Lovefool : Seifer : 5

 翌日の朝。
 いつもの起床時刻になっても、スコールはリビングに現れなかった。
 昨日のショックで寝込んでんのか、俺が新聞に目を通し、トーストとコーヒーで朝食を済ませてしまっても、奴の個室のドアは開く気配が無い。
 恋人らしく朝の挨拶に行ってやってもいいが、昨夜、思い悩んでなかなか寝付けずにまだ眠ってるんなら、起こしちまうのも可哀想な気がした。
 …もしかすると、俺が出掛けるのを待ってるのかもしんねーな。
 とりあえず先に行って、仕事の準備だけしておくか。
 それでもスコールが執務室に顔を見せねえようなら、様子を見に戻って来ればいい。
「出かける。置いてある食いモンはどれでも食っていい。夕方には戻る」
 スコール宛てにメモして、いったんはペンを置いたが、色気が足りねえ気がして、「浮気すんなよ!」と書き加えた。
 自分の書いた文字を眺めながら、あいつ、どんな顔すっかな…なんて、何故か顔がニヤけた。
 そうだ。これは言ってみりゃ、祭りみてぇなモンだ。
 せいぜい、俺も楽しむことにするぜ。
 スコールのカードキーで追伸を隠し、俺は部屋を出た。

 * * * * *

 無人の委員会室に着いて、窓を開けて空気を入れ替え、自分のPCを立ち上げていると、携帯にセルフィから着信があった。
「おっはよ~! ねえねえねえねえ、そっちはどう~!?」
「…お前、朝っぱらからテンション高えなぁ」
 経緯を簡単に報告すると、カントクは「スゴ~イ!順調だね~!」と大喜びだ。
「…そういう状況だ。多分、午前中には仕事に来ると思うぜ」
 俺は通話しながら書庫を開け、スコールに読ませる資料を選んで抜き出していく。
「了解でっす。ただね~、ゼルから、やっぱり中止に出来ないかって言われちゃったんだけど~…」
 抱きかかえた書類をスコールの机に積みあげ、俺は耳からずれた電話を持ち直した。
「…今さらかぁ?」
 チキン野郎が、そんなことを言い出すのも、話としちゃあ分かる。
 あいつはもともと、この企画には反対の立場だった。
 しかも、自分のチームを救出するためにスコールに無理させたって自覚から、今回の事故に責任を感じるんだろう。
 だが、結局、スコールの事故ってのは、毎回誰かしらのミスや不運を埋め合わせる形で引き起こされるんだし…。
「だよね~! もう裏サイトで告知しちゃったもん。ゴーオンでイイよね?」
「ああ?…お前、告知の話、マジだったのかよ…」
 企画中に、スコールが一般生徒に対し、俺との仲について尋ねると困る、とセルフィはガーデンの裏サイトで口裏を合わせるよう呼びかけるアイデアを出していたが、ガーデン中を巻き込む構想には、他のメンバーから異論があったはずだ。
「だって~、こーゆー事情知らないで、復帰したはんちょがあんまりゲッソリしてたら、皆心配するし~」
 …ゲッソリかよ。
 ほかにもうちょっとマシな言いようがあるだろ、と思ったが、それは飲み込んだ。
「…他の生徒も、事情が分かったら分かったで要らん心配すんじゃねーのか?」
「あはは、そうかも~! 後であたしも顔出すね~。んじゃ、もとはんちょ、頑張ってね~!!」
 朗らかな声援で、通話は切れた。…この逞しさには感服するぜ。
 んじゃ、仰せのとおり、頑張るとするか。
 俺はスコールの未決書類が入っている引き出しのロックを開け、代理で目を通し始めた。

 * * * * *

 三つめの起案に取り掛かったところで、スライドドアが開いた。
「おう」
 声を掛けてやると、ドアを開けたスコールは俺を見つめて固まった後…無言でくるりと背を向けた。
 …なんだそりゃ。
 俺は席を立ち、ダッシュして閉まるスライドドアを開けた。
 逃げようとする、ブルーグレイのシャツの襟を掴むと、ぎくりとスコールの肩が強張った。
「こらテメエ。今のは無えだろうが。ああ?」
 健気な部下が朝っぱらから、上司のフォローをしてやってんのに、シカトはねえだろ。
「いや…その…気のせいかと思って」
 見え見えの嘘に、頭を一発はたいてやった。
「あんなばっちり目が合っといて、気のせいなわけあるか」
「…」
 スコールは「業務は気になるが、あんたと二人はちょっと…」と言う苦しげな顔で俯いている。
 …こりゃ、そうとう参ってるな。
「机の上、優先順に積んどいたぜ。ほら、早く入れ」
 背中を押して、部屋へ招き入れた。
 デスクの前に立ったスコールは、積み上がったファイルのタイトルに視線を走らせ、「どうして」と呟く。
「お前が来るのは判ってたからな」
 スコールは顔を上げ、不思議そうに俺を見た。
「簡単な事だ。…いつもそうだからよ」
 お前は覚えちゃいねーんだろうがな。
「記憶をなくしたお前に休みをくれてやっても、まっすぐここにきて、資料を見たがるんだ」
 そう言われて、にわかに数字が気になったらしく、PCの電源を投入するスコールに、パスワードを教えてやる。
 事故が起きる度に変えているパスの末尾のナンバーは、今回はまだ変更していないことを踏まえて数えると一回多い数字になっていたが、スコールは深くは考えなかったようだ。
「あんたも…今日は仕事か?」
 PCの起動を待つスコールは、俺の手元にちらりと視線を投げた。
「まあな。今は一応、お前付きの補佐だから」
「…そうなのか」
 スコールは一瞬考えてから、驚きをもって俺を見た。
「ああ。半年くらい前から、センセと二人で担当するようになった」
 前回よりはマシな反応だ。
 2ヶ月前のときは、「あんたが補佐官?」と露骨に不信感まるだしだった。
 そもそも、自分の方から「補佐官になってくれないか」なんて、改まって申し込んで来たクセによ。
「お前もセンセも、ずーっと事務漬けじゃ腐っちまうから。三人で実務を回すようになってやっと、外の空気も吸えるようになったって…」
 あれは、補佐官になってしばらく経った頃、前回の事故よりも、少し前の夜のことだ。
 残業してたら、出張から戻って来たスコールが顔を見せ、珍しく俺の分のコーヒーを淹れてくれて。
(…あんたが戻って来てくれて、良かった)
 ふたりきりの静かな部屋で、まるで独り言のように、ぽつりとスコールは言った。
 それまでいつだって俺は、他の奴らが俺をどう評価しようが、気にしちゃいねえつもりだった。
 俺って人間の値打ちは、俺が自分で分かってんだからいいんだって思ってた。
 だが、その一言は、思いのほか俺の胸に残った。
「…」
 だが、そんな説明したってしょうがねえ。
 斜め前のデスクに着いたスコールは、白紙に戻った顔で、俺の話の続きを待っている。
 未来のお前はもしかしたら、ここで交わしたこの会話だって、忘れっちまうんだ。
「…言ってた」とだけ言うと、やや間があって、スコールが頼りなげな声で「…俺が」と受けた。
「お前が」
 簡潔に答え、俺は意識を仕事に戻す。
 次のページに移ったところで、スコールが「済まない」と俺に詫びた。
「…全くだ。お前、ちっとは反省しろよ」
 俺は内心の不満に任せて、高飛車に文句を垂れた。
 本当は…俺にだって分かってる。
 どうでもいい些細な出来事を、スコールに覚えていてもらいたいってのは…こっちのワガママだ。
 だが…ワガママだって、間違ってたって、そう思っちまうモンはしょーがねーだろ。
 俺はそれきり、黙って作業を続けた。
 しばらくして、そっとスコールの様子を盗み見る。
 何をどうしたら、あの頭の中で「どうでもいいこと」じゃなく、「大事なこと」に分類されるんだろうな。
 …こんな「恋人のフリ」なんか、嘘だとバレたら速攻「どうでもいいこと」箱に直行だろーしよ。
 もしかして、お前に殺されたり、婚約者のキスティスを蹴っ飛ばしたりしたほうが手っ取り早かったか?
 スコールは密かに苦笑する俺の視線に気付かず、神妙な顔で手にしたファイルをめくっている。



2013.08.04 / Lovefool : Seifer : 5 / to be continued …