Lovefool : Squall : 6

 果たして何なら胃に入るかと思案したが、悩むまでもなく、食堂に入るとすぐに声を掛けられた。
「カドワキ先生に頼まれて、昼食のご用意をしてあります。お電話したんですが、繋がらなくて」
 そう言えば、携帯の電源を落としたままだった…。
 済まなかった、と食堂のスタッフに詫び、用意してくれてあったスープを受け取った。
「パンも添えておきます。食べられそうだったら食べてくださいね」
「ありがとう」
 出来るだけ目立たない席を選んで座ると、セットメニューのトレイを持ったサイファーが、「当然」って顔で正面に座り、俺のトレイにちらりと目を遣った。
「食えそうか?」
「ああ。さっき飲んだカフェオレも収まったし、このぐらいなら」
「そうか。無理はすんなよ」
 そう言って、サイファーは早速、自分の皿の上の肉を切り分け、一切れ頬張った。
 俺もスプーンを取って、透きとおったスープをすくった。
 薄めの味付けだ。これなら食べられる。
 熱いスープを冷ましながら、ひと匙ずつ口に運ぶ。
 …。
 …。
 …。
 …ふたりして黙々と食べてるけど、これでいいのか?
 どうも勝手がつかめなくて、妙に向かいのサイファーが気になってしまう…。
 相手は俺を気にするでもなく、普通の顔で付け合わせのジャガイモにナイフを入れている。
 考えてみれば、今までサイファーとこうして、ふたりで食堂に来るなんて…無かった気がする。
 戦争前ほど険悪ではなくなったが、部屋が同室、仕事も同じ執務室とくれば、何も昼飯までわざわざ…とお互い思っていたはずだ。
 しかし、この一年後の世界では、一緒に食堂に来ることもあるのだろうか。
 …こんなふうに押し黙って?
 俺の知ってるサイファーなら、別段それでも構わない。
 だが、このサイファーは…どうなんだろう。
 差し向かいに座って、特に会話も無いのが自然なら、それはそれでいいんだが。
 何か俺から話しかけた方がいいんだろうか、なんて考えが浮かんでしまうと、だんだんとスープの味がぼやけてくる…。

 リノアと食事をするときは、彼女がずっと、あれこれ喋っていた。
 他のカップルの付き合いがどんなものなのか、俺には良く分からない。
 リノアは、俺には初めての恋人だった。
 彼女はいつも実に嬉しそうに食べ、俺の皿の料理を味見したがり、その合間に、身近に起こった様々な出来事と、それについてのユニークな意見や感想や希望を脈絡なく語った。
 魔女の修行の話が、菓子を焼こうとして失敗した話になり、失敗作を食べてくれたアンジェロの恋人探しの話になり、数頭の恋人候補についてのいささか耳の痛くなる分析に発展して、それがいつの間にかまだ産まれてもいない7匹の子犬の里親探しの話に化けて、海を越えてエスタまで飛んで行ったかと思うと、また失敗した菓子に戻ったりした。
 俺はテーブル越しにそれを聞いて、ときどき頷いたり、簡単な質問を挟んだりすれば良かった。
「スコール、どうした? やっぱまだ入んねえか?」
 サイファーの声で、回想から覚めた。
 いつの間にか、スプーンを持つ手が止まっていたらしい。
「いや…大丈夫だ」
 俺は答えて、スープに浮いたセロリの葉をすくい取った。
 サイファーは…見ていないようで見ている。
 それが居心地悪いような、悪くないような…おかしな気分だ。

 しばらくして、「水、足して来る」と、空になった自分のコップを手にサイファーは中座した。
 7割がた食べ進んだトレイを前に、何か違和感を感じて、辺りを見渡してみた。
 休日の食堂は、それほど混雑していない。
 俺が選んだ席が、壁際ということもある。
 それにしても、周囲のテーブルが、全て空いているのは妙だ。
 なんだか…俺の周りだけ、不自然に人が寄って来ないような…?
 ぐるりと巡らせた俺の視線が、二つ向こうの席の女子生徒のそれとぶつかる。
 すると、彼女は慌ててパッと俺から目を反らした。それは、ただ事でない勢いで。
「………」
 俺はトレイからコップを取って、ひと口、冷たい水を飲んだ。
 隠したつもりだが、内心、かなりショックだった。
 もちろん、今までだって、こんなふうに視線を外されたことが無いわけじゃない。
 だけど、今のは…アレだよな。
 端的に言って…見てはいけないものを見る目…。
 ここに来て改めて思い知り、俺はじんわりと頬が熱くなるのを感じた。
 本当に…皆、知ってるんだ。
 俺とサイファーが「そういう」関係だって…。
 ここまでに会ったのが、それどころじゃないキスティと、面白がってるセルフィだったから、あまり考えていなかったが…伝統的なバラムの価値観からすれば、ああいう反応が普通なんだよな…。
 せっかく一度は治まったはずの眩暈がぶり返して来る…。
 いったい一年後の俺は…どういう顔で指揮官をやってるんだ?
 いったん意識してしまうと、食堂中の生徒が遠巻きに俺の様子を窺っているような気さえしてくる。
 サイファーには悪いが、この隙に席を立ってしまおうかと考えていると、不意に通る声で呼ばれた。
「スコール! ここに居たのか!」
「ゼル…」
 頭に包帯を巻いたゼルが、バタバタ走り寄ってくる姿を見て、少しホッとしてしまった。
「なあ、もう起きてていいのか?」
「それはこっちの台詞だ。その怪我、大丈夫なのか」
 包帯を見やりながら尋ねると、ゼルは俺の記憶にあるとおりの、開けっぴろげな笑顔を見せた。
「大したことねーよ! こんなんで何日も寝てらんねーって。なあ、それより…」
 俺の正面の席に食べかけのトレイがあるのに気付き、斜め前の席に腰を下ろす。
「オマエ、また記憶飛んだって、ホントか?」
「…まぁな」
 何回この会話を繰り返せばいいんだろう。
 俺の返事を聞いて、ゼルは顔をひどく曇らせ、おずおずと上目づかいで俺を見る。
「そんで…サイファーから、その…………、聞いたか?」
「…聞いた」
 ゼルは、俺以上に悲愴な顔で黙り込み…やがて、消え入りそうな声で詫びて来た。
「その、スコール…オレのせいで、こんなことになって…ゴメン」
「何でお前が謝るんだ?」
「いや、それは…オレのせいで、また記憶失くしちまったんだし…」
 トラビアでの遭難を気にしてか、ゼルはしょんぼりと肩を落としている。
「記憶が消えたことに関しては、少しはそうかもしれないが…結局、それ以前の問題だろ」
「そうだけど。ゴメン」
「なあ、ゼル。俺は…本当にあいつと付き合ってたのか?」
 自分の責任でもないのに、ゼルは困り切った様子で、顔を真っ赤にして俯いた。
 そうだ。ゼルは反対してくれたって、セルフィは言っていた。それなのに、
(サイファーを悪く言わないでくれって、はんちょが泣いちゃったもんだから…)
 …思い出すたび、結構なダメージが来る。
「まったく…訳が分からないな」
「スコール。オレが言えた義理じゃねーんだけど…あんまり……その、気に病むなよ?」
「これが気に病まずに居られるか」
 思わず反射的に言い返すと、ゼルはまた小さくなって「そうだよな、ゴメン」と呟いた。
「いや…ゼルが悪いわけじゃない」
 俺は長いため息をついた。
 このまま記憶が戻らなかったら、この先…俺はどうしたらいいんだろう。
 やっぱり…サイファーと話し合わなくちゃいけないんだろうな。
 なんというか、いわゆる「別れ話」みたいな…。
 …。
 自分の想像に、自分でひるんだ。
 いちいちハードルが高過ぎる…。
 切り出すことを考えただけで気が重くなるし…サイファーのリアクションが、全く読めない。
 案外あっさり承知するのか、昨日みたいに怒りだすのか、それとも…
 ざわつく胸の内を落ち着かせようと、もう一度コップに口を付けた俺に、顔を上げたゼルが、恐る恐る、といった様子で尋ねた。
「なあ…スコール。オマエ…、その…、な、何もされてないよな…?」
「ぐっ」
 危うくコップの水を噴きそうになる。
 人がせっかく考えないようにしていることを…!
「人聞きワリーな! 『何も』って何だ」
 むせて咳きこむ俺の頭上から、不機嫌な声が降ってくる。
「何か用かよ、チキン野郎。人の居ねえスキにコソコソ来てちゃっかり座りやがって」
 しかもこのタイミングで、サイファーが戻って来た…。
「どーせ俺様の悪口かなんかだろ。テメエが心配するようなことなんかしてねーよ」
 元の席にどっかりと腰を下ろして「なあ、スコール?」と同意を求めてくる。
「ああ…」
 とりあえず、そこは事実だ。
「じゃあ…オレ、行くけど。スコール、何かあったら言えよな?」
 ゼルはまだ、不安そうに俺を見ている。
 悪気が無いのは分かるが、ヘンなものを話題に乗せるのは勘弁してくれ…!
 俺が肯定も否定も出来ないでいるうちに、サイファーがゼルを追っ払った。
「だから『何か』って何だ! お前、メシ食いに来たんだろーが。さっさと行けよ!」
 サイファーは舌打ちして、カウンターに向かうゼルの背中を睨みつける。
「ったく、あの野郎。人をケダモノみてーに言いやがって」
「…」
 …恐ろしく気まずい。何ともコメントのしようが無い。
「待たせて悪かったな。水汲みに行ったら、実習の相談で捕まっちまって」
 サイファーは黙り込んだ俺の顔色を読むと、その件をさらりと流して、冷めてしまったランチを片付け始めた。
「…いや」
 その態度に安堵して、俺も中断していた食事を再開した。

 …ひとつ、気付いたことがある。
 さっき、ひとりで座っていたときよりも、周囲の視線が気にならない。
 どうしてだろう。
 俺の「恋人」があまりに落ち着き払って、いつもどおり堂々としているからかもしれない。
 まだ、たった半日。
 初めに聞かされたときは、嘘にしか聞こえなかった。
「お前、それ、残すのか?」
「…ああ。ちょっと無理だった」
 俺は、皿の上に四分の一ほど残ったロールパンに視線を落とす。
 もったいないとは思うのだが、あと一口がどうしても入らない…。
「そうか。ま、お前にしちゃ頑張ったほうじゃねーの」
 サイファーはそう言って、ひょいと手を伸ばしてパンを取り上げ、自分の口に放り込んだ。



 2013.05.18 / Lovefool : Squall : 6 / to be continued …