One and Only * 2

 7年後、バラムにて、クリスマスの朝。

 ベッドサイドのチェストから、ピアスの箱を取り出して開けて見せると、女はゆるやかに微笑んだ。
「指輪が良いって言ったのに」
「指輪は駄目だって言っただろ」
 予想通りの反応。
 女は型どおりの抗議を終えると、嬉しげに小箱の中を覗き込みながら、綺麗ね、とその輝きを誉めて体を起こす。
 箱の中の新しいピアスは、透明の小さな石をプラチナの留め具で十字に連ねた、良くあるデザインのものだ。
「今年の指輪は誰に贈ったの?」
「誰にも贈っちゃいねえよ」
「あら、さみしいこと」
 アクアブルーの半貴石のピアス以外は何も着けていない、白くスレンダーな体を隠そうともせず、女は俺の肩に手をまわす。
 栗色の長い髪が、さらりと皮膚を撫でる。
「俺の考えじゃ、指輪っていうのは、世界にそれぞれ一個きりしかねーんだ」
「貴方の考えじゃ、この世に溢れる指輪のほとんどがニセモノってことね」
 つれないサンタさん。
 そう言って俺のつむじあたりに軽くキスをして、ベッドから降りた。
「わたしは別に、ニセモノでもいいのに」
 プレゼントの箱を持って、裸足でぺたぺたとローテーブルに向かう女の後ろ姿を見送り、チェストの上に放りだした煙草の箱から一本取り出す。残りが少ない。
 午後にでも買い足しに出るかと思案しながら、マッチを擦って火を付けた。手首を振ってマッチ棒の火を消し、灰皿へ投げ込んで、一口吸って煙を吐き出す。
「それで、貴方の指輪は何処にあるの?」
 女はテーブルの上に小さなスタンドミラーを拡げ、耳のピアスを外しながら聞いてくる。
「…多分もう何処にもない」
「それじゃ、貴方の人生にもうロマンスはないの?」
「記憶のなかにある」
 俺ひとりの記憶の中に。


 7年前のクリスマスの朝。
(サイファー。指輪が、増えてるんだが)
 遅く起きだしてきたパジャマ姿のスコールが、左手を突きつけてくる。
(さあな。サンタさんじゃねーの?)
 ソファで新聞を読んでいた俺は、片方の眉を吊り上げて、一応とぼけてみる。スコールは薬指の真新しいリングを外して、内側を調べ始める。
(S to S って彫ってある)
(さあな。サンタさんじゃねーの?)
 紙面に目を落としたままシラを切る俺の隣に、スコールは腰を下ろす。かなり機嫌がいい証拠だ。
(with Love、"愛を込めて"、だって)
(…さあな。サンタさんじゃねーの?)
 スコールは文字の検分を終えて、薬指に銀の輪を嵌めなおした。その手を向かいの窓から射す光にかざし、それがキラキラ輝く具合を確かめる。
(ふうん。俺ってオッサン受けが良いんだな?)
 その三日前、一つ年上になった俺にいたずらっぽく微笑みかけてくるのを、新聞を放り出して乱暴に抱きよせ、軽く頭突きをくれてやる。
(誰がオッサンだコラ)
(サンタさんだろ?)
 そうやって笑いあった幸せな記憶。


「サイファー、かわいそうなひとね」
 優しげな女の声で、物思いから覚めた。
「なにもかも忘れちまった奴と…」
 どっちが可哀想なんだろうな。
「なあに?」
「いや、何でもねえ」
 過去に浸された頭を振って、煙草をふかす。
 ピアスを付け替えた女がベッドに戻ってきて、するり、と横に滑り込んでくる。女は手を伸ばして、俺の手から煙草を取り上げ、無断で灰皿に押し付けてその息の根を止めた。
「おい、ひどいな」
「上の空だからよ。ほら、シーツに灰が落ちてる」
 子どもをあやす口調で柔らかく俺を叱り、灰を払い落した。そのまま流れるような動作で、自然と俺の首に手をまわして身を寄せてくる。
「…お前は泳ぎが上手いな」
「ひとりで溺れてもつまらないもの」
 口をついて出たぼやけた感想に、女が違う方向から球を返してきて、はっきりと意識が現実に戻る。
 女の真意を確かめようと、顔を見るために身を離す。気に入っている女のブルーグレイの瞳が、こともなげに瞬きして俺の視線を受け止めた。
「心配しないで。貴方の古傷をえぐるの、結構楽しいから」
 このしなやかな態度のおかげで、今日まで付き合いが続いている。
「…誰かと溺れる方が、もっと楽しいんじゃねえのか?」
「それは勿論そうだけど。…素敵な相手がみつかったら、そのうちにね」
 こういう血の冷たい女ほど、クロスモチーフが映えると思う俺はどうせ無神論者だ。
「なかなか似合うぜ、それ」
「どうもありがと」
 光る飾りの付いた耳たぶに指を当て、女が微笑んだ。

 甘い記憶は凍らせておくに限る。
 さもないと、蟻がたかる。
 正気を噛みつくす蟻を恐れて、俺は女と唇を重ねる。
 俺を忘れた相手のことを、俺はいまだに忘れられない。
 あの遠い朝に、お前は俺の隣に居た。
 掲げた左手に指輪が光るのを、眩しそうに目を細めて見上げていた。
 お前は望み通り、それも忘れたんだろう。それでも忘れられない。

 俺は、お前を忘れたことなど一度もない。



2011.11.30 / One and Only * 2 / to be continued…

 うちのサイファーさんにはロマンが足りない!と思って、ロマンティストを目指したんですが、(他にも押しとか迫力とかいろいろ大事なものが足りんけど)後になって見直すと、致命的な問題が…。
 「サンタさんはイニシャルSじゃないのでは?」
 冷徹なる一撃ツッコミは無しでお願いします。そもそもFF8世界でクリスマスって時点で「なんちゃって」だしね…。ごめんサイファー、書いたとき酔ってたんだよ(いつもだけど)。