天井を眺めて、これからどうしよう…とベッドの上で思いを巡らせる。
通話を切ってしまった後、向こうはどうなったんだろう。
俺も執務室へ行って、サイファーを引きとめるべきなんだろうか…。
いや、俺が行ったんじゃ、却ってこじれそうな気もする。
それに、点滴刺したパジャマの風体で出て行くのも…と迷ってるうちに、外の声が響いて来た。
隣室から廊下に繋がるメインの外扉が開く気配と、二人分の足音。
「…なんだから、ゆっくり様子見てあげなくちゃ」
硬いヒールの音に混ざって聞こえる声は、たぶんキスティス。
「ああもう、わーったっつーの」
こっちはサイファーだ。
コンコン、というノックに続いて、スライドドアが開いた。
「スコール、居るんでしょ?」
顔を見せたキスティスは、初めて見る赤いフレームの眼鏡をしていた。
一応その場の収拾が着いたのか、さっきの電話よりも落ち着いた雰囲気で、ほっとする。
ブラウスの上から白衣を羽織ったキスティスは、コツコツとヒールを鳴らして近づいてくる。
その後ろから、不機嫌そうなサイファーが、のっそりと入って来た…。
「気分はどう?…点滴、終わってるわね」
キスティスは俺の腕を取ってパッドを剥がし、手際良く針を抜いて、チューブを片付ける。
「お腹空いてるでしょうけど、今日はまだ食事はやめておいた方がいいらしいわ。今夜じゅう安静にして、明日の朝食から消化に良いものを食べてね」
「…ああ」
返事はしたものの、隣に立っている男が気になって、空腹なんか全く感じない…。
先刻サイファーが蹴り倒したスツールに気付いたキスティスは、微かに眉をひそめてそれを起こしてから、にっこりと美しい笑顔を俺に向けた。
「それじゃスコール、何か必要なものがあったら、サイファーに頼んでね」
う、と内心ひるんだが…ここは逆らわないほうが良さそうだ。
「……分かった」
俺の承知したフリを、キスティスはやはり信じていない顔で、すれ違いざまにサイファーの肩をぽんと叩く。
「ほら、ふたりでよく話し合ってちょうだい。あなたたち、どっちも欠けたら困るんだから」
ガラガラと点滴装置のキャスターを引いて、キスティスは出て行ってしまった…。
シュン、とスライドドアの閉まる音が響く。
当然、部屋には…サイファーと二人きりだ。
沈黙。
…沈黙、じゃないよな。…俺、謝らなきゃ。
でも、何て?
無言で横たわっていると、サイファーはゆっくりとした動作で、さっきキスティスが起こしたスツールに腰を下ろした。
「…別に取って食いやしねーよ。んなにびくびくすんな」
思ったよりずっと、穏やかな口調。
むすっとした顔つきだが、部屋を出て行ったときの怒りは落ち着いたようだ。
「…びくびくなんてしてない」
言うべき言葉はつかえて出てこないのに、こういうことは、反射的に口から出てしまう。
これじゃ、駄目なんだ。言わなきゃ、と口を開きかけたが、サイファーのほうが早かった。
「スコール。さっきは怒鳴って悪かったな」
「…」
出鼻をくじかれて、俺は言葉に詰まる。
「ともかくお前は、チキン野郎のチームを救い出したんだ。記憶を失くしたのは、任務の遂行を最優先にした結果なんだろ」
…覚えてない。
「しょうがねえよな、お前はそういう奴なんだから。…だけどよ、分かってるつもりでも、やっぱりこっちとしちゃあガックリくんだよ」
「…済まない」
ようやく詫びらしい言葉が出たけど、我ながらそれだけ?って言うつたなさだ。
せめて起き上がって、と身体をずらしかけると、サイファーは教師が出来の悪い子どもを見るような目で俺を見て、「起きんなよ、寝てろ」と止めた。
「カドワキが、まだ寝かしとけってよ。ま、ゆっくり休め。明日は公休日だ。緊急でもレベル3までは俺かセンセが対応する。お前には回らないようにしといたからよ」
「…ああ」
一区切りついて、サイファーは立ち上がった。
「じゃーな。俺は部屋に居るから、なんか用があったら呼べよな」
扉に向かう後ろ姿を呼びとめ、俺はやはりベッドの上で身を起こした。
「…サイファー」
「…なんだ?」
振り向くサイファーは、感情の読みとれない顔をしている。
俺はまだ「もしも」をつけてしまうけれど…もしも、サイファーやキスティの言うとおりの世界なら。
…迷惑をかけてるのは、俺なんだ。
「…その…手配、ありがとう」
目を反らしたまま、どうにかそれだけ口にした。
サイファーは、そんな俺をしばらく眺めたあと、静かに俺を呼んだ。
「なあ、スコール」
「…何だ」
「やっぱり、なんにも…思い出せねえのか?」
なんにも、という響きに、俺は唇を噛んだ。
「…済まない」
同じ謝罪を繰り返すしか出来ない俺を、サイファーは、もう怒らなかった。
「そうか。ま、どうしようもねえよな。おやすみ」
淡々とそう言うと、口元だけで笑った。
スライドドアが閉まって…俺は罪人の気分で、再びベッドに寝転がった。
サイファーが、俺の恋人…。
俺には、どうしても信じられない。
リノアと会うまでは、「恋人」なんて言うもの自体、俺には無縁だと思っていた。
彼女と初めて会ったあのパーティの夜、俺は壁際に一人で立って、皆が踊るのを眺めてた。
思えば、それまでの俺は…ガンブレード以外の何に対しても、ずっとそんなふうに過ごして来た。
そういう俺を、彼女が強引にフロアの真ん中に引っ張り出してくれて…俺の世界も変わったと思う。
それなのに…俺は、リノアにはフラれた。
何がいけなかったのか、今でも俺には良く分からない。
ただ、彼女の望むような恋人になってやれなかったことが悲しかった。
俺は…リノアと別れて寂しかったかもしれない。
誰かに心を打ち明けたり、抱きしめ合ったりするのが、心地良いことだと知ってしまった後では、それが無くても当たり前だった頃のようには過ごせなかったのかもしれない。
しかし…。
何もそれを、よりによって…サイファーとすることはないんじゃないのか…?
サイファーのほうも、どういうつもりなんだか。
いくら同室で手近だからって…頭が痛くなってくる。
他に、もっと適当な奴が居るだろ。
例えば…、
例えば……、
…………例えば?
俺は枕の上で首を捻った。
キスティスは俺には煙たいし、セルフィじゃ俺の手に余る。
シュウもハードル高過ぎる。そもそも俺が口説いても、鼻で笑って終わりだろう。
他の女子は…と考えて、顔がいくつか浮かんだが、こう改めて検討してみると…俺、あんまり良く知らない人ばかりなんだな…。
男ならさすがに何人か知り合いも居るが…、いや、やめよう。無駄だ。
考えてみれば、恋人に「適当な」奴なんか居ないし、恋人って…そういうものじゃない気がする。
俺は横たわったまま、リモコンでルームライトを消した。
ブラインドを閉じた部屋は、宵闇に沈む。
天井を見上げ、出来る限り心を鎮めて考える。
…サイファーのことは、嫌いじゃない。
自信過剰で勝手でしかも強引だが、自信を持つだけの実力も度胸もある。
あの戦争が終わって、俺が監視官に任命されたときは、この先どうなることかと思った。
だが…同室で暮らし始めてみると、至って普通で拍子抜けした。
だいたい、サイファーが俺に突っかかって来なければ、別段揉め事なんか起こらないんだ。
俺の方は昔から…別に、サイファーと喧嘩したいなんて思っていないんだから。
俺の最後の記憶では、立場上の指導について意見が合わないこともあったが、それを除けば、それほど険悪な関係でも無かった。
それに、何より…サイファーは、俺を理解している。
これは、実際大きなポイントだ。
あの状態から、お互い一歩ずつ歩み寄って行けば…案外親しくなれたのかも。
リノアだって、出会ったばかりのときは、彼女を好きになるなんて思わなかった。
そういうのって、そうなってみないと分からないものなんだ。
俺…本当にサイファーと、付き合っていたのかも…
あり得ない結論にうっかり手が届きかけて、愕然とする。
だってそれって…
チェストの中味のことを思い出してしまって、ぞくり、と背中に生々しい寒気が走った。
いや…深く考えるのはやめよう。
とにかく、今日はもう、これ以上悩めない。限界だ。
…眠ろう。
ぐっすり眠れば、記憶が戻らないとも限らない。
それにもしかして、運が良ければ…元の世界に戻れるかもしれない。
2013.04.18 / Lovefool : Squall : 3 / to be continued …