Time after Time 6 : Seifer


「…スコール居ねえのか?」
 今朝の態度が気になって、任務終わりに委員会室に顔を出すと、椅子の主は不在だった。出張の類は予定に無かったはずだ、と思い起こして、キスティスに尋ねる。
「書庫に行ってるわ。…そう言えば、遅いわね」
 センセはモニタから顔を上げ、壁の時計の文字盤に目をやって首をかしげた。
「書庫ぉ? …あんなカビくせーとこに、わざわざ?」
 俺は入り口近くの壁に据え付けられたキーボックスを開け、書庫の鍵が欠けているのを確かめる。
「調べたいことがあるんですって。確か定時過ぎだったから…そろそろ一時間半は経ってるわ」
「あ~んなとこまで行かなくっても、もとはんちょに聞いてみればいいのにねー」
 同じく残業中のセルフィが、うーん、と伸びをして、俺の方へデスクチェアをくるりと回した。
「もとはんちょは、昔のこと、だいたい覚えてるんでしょ~?」
 呑気な笑顔を見せるセルフィは、俺が記憶を失わなかったことを幸運だと信じている。
「…まーな。俺はお前らと違って、G.F.の覚えがめでたくねーからよ」
 キーボックスを閉め、「ちょっと見てくる」と声を掛けると、キスティスは「お願い」と微笑んだ。

 任務終わりの連中の行き交う廊下を歩きながら、スコールの調べものってのは何だろうな、と考える。早朝からシャワールームに閉じ籠り、飯も食わずに出て行った事と関係しているのかどうか…
 セルフィの言うとおり、俺は他の連中と違って、例のG.F.の副作用ってヤツがほとんど無かった。無論、自然と忘れちまったこともあるが、おおまかな出来事はちゃんと覚えている。
 ただし、尋ねられると対処に困る記憶もある。
 覚えている限り、洗いざらい話してやってもいいが、…スコールは、おそらく信じやしねえだろう。

 * * * * *

 どうしてもスコールとキスしたくて、不意打ちを喰らわした結果は惨憺たるものだった。
 色恋沙汰にまるで興味の無かったスコールも、キスがどういう意味を持つ行為かぐらいは知っていたと見え、いきなり唇を奪われて呆然となり…その直後から、あからさまに俺を避け始めた。
 二段ベッドの相部屋だから、避けると言っても限界があるが、頑なに俺と目を合わせねえ。もともと無口なのにも拍車がかかり、一時期は、ほとんど口を利かなくなっちまった。
 それでも、スコールのポリシーに反するのか、教師に言いつけられることは無く、俺たちは引き続き同室のままだった。
 何度も「悪かった」と詫びを入れ、「もう無理に嫌がることはしねえ」とガラにも無い約束もして、なんとか和解は取りつけたものの、警戒するスコールを一から口説き直して、もとどおりに懐かせるのには、恐ろしく骨が折れた。腕やら肩やらに触ろうもんなら振り払われるし、何か面倒を見てやろうとしても、「自分で出来るからいい」の一点張りだ。
 そんな調子でたいして進展もせず、半年余りが過ぎたある日、スコールが授業で負傷し、右手に包帯を巻いて帰って来た。
「誰にやられたんだよ!」
 俺は思わずカッとなって怒鳴ったが、スコールは「怒らないでくれ」と止めた。
「俺の避け方も下手だったんだ。…これも経験のうちだから」
 そんなふうに宥められ、怪我をさせた相手を締め上げるのは、しぶしぶ思いとどまった。
 利き手が不自由になったスコールは、さすがに同室の俺を頼らざるを得なくなった。
 俺はこのチャンスを活かして、飯を食わせてやったり、髪を洗ってやったりと、あれこれ世話を焼いた。初めのうちは、また俺が何か仕掛けてくるんじゃないかと神経を尖らせていたスコールも、少しずつ気を許すようになり、めでたく包帯が取れたときは、はにかみながら、改まった調子で礼を言ってきた。
 スコールの心を惹きつけるには、やはり剣術が効いた。
 その頃のスコールの腕前はまだ、平均より上位という程度だった。ガーデンの定期の公開試合でも、スコールは早々と敗退して、俺の試合を見に来た。隠れるようにしてこちらを見ている奴に気づいた俺は、空気を読まずに一番人気の上級生を叩きのめしてやった。
 二人部屋に戻ってから、「お前、俺ばっかり見てただろ。カッコ良かったか?」と訊いてやると、スコールが赤くなって「そんなこと思ってない」と露骨に目を反らしたのは可笑しかった。
 そういう日々を積み重ね、やがてスコールの方から俺に相談を持ちかけるようになり、身体を近づけても避けられなくなり…髪に触り、ハグしても咎められないところまで、ようやく戻ることが出来た。
 最初に告白してからちょうど一年目の日に、俺は思い切って「キスしてもいいか」と訊いた。俯いたスコールは、しばらく迷ってから、小さな声で「サイファーが、そうしたいなら」と答えた。
 そうして俺たちは、一年ぶりに、やっと二度目のキスをした。
 スコールの身体はガチガチに強張っていて、情けねえ話、俺も死ぬほど緊張していた。
「…なぁ、俺のこと、好きか?」
 終わった途端に離れようとするスコールを抱き止めて、祈るような気持ちで尋ねた。
「…たぶん、…好きだと思う」
 しばしの沈黙のあとの、自信の無さそうな返事だったが、俺は嬉しかった。
 スコールが初めて、この俺を好きだと言ったんだ。
 有頂天になって、ぎゅうとスコールを抱く腕に力を込めた。
「俺も、…俺も好きだ、スコール」
 しあわせだった。
 そのときはそれで十分だった…。

* * * * *

 しかし、そこから半年も経てば…俺の方としちゃ、だんだん欲も出てくる。それなのに、近頃のスコールは、俺との間に、再び距離を置こうとしている。
「サイファー、やっぱり、こんなのヘンだし」
「何だよ。お前、俺のこと好きじゃねぇの?」
「…………好きだけど…」
 壁際に追い詰められたスコールは、困り切った顔で俯いた。
 やっと素直にキスさせるようになってきたと思ってたのに、スコールはまた悩み始めている。
 好きだけど、っていう同じ返事も、返って来るまでの間がどんどん長くなって、俺を苛つかせる。
「んじゃ、いいだろ」
 一日でもスコールの言い分を聞き入れて引き下がったら、もう二度とキス出来ないような気がして、俺は強引にスコールの唇を唇でふさぐ。
 スコールは俺が好きだ。それは間違いねえ。
 内気で口下手で分かりにくい奴だが、キスしている途中で手を握ると、スコールはいつも、そっと握り返して来る。
 だけど、こういう関係は普通じゃない…それをひどく気にしている。他の奴らの価値観で、俺との関係を考え直そうとしているんだ。
「…ん、」
 触れ合った唇同士がこすれると、スコールが微かにうめく。
 その声を聞くと、俺は…もどかしくてたまらなくなる。
 もっと、もっとしたい。もっと、もっと。
 スコールが悩む原因は、たぶん、俺のこういう興奮を薄々感じ取ってるせいもあるだろう。分かっちゃいるが、その気になればいつでも組み伏せられる状況で、お預け喰らった犬みてえにじっと待ってるこっちとしては、スコールにもそろそろ、そういう欲求に目覚めて欲しいと思う。
 乱暴に舌を突っ込みたい気持ちを抑え、スコールの上唇を俺の唇で挟み、軽く音を立てて吸う。首を左右に振って拒もうとする頭を抱え込んで、挟んだ唇をそっと舐めてやる。
「んんっ…」
 ちいさく漏れた声音にぞくりとして、薄く眼を開けて盗み見る。
 スコールの眉間に、ぎゅっとしわが寄ってる。
 やべー。可愛い…。
 まるで、俺のキスで感じてるみたいな顔…そう思うと胸が苦しく、さらに切実に股間が疼いて、スコールにそれを押しつけたくてたまらなくなる…。
 駄目だ。
 最後に軽く唇を重ね直して、俺はスコールを放してやった。やりすぎて、また避け回られるようになったら、忍耐の日々に逆戻りだ。やっと俺から解放されたスコールは、口元をぬぐって顔をしかめた。
「サイファー、長すぎる。それに、…さっきみたいなの、やめて欲しい」
 半ば無理やりって自覚はあるが、こうもあからさまに嫌がられるとカチンと来る。
「何でだよ」
「なんか………いやらしい」
 言いにくそうなスコールの言葉に、内心ドキリとする。
 まあ…実際ヤラシイ気持ちでしてるんだから、そう思われてもしょうがねえ。
「あんなの、大したことねーだろ。…ほんとの大人のキスはもっとすごいんだぞ」
 俺はすっとぼけて、スコールを丸めこもうとする。
 変に悩まれちゃ困るんだ。もっと素直に、気持ちいいって思ってくれりゃいいのに…という俺の望みとは裏腹に、スコールは心底浮かない顔をしている。
「なんだよ。…そんなにヤだったか?」
 ちっとやり過ぎたか、と反省し、二段ベッドの下段に腰掛けたスコールの髪にそっと触れると、スコールは重い口を開いた。
「…サイファー。こういうのってやっぱり…女子とするほうがいいんじゃないのか」
 これまでにもさんざん話し合ったはずの問題を、しつこく蒸し返して来る…。これでいったい何回目だ?
「まぁたその話かよ。何度も言ってるだろ、好きなヤツとするもんだって」
 前はそれで納得してたのに、スコールは表情を曇らせたまま黙っている。
「なあ、スコール。お前、俺のこと好きじゃなくなったのか?」
「……そうじゃない」
「俺にキスされんの、気持ち悪りいのか?」
「…そんなことは、ない。でも…、」
「ならいいだろ。お前、考え過ぎ」
 スコールの隣に腰をおろして、反論を遮る。こんなことしていいのかって、悩んでるのは分かってる。だが、こんなことしていいのかどうかなんて、俺とスコールで決めるしかねえ問題だと俺は思う。
「俺とお前が良けりゃ、それでいいじゃねーか。ふたりの話なんだしよ」
 額を合わせて、両目を覗き込む。
 な、と笑いかけると、スコールは困ったように目を反らしてから、小さく頷く。それが可愛くて、今はまだ待つしかねえよな、と俺は自分に言い聞かせる。



 2014.08.03 / Time after Time 6 / to be continued …