Lovefool : Seifer : 9

 スコールがシャワーを浴びている間に、食堂で二人分の夕食をテイクアウトしてきた。
 小さなダイニングテーブルに、プラスチックパックに入った料理を並べる。
 部屋着に着替え、シャワールームから出てきたスコールは、そのテーブルのことも忘れていて、「あんたが買ったのか?」と意外そうに尋ねてきた。
 セッティングを済ませ、それぞれの席について食事を始める。
 自分の皿のチキンソテーを頬張りながら、俺はこのテーブルを買ったときのことを思い出していた。
「…そういや、これ買ってからだな。だんだん一緒にメシ食うようになったのも」

 突然、部屋に現れたテーブルに、そのときのスコールは驚いた顔を見せた。
 それまではお互い…新しい立場に、どこか馴染めずにいたような気がする。
 戦争直後、ガーデンに戻った俺に向けられる目は、恐れから蔑みに変わっていた。
 そんな俺の監視官の肩書をくっつけられたスコールは、以前のように他人事にも出来ず、俺との間にどの程度の距離を置いたものか迷っている様子だった。
 だが、保護観察中と言っても、SeeD試験をパスすれば任務が与えられる。
 それを一つずつこなすうちに、実際にチームを組んだ周りから、俺の評価は少しずつ上がっていき、やがて、ガーデン運営委員に任命されても、表立っては異論が出ないまでになった。
 今のスコールが覚えているのは、この辺りまでだ。
 だがその裏で、俺の処遇に不満を抱く一部の連中から、くだらねえ嫌がらせを受けることもあった。
 それでも俺は、何を言われようが平気なフリをしていた。
 スコールにも、その他の大勢の連中にも、悠然と構えているように見せかけていた。
 そうでなければ、俺じゃねえような気がしたからだ。
 そんなある日の任務中、同じチームになったSeeDに故意に足を引っ張られ、危うく命を落としかけた。
 奴はスコールにひどく心酔していて、俺という疫病神が現場で片付けば、ガーデンにもスコールにもかえって都合が良いと考えていたらしかった。
 後日、俺の言い分が通ってそいつは降格になったが、その時点では、チームのメンバーは俺よりも奴の方を信じた。
 そして、やること為すこと上手く行かなかったその一日の終わりに、カウンターで不味い飯をもそもそ食っていると、遅く帰って来たスコールが、少し迷ってから隣に座った。
 機嫌最悪だった俺は、食いかけの夕食を中断して立ち上がった。
(…サイファー。もういいのか?)
(食う気が失せた。恐れ多くて、お偉い指揮官様と一緒にメシなんか食えねーよ)
 言っちまってから、すぐに後悔した。
 こんなの…ただのやつあたりじゃねえか。
 いつから俺は、こんな小っちぇえ男になっちまったんだ…。
 スコールが俺を責めもせず、「そうか」と低く呟くのを聞いて俺は「これじゃ駄目だ」と思い、翌日、このテーブルと二脚の椅子を買った。

「…そのときは、…その、まだ…付き合ってなかったのか」
「あ?」
 付き合う? と、脳が空転してから、ハッと我に返った。
「…あぁ、そーだな」
 そうだった。俺、スコールと「お付き合い」してるんだっけな…。一瞬、企画を忘れちまった。
「あんまり何回も付き合いなおしてっと、訳が分かんなくなってきちまうぜ」
 俺が忘れてどうすんだ。
 思わず苦笑し、理由を取って付けてから、スコールの顔色を窺うが…特に怪しんではいねえようだ。
 スコールは黙ってリゾットを口に運んでいたが、しばらくして、気まずそうに「そもそも、」と切り出した。
「なんで、付き合い始めたんだ?」
 俺は、フォークを持つ手を止め、改めてスコールの緊張した面持ちをテーブル越しに眺めた。
 へえ…。お前、ここでそう来んのか。
「とうとう聞く気になったか?」
 おそらく、半分は聞きたくない気持ちで揺れているだろうスコールに、俺はニヤリと笑ってみせる。
「…ずっと避けて通るわけにもいかないだろ」
 強張った口調が、いつもより少し早い。
 気は進まないが、やっぱり気になる、といったところか。
 初日に訊かれなかったから、この「設定」についちゃ、とうとう説明せずに終わるのかと思ったぜ。
 俺は台本の大筋を思い出し、頭の中で話を組み立てる。
「最初は、まあ、…なんつーか。勘違いの一種だな」
「…勘違い?」
 スコールが不思議そうに訊き返す。
「お前がリノアと別れて、あんまりしょげてっからよ。お前に気があるフリして、からかってやってたんだ」
 候補に挙がったなかでは、一番無難な展開だ。
 他はどれもこれも、こんなふうに食卓で和やかに披露出来るような内容ではなく、俺が却下した。
「そうしたら、お前がそれを真に受けて、だんだん俺のこと変に意識するようになっちまってな」
 さりげない口調で大ウソをつきながら、俺は皿の上の肉を切り分ける。
 それにまあ…この話は何つっても、「スコールが先に俺に惚れた」ってところが気分いいしよ。
 こんな話になるとは思っちゃいなかったんだろう、スコールは目を剥いて硬直し…それから、かくん、と下を向いた。
 お、動揺してんな。…リゾットをすくいかけて止まったスプーンが震えてる。
 不利な筋書きを懸命に飲み込もうとしているスコールの胸の内を思うと……俺は必死で、腹から込み上げてくる人の悪い笑いを噛み殺す。
「それは…あんたの態度に問題があったんじゃないのか…」
 よっぽど不本意なんだろう、スコールは顔を上げずに抗議してくる。
「お前からすりゃそーだろな。…だけど、そうなってみると、俺の方もまぁ…悪い気しなくてよ」
 スコールの薄赤く染まった耳に、どうにも顔がニヤけちまう。
 やっと顔を上げた奴は、実に嫌そうに眉をしかめ、なんとか体裁を取り繕おうと、さらに俺を非難する。
「…呆れるな。節操無さ過ぎだろ」
「しょうがねーだろ。どうもヤバいな、って気が付いたときにゃ、もう…お互い惚れちまってたんだから」
 説明がひとつ山を越えて、俺はグラスの水で喉を潤した。
 スコールは再び、むっつりと黙り込む。
 話の何処かに破綻が無いか、探しているのかもしれねえ。
 しかし、今の話はそれなりにリアリティがあったはずだ。我ながら、まずまずの演技だった。
「後で、俺が最初にちょっかい掛けてたのが冗談だったって分かって、お前、すんげー怒って」
「そうなるだろうな、当然」
 我慢できず、笑いながら補足すると、スコールは怒りを込めて低い声で同意した。
「でもま、どのみち、もう手遅れでよ。結局付き合うことになった」
 俺は設定を語り終え、「なんか質問あるか?」と頬杖をついた。
「全体的に…、ものすごく…成り行きだな」
 仏頂面に戻ったスコールは、ある程度設定を客観視することで動揺を乗り越えたようだ。
 つまりそれは…この嘘を信じた、ってことなんだけどな。
「そう言われりゃ…そうとしか言いようがねえな。何、お前、もっとロマンティックなのを期待してたか?」
「そんな訳ないだろ。…想像もつかなかったから、訊いたんだ」
 いつもの癖でからかうと、スコールは憮然として答えるが…もう、「信じられない」とは言わなかった。
 
 食事の後片付けは、俺の腕の包帯を気にして、スコールが引き受けた。
 両手でガンブレでも振り回さねえ限り、別に支障ねーんだが…。
 スコールも体調は戻ったようだし、ここは素直に任せることにして、向かいのカウンター席に陣取った。
 シンクに運んだスコールのトマトリゾットの皿が、綺麗に空になっているのを見て、ふと、子供のころのことを思い出した。
「そういやお前、昔はトマト苦手だったよな」
「…そうだったか?」
 食器の泡をすすいでいたスコールは、カウンター越しに「初耳」って顔をしてみせる。
 …しょうがねえな。
 無心な顔を眺めて、そう思った。
 もともと俺は、ずっとそう思って来たんだ。
 もしもこの企画が何の効果もなくて…コイツの記憶喪失癖が治らなくても、しょうがねえ。
 スコールって奴は、昔からこうなんだからな。
「お前って、本当に何でも忘れっちまうのな。こうやって…」
 俺は、今日の出来事を振り返る。
 俺にとっては、今までのどの一日とも違う、特別な一日だった今日を。
「昨日記憶を失くして、今日俺と勝負して、何かの話をして、一緒にメシ食ったって…また、そのうち消えちまう。テーブルごと、無かったのと同じになっちまうんだ」
 このリセットが起きるたび、キスティスは本気で怒っていたが、俺にとっちゃ、何も一年前に始まった話じゃねえ。G.F.を使い始めた、遠い昔からそうだった。
「なあ、スコール。だから…その傷は消すなよ」
 シナリオにも無い台詞が不意に口をついて出て、俺は自分の本音を知った。
 この額に傷を付けたとき、俺はすげぇ満足だった。
 あのときは、俺も良く分かっちゃいなかったが…あれは、そういうことだったんだな。
「…」
 非難したつもりじゃなかったが、ひどく顔を曇らせたスコールは、食器を洗う手を止めた。
「…どうした? んな顔すんなよ。悪かったな、恨みがましーこと言っちまって」
 お前がこういう奴だと分かったうえで、俺はずっとお前と付き合ってきた。
 ただ、ここ数カ月の関係が、今までよりも居心地良かったから…俺は出来ればお前にも、それを覚えていて欲しかっただけなんだ。
「…俺、三回目なんだっけな。記憶失くすの」
「ああ」
 本当は四回目だけどな、と思いながら、俺は頷く。
「あんただけじゃなく、他の皆もそうだけど…俺のために使ってくれた時間だって、あったはずだ。俺は、そういうのを全部、忘れてしまったんだろ?」
 カウンターの隣のスツールに腰掛けたスコールは…その事実の重みを量っているようだった。
「…まあな。その場の状況判断で、お前は他のリスクより、自分の記憶を失うリスクを取ったってことだ」
「…俺、今度こそちゃんと気を付けるつもりだ。そんなリスク、取らなくてもいいように」
「そうだな。センセやチキン野郎がくどくど言ってんのは、そういうことだな」
 答えながら、俺は…内心、面食らっている。
 いまだかつて…この件に関して、スコールとこんなにも見解が一致したことがあったか?
 何だ。どうしちまったんだよ、お前。
 このアホみてえな企画が…マジで特効薬になったのか?
 キスティスが聞いたら、感激の涙を滂沱と流すに違いねえ。
 …つーか、俺自身、ガラにもなく…胸の奥の方が、じんわり感動モードになっちまってんだけど。
 俺がそんな感慨に耽ってるとも知らず、スコールはさらに意図の読めない質問をしてくる。
「…こうやって飛んだ記憶って、…もう、戻らないんだろうか」
「あ?」
「俺…思い出せない。…だけど、思い出したい」
 …何だって?
 …『思い出したい』?
 俺は、目の前のスコールをまじまじと見つめた。
「スコール?」
 カウンターに肘をつき、頭を抱えたスコールは、思い詰めた表情で繰り返す。
「思い出したいんだ。昨日、記憶を失くす前まで…何を考えて、あんたと、どんな話をしてたのか」
 …お前、いま言うのか、それを。
 前回も、その前も…そんなこと、言わなかったのに。
 こんな…俺が恋人だなんていう、とんでもねえ設定のときに?
『たかが半年分、記憶が消えただけだろ?』
 平然とそう言って、白い枕の上から、俺とキスティスを見上げてたお前が。
 俺と恋人同士だったって…そんな過去、思い出してえのか?
 驚きを隠せないまま、スコールの俯いた顔を覗き込む。
「どうしたんだよ。お前、俺と付き合ってたなんて嫌なんだろ、どうせ」
「…最初は、驚いたけど…、今は…少し違う気がする」
 声が震えている。きっとこれは、嘘でも…冗談でもねえ。
「…スコール」
 何か言って…この流れを止めなきゃいけねえ気がする。
 だが、名前を呼んだきり、言葉が続かない俺に、スコールは真剣な顔を上げた。
「…あんたは、もううんざりか?」
「何が」
「…俺と付き合うの。…願い下げだって、言ってたな。そう言えば」
 目を伏せたスコールが薄く笑った。
「…スコール?」
「俺、ひどい奴だ。…何にも思い出せないんだ」
 苦しげな声を絞り出し、眉をしかめる。
「スコール。もういい。そんな、気にするな」
 しおれた肩に手を置いて、慌てて言葉を繋ぐが、効果は無かった。
 ひんやりした手のひらが伸びてきて、俺の首を引き寄せる。
「本当に、悪いと思ってる」
 スコールの身体が、さらに白い顔がすっと寄せられて…俺の脈拍が跳ねあがる。
「ごめん、サイファー」
 そうつぶやく声が耳元でして…不思議なものが、そっと頬に触れた。
 やわらかい感触の名残りから、夢のような心地良さが広がる…。
 ぼうっと思考が霞んだ。
 身体を離したスコールは、不安そうに俺を見上げる。
 今の…。
 キスだよな…?
 あのスコールが…俺に、キス…したのか。…マジでか。
 …。
 頭が空っぽになっちまったみたいだ。
 なんなんだ、これ?
 俺…何か騙されてんのか? 確か、俺の方が騙してるはずなのに。
 瞬きを繰り返ししてみるが、目の前に居るのは、間違いなくスコールだ。
 だが、こんな心細げで…無防備なスコールを見るのは、初めてかもしれねぇ。
 何度目かの瞬きの後、俺に触れた唇が目に入ると、考えるより早く、身体が動いた。
 その頬を両手で包んで上向かせ、スコールが驚く気配を無視して、唇を合わせる。
 触れ合った瞬間、クラッと来た。
 半開きのそれを、食むように挟みこみ、感触を味わう。
 やべえ。
 信じらんねーほど気持ちいい…
 慌てて離れようと俺の身体を押し返す、その手を強く捕まえる。

 待てよ、もう少し。

 指を絡め、言葉にならない気持ちを込めて、ぎゅっと握り合わせる。

 もう少しだけ…このまま。

 何か伝わったのか、スコールの抵抗が止んだ。
 恐る恐る薄目を開けると、スコールは瞼を閉じていた。
 閉じた目もとが朱く染まっていて、重なり合った部分を意識しているのが分かる。
 …嫌悪の表情には見えない。
 キスの角度を少し変えると、スコールがわずかに顔を傾けて応えるのに気付いて、もはやどうしようもなく、胸の中に熱い波が打ち寄せた。
 お前…俺に、こんなふうにキスされて、ヤじゃねーのかよ…。
 再び目を閉じると、世界が重なった唇の感覚だけになって、足元がふわふわした。
 ダメだ…いい加減にやめねえと。
 そう思うのに、もっと深く口づけたい誘惑に駆られ、俺は必死で踏みとどまる。
 もう一度押し付けて、やっと唇を離し目を開けると、スコールも瞼を上げるところだった。
 一瞬、視線が間近にぶつかって、息を呑んだ。
 すぐに逃げるように反らされたが、俺はほとんど…呆然としている。
 スコールの睫毛が長いことも、両目が青いことも知っていた。
 だけど、キスの後…あんな目をするなんて知らなかった。
 あと少し見つめていたら、魂を吸われちまいそうな瞳…。
 頭の何処かで、アラートが鳴っている。これ以上は駄目だ…離れろ。
 俺は思考を無理に動かし、俯いているスコールを脅かさねえよう、出来るだけ穏やかな声を出した。
「…悪かった。びっくりさせちまったな」
 スコールの肩に置いていた手を、息を吐いて、ゆっくりと離す。
「…いい。俺の方も、突然だったから…あんたこそ、驚いただろ」
 いいって…お前、怒んねえのか?
 だって、こんなつもりで、俺にキスしたわけじゃなかったんだろ?
 今さらぎゅうと胸の奥が痛んで、俺は自分の立ち位置が分からなくなる。
 何を言ったらいいのか、見当もつかねえ。
「俺…もう寝る。おやすみっ」
 沈黙に耐えられなくなったのか、スコールはくるりと俺に背を向けた。
 自室のドアを抜けるスコールを追って、とっさに身体が動いた。
「スコール、待てよ」
 俺から逃げようとする、その手首を掴む。
 何にも考えていなかった。
 ただ、スコールとの間にドアが閉まるのが嫌だった。
「え…」
 振り返ったスコールのテンパった顔は、「これ以上何をするんだ」と訴えていて…
 それを見て、俺も理性のランプが再度点灯した。
 そーだよな…。
 俺…これ以上、何する気なんだ?
「いや、その……違う。そうじゃねえんだ」
 掴んだ腕を、俺は解放した。
 スコールの張り詰めた緊張が抜けるのを見て、自然と顔が緩んだ。
「キス、ありがとな。…それだけだ。おやすみ」
 自分の気が変わらねえうちに、こっちからボタンを押して、ドアを閉じた。

 自分の寝室に帰ってひとりになると、嫌でも認識が現実に戻って来る…。
 俺はベッドにどさりと尻を落とし、頭を抱えた。
 やっちまった…。
 キスティスにもヘタレにも、チキン野郎にまでクドクド釘を刺されまくってたっつーのに…。
 うう、と俺は呻いて、こめかみを揉んだ。
 …やっぱ、マズかったよな。
 だけど…目を閉じると、俺の頬にキスしたスコールの、心細げな顔が浮かんでくる。
 あのときは本当に…スコールが恋人に見えちまって…。
 …。
 俺はこめかみを揉む手を止め、長いため息をついた。
 分かってるぜ。いつもそうなんだ。…ついつい、役にハマり過ぎんだよな…。
 チキン野郎の言ってた学芸会のときも、あの魔女戦争のときもそうだった。
 魔女に操られてスコールを拷問したときも、ノリ過ぎてムンバどもがひいてたっけ…。
 脱力した俺は、背後のベッドに背中を落として寝転がった。
 しかし…さっきのはスコールも悪いよな。アレはねーだろ。
 俺がスコールにうっかり何かするんじゃねーかってのは、皆やたらと心配していたが…
 まさかスコールの方が…うっかり俺に何かするなんてのは、俺も含め、ひとりとして予想しなかった。
 あんなの、反則だろ…。
 まるっきり、子どもの頃に戻ったみたいな顔して、あいつからキスしてくるなんて。
 そうだ。今だから言うが、子どもの頃のスコールは、はっきり言って可愛かった。
 なんであんなに可愛げ無く育ちやがったと思っていたが、ただ単に、俺に可愛い顔を見せなくなっただけだったんだな…。
 それにしても、俺が恋人、なんて無茶な話を、スコールがここまで素直に信じるとは思わなかった。
 ずいぶん葛藤してる様子だが、健気にも前向きに受け止めようとしているのを見ると、ぶっちゃけ、
「お前、こういうのアリだったのか」とマジで訊きたくなってくる。
 …ネタばらししたら、怒って、また元に戻っちまうんだろうな。
 いや、まあ、戻んなきゃ困るけどよ。
 これじゃ、ホントにホモになっちまう。
 でも、ちょっと勿体ねえ気もするんだよな…。
 ちょっとというか…かなり。
 キスの途中、あいつの閉じた睫毛が震えてるのを見たら…こう、胸にぐっと迫るものがあって…。
 あんなに唇を離すのが惜しいと思ったのは、…考えてみると、初めてかもしんねーな…。
 いやいや、待て俺。冷静になれ。
 これはきっと、いつものアレだ。
 例によって、役に自分を乗っ取られてるに違いねえ。
 こうやって、軽率にムードに乗っかっちまうのが、俺の悪い癖だ。
 いままで一度も男が好きだなんて思ったことねーし。
 ……寝よう。
 反省に一応の結論をみた俺は起き上がり、部屋着を脱いでベッドに入った。
 いつもの時刻に、目覚まし時計をセットする。
 明後日の午後三時になれば、この妙な役回りも終了だ。
 あいつ、驚いて…当然、怒るだろーな。
 騙されて、自分からキスなんかしちまって。
 俺が強引にキスしたことも…きっと、すげー怒るだろーな…。
 まあ、芝居の流れとかなんとか、適当に言い訳すればいっか。
 何もゴーカンしたわけじゃねーし。舌だって入れそうになったけど入れてねーし。
 たかだか唇くっつけただけだもんな。
 ちょっとばかし、不自然に長かったが…やっちまったもんはしょーがねえ。
 それに、これであいつも十分懲りるだろ。
 簡単に記憶を飛ばしたら、えらい目に遭うって身に染みるはずだ。
 ルームライトを消して、俺は枕の上で目を閉じた。
 そうなったら…もう、ああいうスコールは見られねぇんだろうな…。
 思ったよりも疲れていたらしい。
 長いキスを終えて目が合った…あの時間が止まったような一瞬のことを、ぼんやり思い出しながら、俺は眠りに落ちていった。



2013.09.14 / Lovefool : Seifer : 9 / to be continued …