Lovefool : Squall : 8

「なんだ、スコールの方じゃないのかい」
 俺の顔を見て立ち上がったカドワキは、拍子抜けした顔で両手を白衣の腰に当てた。
「悪かったな俺様でよ」
 デスクの前の丸椅子に、サイファーはどっかりと腰を下ろしてふんぞり返る。
「切っちまった。診てくれ」
 腕を突き出す横柄な患者に、カドワキは眉をしかめる。
「診てくれって態度かい、それ」
「…俺がやったんだ」
 気が咎めて、訊かれる前に申告したが、カドワキは俺じゃなく、サイファーの方を睨む。
「まったく。昨日まで倒れてた上司を、いきなり斬り合いに付き合わせるんじゃないよ」
「へいへい」
 俺が口を挟むスキもなく、そういう話になってしまった。
 カドワキはサイファーの上着を左肩だけ脱がせると、シャツの袖を捲りあげた。
 出血の止まった傷口をじっと視て、その周囲に指先で軽く触れる。
 半眼になって口の中で呪文を呟き、しばらくして頷いた。
「後に残るようなことはないよ。でも…そう、明後日までガンブレードはお預けだね」
「げっ、マジかよ、クソ」
 サイファーは悪態をついたが、俺は軽い診断にホッとした。
 彼女はサイファーの傷口に消毒薬に浸したパッドを当て、白い包帯を素早く巻いていく。
「たいした傷じゃねーだろ」
「ダメだね。ガンブレードは腕に負担が大きいんだよ。何度言ったら分かるんだい」
 厳しい顔のカドワキは、口答えするサイファーをぴしゃりと片づける。
「そのほかは普通に過ごして構わないよ。飲み薬を出すから、きちんと飲むこと」
 さらさらとサイファーのカルテに所見を書き付けてから、彼女は俺を見上げた。
「スコール、あんたの方は? 夕食はどうだね? 食べられそう?」
「…もう、大丈夫だと思います」
 身体を動かしたせいか…いつの間にか、胃が軽くなっている。
「そうだね、もうサイファーとやりあったぐらいだからねえ」
 カドワキは笑って立ち上がり、薬品棚からサイファーのためにタブレットのシートを2種類取り出した。
「それでも今夜の分の食事までは、食堂に別で頼んであるからね。帰りに寄って受け取ってきな」
 はい、と頷いたところで、背後のスライドドアが音を立てて開いた。
「失礼しまーす…って、あれ? スコールだ~!」
 入ってきたアーヴァインは、俺に気付くと、へらり、といつもの笑顔を見せた。
「やあ、また記憶飛ばしたって噂、ホント? 具合はどう?」
「ああ…大丈夫だ」
 お馴染みになってきたやり取りを済ませ、逆に訊き返す。
「アーヴァインはどうしたんだ?」
「いや~、すこーし風邪気味でね、薬もらおーかなって」
 アーヴィンはそこで派手なくしゃみをひとつして、肩をすくめてみせた。
「またかい。まったく、あんたたちは自己管理がなってないんだから」
 カドワキが面倒見きれない、と言わんばかりの顔でため息をつくと、丸椅子に掛けたサイファーも、ぎろりとアーヴァインを睨んだ。
「・・・風邪薬ぐらい、持ってねーのか」
「っと、あれっ、サイファー、怪我したの?」
 アーヴィンが腕の包帯に目を止めて、身を乗り出す。
「怪我ってほどのモンじゃねーよ。…カドワキ、もう行っていいか?」
 サイファーはジャケットのポケットに両手を突っ込んでむくれている。
 ガンブレを禁じられたせいか、急に機嫌を損ねたようだ。
「薬、持ってかなきゃダメだろ。朝晩2錠ずつだよ」
「わーった、ありがとな! おいスコール、行くぞ!」
「えっ、ちょっ、サイファー! もう行っちゃうの~?」
 カドワキが差し出した白い紙袋をひったくるように受け取ったサイファーは、アーヴァインを無視してハイぺリオンのケースを掴み、さっさと保健室を出て行ってしまう。
「ずいぶん元気な怪我人だね~」
 一年後のアーヴァインは俺の記憶通りで、サイファーの態度にも怒らずに、困ったように笑った。
「俺が…やったんだ。バランスが取れなくて」
 そう短く説明して、カドワキに「ありがとうございました」と軽く頭を下げる。
「ああ、お大事にね、スコール」
 カドワキはそう応えて、アーヴァインの薬を取りに、隣接する保管庫に入っていった。
 サイファーの後を追おうとして、床に置いたケースのハンドルを取り上げると、「待ってよ、スコール」とアーヴァインに引きとめられた。
「ね…どう? …彼と、うまくやれそう~?」
「……」
 「うまく」って…どういう意味だ?
 ドアの向こうのカドワキの耳を気にしてか、ひそひそと囁くように訊かれ、俺は返事に詰まる。
「あのさ~、僕がこんなこと言うのも何だけど…」
「何だ?」
「彼は恋人ヅラするだろうけど、もしも今のキミが嫌なら、はっきりヤダって言っていいと思うよ~?」
 アーヴァインは少し体をかがめ、俺の目を心配そうに覗き込んでくる。
「…ああ。…ありがとう」
 昼間、ゼルにも同じように気遣われたな。
 ありがたいが、…まるで奥手な女子みたいな扱いに、いたたまれない気分だ。
 それに…記憶を失くした直後の反応を思い出せば、俺も人のことは言えないが、ゼルもアーヴィンも心配し過ぎというか…、サイファーの態度を誤解しているのが少しだけ気にかかった。
「大丈夫だ。サイファーは、そこまで横暴じゃ」
 無い、と言いかけたところで、荒い足音が近づき、スライドドアが勢いよく開いた。
「おい! スコール、何やってんだ!!」
 声の主が誰かは、言うまでもない。
 大声で怒鳴られて、俺とアーヴィンはどちらからともなく、顔を見合わせた。
「スコール、…ホントに大丈夫~?」
 小声で訊いてくるアーヴィンに、気まずい俺は、言い訳するような気分で答える。
「違う。あれは、恋人ヅラとかじゃなくて…もともとだ」

 * * * * *

「あいつと何話してたんだ」
 ライオンハートを持って保健室を後にすると、すぐにサイファーが問い質して来た。
 …何が気に入らないのか、明らかに不満そうだ。
「何って。…風邪の具合とか」
「あんなへらへらしやがって、何ともねーだろ。冷やかしに決まってる」
 そう言うと、サイファーは再び大股に歩き出す。
「…あんた、アーヴィンと喧嘩でもしたのか?」
 俺も追いかけて歩きながら尋ねる。
 俺の記憶にある限り、サイファーはアーヴィンを気に入ってる訳ではなかったが、ここまで毛嫌いしてはいなかったはずだ。
「してねーよ。ただ、あのニヤケたツラが気にくわねーだけだ」
 そんなの今に始まった話じゃないだろ、と言おうとしてやめた。
 俺が忘れてしまった何かに原因があるなら…あまり追究しないほうがいいかもしれない。
 黙って廊下を進み、噴水のあたりで、サイファーが呟くように言った。
「…お前、…つのほうが良かったか?」
「え?」
 水音で言葉を拾えずに聞き返すと、サイファーは怒ったような顔で振り向いた。
「目が覚めていきなり、男が恋人でよ。……俺より、あいつの方が良かったか?」
「…何だ、それ」
 俺はあっけにとられて、立ち止った。
 あんた…そんなこと考えてたのか。
 サイファーらしくもない、と俺は思うが、目の前の顔は、苦々しげに歪んでいく。
「…いや、何でもねえ。くだんねーこと訊いたな」
 そう言って目を伏せ、先を急ごうと歩きかける背中に、思わず「俺は、」と呼びかけると、サイファーの足が止まった。
「…どっちがいいなんて、考えたこともない。それに、」
 言いにくいが、続けた。
「…俺は、あんたと付き合ってたんだろ?」
 続きはもっと言いにくい。
 黙って待っているサイファーに…俺は視線を外し、ためらいながら、さらに続けた。
「それなら、俺は…あんたが良かったんだろ」
 ごく普通の推論でいけば、そうなるはずだ。
 だから、俺は…何もおかしなことは言っていない。
「お、…おう、…そうか」
 それなのに、サイファーからは戸惑ったような返事が返ってくる。
 目を反らしているから、どんな表情をしているのかは分からない。
 漂う妙な空気に、俺の喉は乾いて、脈拍が速くなる。
「違うのか」
 俺は逆に訊き返す。自分だけルールを知らないゲームに参加しているような気がする。
 ここは…そういうふうに答えるところじゃなかったのか?
「いや…、そうだ。そうだよな、スコール!」
 不意に明るくなった声に、俺は床にさ迷わせていた目を上げると、サイファーは笑っていた。
 いつもの自信に満ちた笑顔だ。その細めた瞳が、ドキリとするほど嬉しげに見えた。



 2013.06.15 / Lovefool : Squall : 8 / to be continued …