今度スコールが記憶をすっ飛ばすようなことがあったら、皆で脅かしてやろう。
初めは他愛も無い冗談だった話は、にわかに具体性を帯びて、水面下で密かに進行していった。
俺からのセルフィ監督へのアドバイスは次の2点。
スコールを騙すなら、大事なのは、まず、物的証拠だ。
それもこっちから突きつけるんじゃなくて、あいつが自分で見つけるように設置する。
もうひとつは、あいつを素早く加害者にしちまうこと。
(もしかしたら、俺が悪いのかも…)
そう思わせちまえば、こっちのもの。
いったん思い込めば、少々辻褄が合わなくても、スコールのほうで勝手に理屈をつけてくれるはずだ。
後は、ヤツの判断力が鈍る程度のインパクトが必要だが、そこはセルフィが悪魔的な才能を発揮し、路上でキス云々の大胆な設定を考え出した。
切羽詰ったスコールがガーデン外に逃げ出すのを防ぐ効果もあって、一石二鳥だ。
この話が嘘だとスコールにバレたら、そこで企画は終了。
万一バレなかった場合は、3日後の午後3時にネタばらししてお開きにすることも決めた。
「…なんで3日後の午後3時なんだ?」
企画書を見たチキン野郎が首を捻ると、セルフィは明快に答えた。
「実はね~、あたし~、今年のラッキーナンバーが3なんだって!」
そんな理由で、記憶喪失も本当は4回目だが、3回目という設定になった。
一回減らして伝えておけば、バラしたときのスコールの怒りが、多少は目減りするんでないかという、セコイ計算もあるらしい。
スコールに吹き込む嘘のエピソードは、セルフィとキスティスがふたり掛かりでガーデン裏サイトの妄想コーナーから適当なネタをセレクトし、時系列が合うよう編集したのだが、これが酷かった。
チキン野郎は読みながら何度も「無理だー! もう読めねー!」と叫び悶えていたし、俺も「なんじゃこりゃ」と何度も企画書を放り投げそうになった。
何しろいちいち詳細でビビる。
そういう根も葉もない妄想が、周りに居る平凡そうな女子の頭の中で常日頃から繰り広げられてるっつーのが衝撃だった……。
マジで引くぜ。何考えてんだお前ら。
しかし、やると言った以上やってやる、と意地になって読み返すうちに、恐ろしいことに、だんだん俺も設定に馴染んでいった。
あんまり当たり前過ぎて、意識する機会も無かったが、スコールは綺麗なツラをしてやがる。
見栄っ張りでクソ生意気な性格も、実は嫌いじゃねえし。
それに、スポンサーの指示にぶつぶつ文句を垂れたり、ガンブレードを磨いたり、コーヒーを飲んだりするスコールの姿を、また違った目で眺めているうちに、いろいろと新しい発見もあった。
俺の前で、ずいぶん本音で愚痴るようになったこととか。
ガンブレをケースにしまうとき、必ずあの銀色のアクセサリを少しの間愛おしそうに見つめることとか。
俺がコーヒーの豆を変えるとすぐに気付き、こっそりフリーザーにパッケージを確認しに行くこととか。
そんな小さな仕草の一つ一つが、何となく目に付くようになった。
ガキの頃のスコールは可愛かったが、見る影もねーな、と思っていたのに…恋人役の心構えを持ってみると、今のスコールも、それなりに可愛げなくもねえっつーか…
つまりのところ、少し見方を変えただけで、意外とすんなり役に入れるような気がしてきた。
あとは、スコールが記憶を失くすのを待つばかり。
そんなふうに準備を進めていたものの、セルフィ以外のメンバーは、まだ半分冗談の気分だった。
むしろ、その「準備」自体を一種のお遊びとして面白がっていた。
部下全員で上司に対する秘密を共有する、というのは思った以上に楽しい体験で、キスティスのストレスはずいぶん軽減されたようだ。
そんなつもりねえのに、俺もスコールに対する態度が、それまでとは違うらしい。
ついつい過保護になっちまって、陰でセルフィに「なーんか、もうコイビト入っちゃってない~?」なんて冷やかされたり、当のスコールに少々怪訝な顔をされたりした。
だが、スコールは不思議そうではあっても、決して嫌そうじゃ無かった。
部屋でも執務室でも一緒に過ごすうちに、スコールとの距離はいつになく急速に縮まっていった。
(もしかすっと、俺は魔女の騎士や革命家より、俳優の方が向いてたのかもしんねーな…)
スコールは、こっちがそんなことを考えているとも知らず、俺が差し出したコーヒーカップを戸惑いながらも受け取り、俺が手のひらを突き出せば、手元の書類をいくつか載せてくるようになった。
* * * * *
「サイファー、…たまには、その、…外で昼メシでも食わないか?」
記憶を失ってから2か月ほど経ったある晩、リビングで突然そんなことを言われて驚いた。
スコールが、俺を何処かに誘うなんて…しかも、プライベートで。
戦争前なら、到底考えらんねえ展開だ。
「どーしたんだ、お前」
「どーしたって…。嫌ならいい」
思わず素で尋ねると、スコールはぱっと顔を曇らせ、すぐに提案を引っ込めようとする。
俺は慌てて、話を引っ張り戻した。
「嫌だなんて言ってねえだろ。いいぜ、どっか行きてえとこでもあんのか?」
二人で出掛けることが、いかにも自然な流れに聞こえるよう、出来るだけ何気ない調子を装って尋ねてやると、スコールはためらいながら、話を続けた。
「…ドールに新しい店が出来たって、キスティスが言ってたから」
「ああ…」
キスティスがシュウと行って来たとか休憩時間に話してた、カジュアルフレンチの店か。
「いいじゃねえか、行こうぜ。俺も話聞いたとき、良さそうな店だなって思ったんだ」
俺の返事に、スコールの表情が和らいだ。
「…そうか?」
俺がバラムから出るには、監視官か副監視官が同行する必要がある。
「ドールだから無理かって思ったけど、お前も行きてーなら、ちょうどいい」
「…そうか」
スコールは、ほっとしたように頷いた。
「久々だし、ジャンク屋にも寄りてえな」
次にオフが重なってる日に、とスコールの気が変わんねえうちに、日を特定した。
「そうだな。じゃ、来週の日曜日に。…おやすみ」
そう言って、奴は自分の部屋の扉を閉めた。
…。
男ふたりでフレンチか。
リビングのソファに残った俺は、思わずひとりで笑っちまった。
これじゃ…マジでデートだよな。
あいつのほうはそんなこと、まるで思っちゃいねえだろうけどよ。
他愛もないニュースを報じているTVをリモコンで消すと、リビングに静寂が戻ってくる。
なんとなく壁のカレンダーに目をやって、来週の日曜日の数字を眺めた。
…スコールは、変わったと思う。
それに…確かに俺も変わった。
これまで、スコールの記憶喪失についちゃ、キスティスの気に病み過ぎだと思っていた。
(あの子は自分の人生の時間を、消耗品か何かみたいに考えてるのよ)
そんなふうにキスティスが愚痴るのを聞いても、一から説明してやんなきゃなんねーのはメンドクセエが、そこまで深刻ぶることねえだろう、とどこか冷めた考えだった。
だが、今回は少し違う。
同室の俺が口うるさくなったせいか、スコールは前回よりもきちんと自己管理するようになって、皆、それをすげえ喜んでいた。
そうなると、執務室の雰囲気はますます良くなり、業務も円滑に回るようになった。
スコールは一日ごとに、俺たちに信頼を寄せ、リノアが居なくても、ときには笑顔を見せたりした。
「せっかく役作りしたのに、無駄になりそうで残念ね?」とキスティスもご機嫌だった。
俺も…スコールとの新しい付き合い方を、内心で気に入り始めていた。
部屋で俺がテーブルに着いていても、これまでスコールはなかなか正面の席に座らなかったが、今は時間が合えば自然に一緒に食事を取るし、興味のある番組がかぶっていれば、ソファに並んでテレビに向き合い、その合間に軽口を叩きあったりする仲になった。
このまま、事故が起こらねえといいんだがな、と漠然と思うのと同時に、俺は、何となく…もうスコールは事故らねえんじゃねーかって、勝手に期待していた。
今度の記憶は…今までとは違って、そう簡単に消し飛んだりしねえ気がしたんだ。
ところが…その日は、突然やってきた。
ランチの約束をした週の水曜日、比較的大きな作戦があって、夜通し指揮した翌朝。
チキン野郎のチームがトラビアの雪山でロストした、という情報が入ったらしい。
タイミング悪く、俺はヘタレ野郎やセルフィと一緒に、その前夜の作戦に参加していて不在だった。
ガーデンに残っていたセンセは、もちろん必死で止めた。
だが、スコールは指揮官権限を振りかざして周囲を黙らせ、自ら現場へ発った。
大がかりなチームは組まず、土地勘のある人間を数人連れただけだった。
その時点のB.G.には、余力の残った兵隊が足りず、スコールはそれが最善と判断したのだろう。
モンスターに囲まれ、怪我人ばかりになって身動きとれなくなっていたパーティを見つけ出し、スコールは全員を無事に退避させた。
結果だけ見りゃ立派なモンだ。
ただひとつ、ヘリに乗り込むなり、ぶっ倒れたことを除けば。
* * * * *
意識不明で搬送されてきたスコールは、部屋で半日眠っていた。
他の負傷者が多すぎるうえに、寝かせとくと野次馬が寄って来て邪魔、という理由で、特に重大な怪我の無い指揮官は、保健室からあぶれて居室に運ばれてきたのだ。
「サイファー、様子みてやって。今日、休みだろ?」
「何で俺が」
ストレッチャーから意識のないスコールをベッドに移すのを手伝いながら、カドワキの雑な命令に、俺は一応逆らってみせた。
「スコールはあんたの監視官じゃないか」
「その理屈はおかしいだろ」
「ハイハイ、ともかく頼んだよ、サイファー」
カドワキはまったく取り合わず、スコールの手足にあった軽い凍傷を治療すると、慌ただしく保健室へ戻って行った。
「みてやってくれ」と言われても、スコールは眠ってるだけだ。
徹夜明けでトラビアに乗り込んで、雪山を踏破しやがったんだから、当然っちゃ当然だ。
ぶっ倒れた後、診察のときに脱がされたのか、Tシャツと下着の上から毛布を巻き付けた状態になっているのを見て、いつものネイビーのネルのパジャマを着せた。
どこの物とも知れねえ毛布をベッドから出して、スコールのブランケットと上掛けをかけてやる。
…これじゃ、ホントに恋人みてえだな。
苦笑しつつ、キッチンからスツールを持ってきてベッドサイドに置いた。
そうして、時折奴の様子を見ながら、本や雑誌を眺めて過ごしていると、午後になってスコールが目を開けた。
「お、気がついたか?」
声を掛けると、枕の上からぼーっとした顔で見上げてくる。
…寝惚けてやがるな。
「…サイファー」
ようやく、俺だと分かったらしい。
「急に起き上がるなよ。もう少し、横になってろ」
「ああ…」
ぼやけた返事。
少し陽を入れた方がいいか、と俺は立ちあがって、窓のブラインドを調節した。
「外傷のある連中入れたら、保健室がいっぱいでよ。あとでカドワキが診に来てくれる」
「俺…なんで?」
スコールはまだ目が覚めきらねえのか、状況が飲み込めないようだ。
「なんでって…お前が倒れたからだろ。チキン野郎が心配してたぜ?」
ブラインドの羽根を少し絞りながら何気なくそう答えると、さらに質問が返ってくる。
「俺…ゼルと一緒だったのか」
「ああ? 一緒も何も…」
俺はベッドのスコールを見遣った。
「お前があいつのチームを救出しに行ったんだろが。…はるばるトラビアくんだりまで」
状況報告しろって通信しても、「寒い」しか言わねえほど参ってたクセに。
「救出って、…俺が?」
…「俺が」?
まさか。
イヤぁな予感が、もやもやと胸に湧きあがってくる。
「オマエ…まさか、またかよ」
軽く睨んでも、スコールはピンとこないようで、ぼんやりしている。
「3度記憶を失くした」って記憶があれば、「そうじゃない」ってリアクションがあっていい場面だ。
俺はベッドサイドに立って、横たわるスコールの顔を上から覗き込んだ。
「なあ、スコール。一番最近の記憶ってどんなだ?」
「一番最近って…?」
「昨日とか一昨日とか。…何してたか覚えてねーのか?」
「昨日…?」
スコールは素直に記憶を手繰る様子を見せるが、すぐに目を閉じて眉をしかめる。
…返事がない。
…駄目だな、こりゃ。
前回とまったく同じだ…。
「悪いが…後にしてくれ。まだ、ぼうっとしていて…」
二度あることは三度あって、三度あることは四度ある。
舌打ちして、「とにかく、G.F.を外せ」と指示すると、スコールは半分寝惚けたようなツラでジャンクションを解除した。
「点滴が要るな」
カドワキに電話だ。
俺は大股にベッドサイドから離れて、ライティングデスクに置いた自分のケータイを取り上げ、保健室の内線番号を押す。
「まったくしょうがねえな、お前は。また脳味噌の限界まで使い切りやがってよ、センセが怒るのも無理ねえぜ。大体、お前は自分の記憶ってモンをどう…」
なかなか出ねえカドワキを待って愚痴りながら振り返ると、スコールは、もう眠っていた。
「…しょうがねえな」
まさか、ホントにまた記憶を飛ばすとはな…。
しばらくコールを続けるとカドワキが出て、俺は手短に事情を説明し、電話を切った。
眠るスコールの長い睫毛を眺めて、俺はため息をつく。
この2カ月間の何もかもが消えて、スコールはまた、あの魔女と別れたところに戻っちまったんだろう。
ほとんど冗談のつもりだった企画だが…あのセルフィのことだ、絶対実行する気に違いねえ。
何にも知らないスコールは、無防備に唇を半開きにして、微かな寝息を立てている。
「呑気な顔して寝やがって。…起きたら俺が恋人だぜ?」
2013.07.13 / Lovefool : Seifer : 2 / to be continued …
Q:あのー、カジュアルフレンチとか書いちゃってますけど、FF8世界にフランスあるんですか?
A:細かいことを気にしないでください。
すみません…。どーしてもフレンチにしたかったんだもん。いや、きっとフランスありますよ! わたしの勘ではガルバディアの北西あたりで、そのうち独立すると思う(真顔)。