Lovefool : Seifer : 7

 昼メシの途中、ごった返す食堂のカウンターでグラスの水を足していると、後ろから肩を叩かれた。
「サイファー!」
 振り向けばヘタレ野郎が手を挙げて、例の軽薄な笑顔を見せている。
「ああ…お前、戻って来たんだっけな」
「ゆうべ、セフィのチームと一緒にね。撤収に手間取って参っちゃったよ~」
 それよりさぁ、と奴は声を潜め、無駄にデカい図体をあたりの生徒の群れに隠すように、俺を連れてカウンターの隅に移動した。
「ね、例のアレ、始まってるんでしょ~? スコールはどう?」
「おう。ありゃ、かなり信じてるぜ」
 俺が頷くと、ヘタレ野郎はのけ反った。
「えええ~っ!? ホントに~っ!?」
「バカ、声がでけえ」
 周りの奴らの注意が、自然とこっちに集まる。
 辺りを見回し、目が合うごとに「見んなよ」とガンを飛ばすと、そこは現役SeeDと候補生の集団だけあって、全員素早く空気を読み、何事も無かったように視線は散っていった。
 セルフィの裏サイトでの告知が浸透しているなら、周りの連中も事情は把握しているんだろう。
「ゴメン。でも、びっくりだよ~。スコール、信じちゃってるの~?」
「…そんなハズじゃなかったって顔だな、え?」
「え? い、いや~、そうじゃないけどさぁ…」
 ヘタレは一瞬真顔になった後、へらりといつもの顔に戻って、首のあたりを意味なく掻いた。
 …コイツはセルフィのお遊びにはいつもノリ良く付き合ってやってるが、今回についちゃ賛成は上辺だけで、本心では反対だと、俺は気づいていた。
 だからこそ、スコールが一番信じそうもねえ案に乗ったつもりが、アテが外れたって訳だ。
「最初はすっげえ拒絶反応だったぜ」
「…それじゃスコール…本気で悩んじゃってる~?」
 訊くのが恐ろしい…って口調で、それでもアーヴァインは訊いてくる。
「まぁな。仕事しててもメシ食ってても、チラチラこっち見たりしてよ。なかなか可愛いぜ」
 スコールのあの戸惑った様子を思い出すと、自然と頬が緩んだ。
「うわぁ~…。後が怖そ~…」
「違ぇねえな。覚悟しとけよ、一律同罪だからな」
 ヘタレはどんよりと肩を落としてから、カウンターに寄りかかり、俺に恨めし気な視線を投げてきた。
「…ねえ、サイファー。ずいぶん楽しそうだね?」
「…ああ?」
 俺は何故か、その一言にたじろいだ。
 だが、楽しそうだから…何だって言うんだ。
「そうだな、…やってみると、思ったよりは面白いな。セルフィ監督もセンセもノリノリだぜ」
 別に、このゲームを楽しんでいるのは俺だけじゃねえ。
 そうはぐらかしたつもりが、ヘタレ野郎はしつこく追及してくる。
「もしかして、ホントにスコールのこと、好きになっちゃったんじゃな~い?」
「お前なぁ…んなこと、あるわけねーだろが」
 俺は思い切り顔をしかめた。
「ホント~?」
「あのなぁ…、だいたい、お前のほうが危ねぇから、俺がこの役やってんじゃねぇか」
 ヘタレ野郎は不服そうに「そもそも、僕はそこんとこ異論があるんだけど」とぼそぼそ呟いてから、俺に向き直った。
「ねえ、サイファー。いくら可愛くっても、何かしちゃダメだよ~?」
「ったりめーだろ! お前ら、その発想がおかしーんだよ」
 鬱陶しい忠告を一蹴し、俺は「もう戻るぞ」とカウンターの死角から出る。
「…なーんか心配だなぁ。僕、様子見に行っていい~?」
「来るなよ!お前の出番は明日からだろ。余計な事言われるとやりにくくなんだろが」
 なおも疑うヘタレにそう言い渡して、俺はカウンターから離れた。
 ったく。どんだけ信用ねぇんだよ。
 ちっとばかし可愛げあるぐらいで、男に何かするような趣味はねぇっつーの。

 すぐ戻るつもりだったのに、だいぶ待たせちまったな。
 グラスを手に、スコールを残して来たテーブルを振り返ると…額に包帯を巻いたチキン野郎が空席を占拠し、スコールに何事か話しかけている。
 あのヒヨコ頭、いつの間に。
 あいつはヘタレ以上に、この企画には反対で…「今回の事故は自分のせいだから中止してくれ」なんて、セルフィに泣きついてたはずだ。
 …まさか、もうネタばらししちまったんじゃねぇだろうな?
 気配を消して近づくと、チキンは俺に気づかねえまま、深刻なツラで口を開いた。
「なあ…スコール。オマエ…、その…、な、何もされてないよな…?」
「ぐっ」
 俺に背を向けたスコールが、コップの水に噎せた。
 今のチキン野郎に、スコールをからかう余裕は無え。
 100%本気で、指揮官の身を案じてるってことだ…この俺に、何かされてんじゃねぇかって。
「人聞きワリーな! 『何も』って何だ!」
 怒りに任せて上から怒鳴りつけると、チキンが「げ、居たのか」と顔を引きつらせる。
 どいつもコイツも、いったい俺をどういう目で見てやがるんだ!
「何か用かよ、チキン野郎。人の居ねえスキにコソコソ来てちゃっかり座りやがって」
 乱暴に椅子を引き、スコールの向かいに腰を下ろすと、隣のゼルは気まずそうに席ごと後ずさる。
「どーせ俺様の悪口かなんかだろ。テメエが心配するようなことなんかしてねーよ。なあ、スコール?」
「ああ…」
 一応肯定、の内容からして、どうやらネタばらしはされてねえようだ。
 スコールの返事を聞いて、チキン野郎はしぶしぶ席から立ち上がった。
「じゃあ…オレ、行くけど。スコール、何かあったら言えよな?」
「だから『何か』って何だ! お前、メシ食いに来たんだろーが。さっさと行けよ!」
 未練たらしく何回か振り返る背中をようやく見送って、俺は舌打ちした。
「ったく、あの野郎。人をケダモノみてーに言いやがって」
「…」
 スコールは何とも言えねえ顔で目を伏せている。
「待たせて悪かったな。水汲みに行ったら、実習の相談で捕まっちまって」
 遅くなった言い訳を適当にでっち上げると、俺は努めて普通の態度で、ランチの残りを片づけるべくフォークを手に取る。
「…いや」
 スコールもゆっくりとスプーンでスープを掬い始めた。
 会話は無い。
 何にも覚えてねえところへ、あんな大マジで、「正しい記憶のある奴」から「何かされてないか」なんて心配されりゃ…そりゃ、不安にもなるだろう。
 チキンの奴、せっかく少しは警戒レベルが下がったところだったってのに、デタラメ吹き込みやがって。
 俺はこれでも、恋人は丁重に扱う主義なんだぜ。
 だが、周りからはそう見えねえってことだ。
 つまり…おそらく、スコールからもそう見えねぇってことだろうな。
 考えながら機械的に手を動かしていると、いつの間にか皿の上は片づいていた。
 グラスの水を一口飲み、顔を上げると、スコールも無言でスプーンを置いた。
 スコールのスープ皿は空になっていたが、ちぎったパンが一口分、皿の上に残っている。
「お前、それ、残すのか?」
「…ああ。ちょっと無理だった」
 スコールは少し困ったように、パンのかけらに視線を落とした。
 孤児院でもガーデンの年少クラスでも、「食べ物は残すな」と躾けられ、俺やチキン野郎は平気だったが、食の細いスコールはよく、こんなふうに暗い顔してたっけな。
 今となっちゃ、食べ残したところで誰に叱られることもねえが、刷り込みで気が咎めるんだろう。
「そうか。ま、お前にしちゃ頑張ったほうじゃねーの」
 そう言って俺は手を伸ばし、残ったパンを口に放り込む。
 スコールは手品でも見るような目で俺を見て、ぱちぱちと瞬きし…それから俯いて、アリガトウ、と小さな声で言った。



2013.08.18 / Lovefool : Seifer : 7 / to be continued …