ハッシャバイ(サイファー * 1)

 昼のスコールは全く立派だとしか言いようがない。
 あの始終押し黙っていたひ弱げなガキが、ガーデン中の尊敬と憧れを集める指揮官に化けるとは、昔の俺に教えてやったとしても、おそらく信じやしないだろう。
 エルオーネの後ろに隠れるようにして石の家にやってきたスコールは、ふらふらと首が細く、薄蒼い目ばかりが大きくて、ぎゃあぎゃあ騒ぎ転げて暮らしていた俺達とは違う生き物のようだった。
 まるで拾われた宇宙人みたいな奴だな。そう思った。

 それが今やあれだ。
 SeeDの誰かと並んで、ガーデンの噴水脇を大股に歩くスコールを、二階の廊下から見下ろす。SeeDのほうはクリップボードを見ながら何か説明していて、あいつは頷きながらそれを聞いている。
 こうして上から眺めると、居合わせた生徒の首が、通り過ぎるスコールを追って動くのが良く分かる。後ろ姿をいつまでも見ている間抜けな頭がいくつもある。
 頭脳明晰、容姿端麗。そのまんまの男になりやがった。
 おまけに世界最強とくる。
 何かしら気配を感じたのか、スコールがふいとこちらを見上げたが、軽く顔をしかめただけで、すぐに背を向けてすたすたと遠ざかって行った。

 任務で一度だけ、直接の指揮下に入ったが、非の打ち所のない采配ぶりだった。不確定要素の多い現場で、タイミングよく状況を読み、的確な指示をよこしてくる。
 部下の精神状態にも気を配り、緊張でパニックを起こしかけていた新人を軽く励ましてやりさえした。スコールがちらっと微笑むだけで、ルーキーには奇跡に等しい天の恵みに感じるらしく、そいつはみるみるうちに自信を回復させていた。
 たいしたもんだ。
 ついこの間まで、二言目には「別に」だったのによ。
 例の魔女戦争に繋がるごたごたのなかで、否応なしに生々しい人間関係に巻き込まれた結果、スコールは徐々にソフトな外ヅラというものを獲得したらしい。
 どんどん進化している。
 あいつの本質は、周りにはどんどん分からなくなる。
 それでも俺は、あの卒のない指揮官の殻の中に、本当のスコールが隠れているのを知っている。
 俺の知っているあいつは、あんな自信に満ちた男じゃない。
 内気で、はにかみやで、怖がりな子どものようなスコールだ。

 夜の居室では流石に気が緩むのか、指揮官のマスクが外れて、素のスコールに戻ることがある。特に風呂から出た後は、ぼーっと気の抜けた顔を見せることも多く、昼間の奴とは別人のようだ。
 ある晩、ソファに掛けているスコールが、妙にそわそわしていることに気づいた。どこか上の空で、雑誌の同じページを何度も開けたり、戻したりしている。
 そのときは何だかわからなかったが、三日ほど経って、また同じように落ちつかない様子を見て、はたと気付いた。
 俺はいつのまにか鼻歌を歌っていたらしい。あのエルオーネの甘ったるい子守歌を。
 スコールはあれを思い出したのか? …いや、多分忘れたままなんだろう。
 それを証拠に、スコールはそわそわしながらも、「?」という顔をしている。その顔を盗み見ると、俺は無性に苛々して、胸倉のひとつも掴んで締めあげたくなった。この野郎。なんでもかんでも端から忘れやがって。

* * * * *

 セントラの石の家で、夜、スコールはよくうなされていた。
 とことん損な性分らしく、見る夢は悪夢ばかりのようだった。
 同じベッドをあてがわれた俺は、しきりと寝返りを打つスコールに蹴られたり、肘鉄を食らわされたりして、しばしば夜中に目を覚ましたものだ。
 閉口した俺があるとき、ふと思いついて耳元であの歌を歌ってやると、苦しげだった寝顔が、嘘のように和らいで、呼吸が安らかになった。
 無心な顔で眠るスコールを眺めて、幼い俺は幼いなりにも何かガラにもない気持ちになって、歌いながら、エルがしていたように、細い髪の毛を撫でてやった。
 すると、眠っているスコールが笑ったのだ。
 エルオーネが居なくなってから、初めて見たスコールの笑顔だった。

 それから俺は、夜中にスコールに起こされる度に、あの歌を歌ってやるようになった。
 眠っているスコールが、ふんわりと笑顔になると、俺も歌をやめて寝直す。
 そんなことを続けていると、やがて、スコールがちっとも笑わない夜がやって来た。
 あいつは目を閉じてはいるが、不安そうな顔のまま、心細げに毛布の端を握りしめている。
 指が震えているのに気づいた。
 こいつ、起きちまったのか。
 知られたくなかったが、仕方ない。こうしているうちに、眠るかもしれねえし、と俺は開き直って歌を続けた。
 思った通り、髪を撫ぜてやっているうちに、スコールは本物の寝息を立てはじめた。
 それからも時折、スコールが目覚めてしまうことがあったが、あいつは決して目を開けなかった。黙ってじっと寝たふりをしていて、そのうち本当に眠ってしまうのだった。

 他の子どもたちがひとり、またひとりと居なくなっても、とうとう引き取り先の決まらなかった俺は、5つでバラムガーデンに入学した。
 ガーデンの教育方針は、石の家のそれのように牧歌的なものではなかった。反抗的な俺はたちまち問題児のレッテルを貼られ、一年遅れてスコールが入学してきた時には、既に周囲は敵だらけだった。
 俺は昼間、人目のあるところでは、スコールなど目に入らないように振る舞った。
 理由は上手く説明できない。
 その頃の俺は、自分がスコールを気にしていることを、誰にも知られたくなかった。俺に向けられる敵意が、そのままあいつに向けられるのを案じたのかもしれないし、あいつを前にして感じる気持ちが、あまりにも自分らしくなかったからかもしれない。
 年少組の寮では、何回か同室になった。
 部屋でもあまり話はしなかった。何しろあいつは無口な奴なのだ。それでも二段ベッドの下段で、あいつがうなされている気配を感じると、俺は梯子を下りて行って、あの歌を歌った。
 その習慣が終わりになったのは、俺が11歳、あいつが10歳の夜のことだ。



2011.11.30 / hash a bye / Seifer * 1 / to be continued …