは俺じゃなく、スコールの方か。
 ますます不愉快な展開だ。
「何が目的だ」
「俺、スコールくんと仲良くなりたいんだけど、皆にやめとけって言われるんだよな」
 相手は俺に一歩近づき、視線を合わせ、ごく意識的に薄く笑った。
「サイファーを敵に回すなって。…ここの奴らって、親切だよな?」
 このB.G.で、俺に喧嘩を売るヤツなんざ、長らく見かけなかったが…。しかも、こんなピンポイントで疳に触る野郎は初めてだ。
 血管を流れる血が泡立つような、久しぶりの感覚を、俺はしかしぐっと堪えた。
 その手に乗るかよ。
 ここで焚きつけられて大暴れして、懲罰室にでも突っ込まれたら、それこそ敵の思う壺だ。
「…そうだな。人のアドバイスは、素直に聞いといたほうがいいと思うぜ」
 俺が低く受け流すと、相手は意外そうに眉を顰めたが、すぐに「大体分かった」というしたり顔で「ご忠告どうも」と偵察を切り上げた。
 まったく、面倒なのが来やがった。
 人の弱みを探るために付いてるようなあの両目に、初心で無口なスコールがどう映るか、考えただけで胸糞悪かった。

 * * * * *

「おい、スコール。お前、あの転校生になんか絡まれてんのか?」
 部屋に戻ってくるなり機嫌の悪い俺に詰問されて、スコールは顔を曇らせた。
「…ガンブレードを見せてくれって」
「…それで」
「見せただけだ。貸してくれって言われたけど、それは断った。…」
 その冴えない表情で、まだ続きがあると分かる。
 同時に、俺に話したくねえのも分かったが、聞かずに終わるわけにはいかなかった。スコールが俺に隠しておきたい内容とあっちゃ、なおさらだ。
 俺が苛立って「それで」と繰り返すと、スコールはしぶしぶ説明を継ぎ足す。
「G.F.のジャンクションのコツとか質問されたけど…俺も、よく分からないし」
「本当にそれだけか?」
「…何かあったのか」
「あいつ、わざわざ俺んとこに来て、お前と仲良くなりてえとか抜かしやがった」
 嫌そうに顔をしかめたスコールは、なおも俯き…しばらく迷った末に重い口を開いた。
「…今日、訊かれたんだ」
「何を?」
「サイファーと、…付き合ってるのかって。クラスの、皆が居る前で」
 なんだと…。
 顔から血の気が引くのが、自分でも分かった。
「あんのクソ野郎…!」
 俺がデスクチェアを倒す勢いで立ち上がると、スコールがため息をついて俺を制止した。
「サイファー、やめてくれ。俺は平気だ」
「俺は平気じゃねえ」
 スコールだって、平気な筈がねえ。胃がムカムカした。
 今まで、スコールにこんな近づき方をしてくる奴は居なかった。
「変な噂が立つ方が困る。サイファー、怒らないでくれ」
 だから言いたくなかったんだ、という顔で、スコールは俺の手を取り、精一杯なだめようとしてくる。
「…お前、訊かれてどうしたんだ?」
「無視した」
 スコールは即答した。その表情は、傍からは分かりにくい。
 おそらく、他の連中にはうろたえたようには見えなかっただろう。だが…あの男なら、この質問がスコールにとって、どれだけ訊かれたくないことか、すぐに分かったに違いねえ。
「スコール、マジで気を付けろよ」
「気を付けるって」
「だから…人目の無いとこに誘われたりしても、ついてくなよ」
「ついてく気はないけど……サイファー、俺が男だって忘れてるんじゃないのか?」
 本気でムッと顔をしかめられて、答えに詰まる。
 俺はスコールに何も「そういうこと」を教えていなかった。
 スコールには多分…「男同士でヤる」って発想がねえんだ。
「…とにかく、あの転校生には係わるな。訓練や手合わせに誘われても、ちゃんと断れよ」
「…訓練も駄目なのか?」
「そんなの、口実に決まってんだろが」
「口実って言うなら…俺は、サイファーの方が心配だ。あいつは俺じゃなくて、サイファーに興味があるんだと思う」
「お前、…まったく分かってねえなぁ…」
 呆れながら、俺は真顔でそんなことを言うスコールを抱きしめる。腕の中のスコールは「何が分かってないんだ」と不服そうな声を出した。

 スコールにはずっと、親しい友人が居なかった。
 年少クラスでも、世話焼きのガキが何人もスコールの友だちになろうとしたが、頑なな態度にいつも終いにはあきらめて離れていった。
 中等部に上がってからは、ずっと俺と同じ部屋割が続いていた。不自然な割り振りについて、気になっていた生徒も多かったはずだ。
 だが、そのことを正面切って冷やかしてくるような奴は、これまでB.G.には居なかった。
 そのバランスを崩したのが、あの転校生だった。
 スコールの整った容姿や、ガンブレの腕前に興味を持っていても、悪名高い俺がくっついているせいで遠巻きに眺めるしかなかった連中は、突然やってきた余所者の大胆なやり方に大いに驚いた。
 俺のことが気に入らなくても、自分ひとりじゃ何も言えねえ奴、スコールに構ってみたくても、ちょっかいも出せなかった奴らが、やがてあいつの取り巻きになっていった。

 * * * * * 

 エレベータで地上へ出ると、窓の外は夜だった。
 保健室へスコールを運ぶ気になれず、そのまま部屋に連れて帰った。滅多に誰にも出くわさない通路を選んで管理棟へ戻り、相部屋に辿りつくと、スコールの寝室に入り、ベッドへ抱いた身体を寝かせた。
 途中、何度か目を覚ますんじゃねえかと思ったが、スコールはぐっすり眠っているようだった。
 棒のように投げ出された足からブーツを脱がせ、ジャケットを剥ぐ。腰のベルトを抜いてやっていると、こんなしちめんどくせえモン巻きやがって、と妙に腹が立ってきた。
 カドワキには電話で断りを入れた。
 いきさつと状態をざっと説明すると、「そのまま寝かせておいていい、ただし、何かあったらすぐ連絡するように」との返事だった。
 俺はスコールのベッドサイドに戻った。枕を頭の下に入れ、上掛けを掛けてやる。目を閉じた寝顔はいつもより幼く、どうしても昔の面影が重なる。
 こいつはもう、あの「スコール」じゃねえんだ、という思いと、やっぱり同じスコールだ、という矛盾した思いが入り混じり、胸の奥が軽くきしんだ。
 一度起こすべきか、と思案していると、スコールの眉がしかめられ、手が目元を擦った。
「…起きたのか?」
 声を掛けると、ゆっくりと瞬きして、薄青い目が俺を見る。
「…書庫で倒れてたんだ。覚えてるか?」
「…ああ。あんたが運んでくれたんだな…済まなかった」
 スコールは気まずそうに目をしばたたかせ、ぼそぼそと詫びた。
「ここんとこぶっ倒れてばっかじゃねーか。どうなってんだ」
 指揮官が意識を失くして無防備に寝っ転がってたってのに、それで終わらせていいのかよ。
 睨みつける俺を見て、スコールは言い訳のように付け加えた。
「…夜、よく眠れないせいだと思う。もう迷惑かけないように、気を付けるから」
 ……「迷惑」?
 何か言い返してくるかと思ったが…妙にしおらしいことを言いやがる。
「明日、カドワキに診てもらえよ」
「……わかった」
 何かを言いかけ、それを飲み込んでから、スコールは小さく頷く。様子がおかしい。…これはよっぽど気が弱ってんのか?
「なんだ。いやに素直だな、お前。『ところであんた誰だ』、とか言い出すんじゃねえだろうな?」
 素直なのは結構なはずなんだが…まさかの不安が湧いてきて、思わず確認しちまった。
「…いくらなんでも、そこまでは忘れない」
 奴は憮然として、ようやくスコールらしい返事を返して来た。
 よく言うぜ、まったく。
「どうだか。…お前、前科があるからな」
 この間、保健室で眠っているスコールの番をしたが…思いのほか古傷に堪えた。今日はどうしても、あのパイプベッドにスコールを運ぶ気になれなかったのが、我ながら笑っちまう。

(なあ…あんた、誰だ?)
 俺には、その唐突な質問の意味が、すぐには解らなかった。
 あの日あのときまで、スコールが俺を呼ぶときは、いつも「サイファー」だった。
「あんた」なんて呼ばれたことは、一度も無かった。
 聞き間違いかと、耳を疑った次の瞬間、あの緑の本のことが脳裏をよぎった。
 …まさか。
 俺はスコールの目を覗く。
 そこには、他の奴らには分からなくても、いつも俺への特別な感情があった。それなのに、ふたつの瞳は今、初めて見る人間を見るように、まっさらな興味で俺を見つめている…
(お前…ふざけてんのか?)
 分かり切ったことを尋ねる声が震えた。
 スコールは…こんなときに、ふざけたりしねえ。それは俺が一番良く知っている。
 あの緑の本に挟まった、赤いリボンに漠然と感じた不安の正体…それが、まさに現実になったんだ。
 スコールは、俺との関係を白紙に戻した。
 見事なものだった。
 何もかも、無かったのと同じことになった…。

 もう、過ぎた話だ。
 苦い記憶は、奇妙な懐かしささえ帯びて来ている。
 スコールはまだ眠いようで、その後は会話にならず、俺は灯りを消してやった。
 リビングに戻ると、テーブルに置いた端末が目に入って、キスティスへの連絡を忘れていたのに気づき、簡単な報告メールを送る。
 結局、スコールに書庫で何を調べていたのかを訊きそびれた。ガーデンでは様々な問題が持ちあがる…例の事件について調べていたとは限らねえ。
 あの事件でスコールは、ひどい目に遭いかけはしたが、シヴァに助けられて、結果としては軽い打撲と擦り傷程度で済んだ。記憶の混乱についちゃ、G.F.を危険視されては困るガーデン側の都合もあって、さり気ない表現に止めてあるだろう。公式記録を読んだところで、今さらショックで倒れるような内容じゃねえはずだ。
 だとすると…
 スコールの不調の原因に心当たりがあるとすればただひとつ、シヴァを手放したことだ。
 G.F.は主人のなかに自分の居場所を作る。
 5年も居座っていたシヴァが突然に退けば、何か異常が起きても不思議じゃねえ。
 思案しながら、もうひとつやるべきことを思い出し、冷蔵庫を開けた。スコールが帰ってから食べる、と言ったので、一応仕舞っておいたオムレツを、俺はダストボックスに落とす。
 もちろん、いい気分はしねえが…もう慣れた。
 皿から滑り落ちた柔らかい卵の塊が、底にぶつかって崩れるのを見届けて、俺は蓋を閉めた。
 スコールに執着すればするほど、こんなことばかりだった。
 俺が勝手にしていることだ。嫌なら、やめちまえばいい…そう、頭ではとっくに分かっている。



 2014.09.07 / Time after Time 8 / to be continued …