「スー。起きてていいのか?」
病室のドアを開けて入って来たサイファーは、ベッドに腰掛けたオレを見て、意外そうな声を上げた。
まだ式典用の白い軍服で、ハイペリオンを腰に帯びたままだ。
「ああ。あんな真っ先に運んでもらったのに、何とも無いみたいなんだ。…ママは?」
「心配いらねーよ。良く寝てる」
病院の人から、この部屋から出るなって厳しく言い渡されてしまって、ママの様子を見に行けなかったオレは、サイファーの返事を聞いてほっと息をついた。
さっきまでトゥリープ先生が居て、「ママにはサイファーが付いてるから大丈夫よ」って言ってくれたけれど、オレはやっぱり心配で、落ち着かない気分のままベッドから立ちあがってうろうろしたり、座ってみたりを繰り返してるところだったんだ。
「ママの怪我は?」
「最初のかすり傷だけだ。あんだけ魔力使った後で、継承までやっちまったから、疲れてんだろ」
「…サイファー、あんたは?」
ためらいながら訊くと、やっぱり思い切り不機嫌な顔で睨まれた。
「スー。お前なぁ…俺はプロだぞ。もうちっと信用しろっつの」
「……わかってる。怒ってるよな、余計なことして」
オレみたいなガキの出る幕じゃ無いって分かってたのに、つい…じっとしていられなくて。
ガンブレードのケースを開けるだけの理性も吹き飛んで、そのまま、目の前の男を殴り倒していた。
「まったくだ。反省してるか?」
「…ああ。オレが悪かった」
「いやに素直だな。せっかく説教しようと思ってたのに、そう先に言われると言いにくいじゃねーか」
「じゃ、作戦成功だな」
「スー、テメエ、ホントに反省してんだろーな?」
そこまでは普段通りだった。
けれど自然と、ふたりとも黙り込んでしまった。
アルティミシアからイデアを介して、ママへ受け継がれた魔女の力。
それが今は…オレの中にある。
ママはずっと魔女として暮らしてきた。
バラムから保護と監視を受け、ガルバディアにも、エスタにも永住許可が下りない身分だった。
それは、母方の祖父も、父方の祖父も、それぞれ権力が大き過ぎて、どっちかにべったりで暮らすことを反対側の外野の人間が恐れたからだ。
ママがそうである以上、ママの騎士になったサイファーにも自由は無かった。
それが、今日終わった。
うちの隣の、あの古いマンションに住み続ける理由もない。
親父との約束を果たして、もう、サイファーは自由なんだ。
そう思うと、オレは…自分がいかに、サイファーが側に居てくれることに慣れていたかを思い知った。
オレの奥深くに沈んだ「魔女」が、ゆらゆらと揺れているのを感じる。
オレは…どうすればいいんだろう。
もうSeeDにはなれない。
トゥリープ先生は何も言わなかったけど、わかっている。
魔女が傭兵になんか、なれるわけがない。
政府はバラム軍の式典を延期にして、たぶん今頃、オレをどうするのか話し合ってる。
長い沈黙の後で、ベッドサイドに立ったまま、サイファーが口を開いた。
「なあ、スー。俺は今…ずっと昔、俺がまだ子どもだった頃に見た夢のこと、思い出してたんだ」
オレは先を促した。
「…どんな?」
「ヘンな夢だった。大人になった俺が白いコートみたいな服を着て、大袈裟なオートマティックのガンブレードを腰に差してる。その夢ではスコールが女で、スカートの、どこかの制服みたいな服を着ていて、俺はその足元にひざまずいてる」
オレははっとして、けれど、その予感を信じるのが怖くて、ぎゅっとシーツの上に置いた拳を握った。
「俺はその手を取って、手の甲にキスして誓うんだ。『命に掛けても、一生、お前を守る』って」
どきり、と心臓が高鳴る。
「その夢じゃ、スコールはすげえ美少女で、俺のほうはなんだか知らねえがオッサンで、起きてから、訳分かんねえなって思った。その頃からもう、俺は魔女の騎士に憧れてて、スコールが好きだった。最高にいい気分だったのに、すぐに目が覚めちまって、がっかりした。…夢は何でもありでいいよなって思ったぜ」
オレは恐る恐る目線を上げた。サイファーの懐かしそうな目と、視線がぶつかる。
「ずっと、スコールだと思ってた……あれは、お前だったんだな」
オレは今…本当に心細いんだ。
あの明るくて、強いママでさえ、魔女であることは時に重荷だった。
オレに耐えられるだろうか。だけど、耐えなきゃいけない。
せっかくママが守り抜いたものを、オレが壊すわけにはいかない。
こんなオレの側に、サイファーが居てくれたら…、もちろん、嬉しいに決まってる。
だけど、本当にサイファーを、オレの騎士にしてしまっていいんだろうか。
「サイファー。オレが…スコールの娘だっていうだけで、あんたはいつも良くしてくれる」
オレは再び目を伏せて、勇気を振り絞り、言うべきことを口にした。
「でも、オレは…、結局、スコールじゃない」
そんなことは、サイファーの方が良く分かっているかもしれない。
だけど、オレは怖いんだ。この選択を、あんたが後悔しないのか。
「スー」
サイファーがオレの名前を呼んで、ベッドに腰掛けたオレに一歩近づいた。
「そこから始まってることは、否定しねえよ」
サイファーは静かにそう言って、シーツの上に置かれたオレの右手を、手を伸ばしてそっと取り、ゆっくり持ち上げた。
「お前のこの手のなかには、スコールから受け継いだ血が流れてる。…それは確かに、俺には…すげえ嬉しいことなんだ」
サイファーは愛おしそうに、オレの手の甲を、親指で撫でた。
「だが、本当にそれだけだって思うか?」
その言葉は柔らかく、けれど直接、胸の中に響いてくる。
「なあ、スー。俺がお前を守りたいのは、お前自身とは関係ないことだと思うか?」
オレは、サイファーが側にいてくれた、これまでの日々のことを思った。
楽しい思い出も、悲しい思い出もある。毎年、オレの誕生日を祝ってくれた。ヘンなプレゼントの年もあったけれど、オレはいつも嬉しかった。
心ない人たちからの嫌がらせがあった日、夜になってママが泣き出してしまって、子どものオレが隣のマンションの部屋までサイファーを呼びに行ったこともあった。サイファーは泣いているママだけじゃなく、平気なフリをしていたオレのことも抱きしめてくれた。
ガンブレードの手入れのやり方も、ケンカで勝つコツも、オムレツの作り方さえも、オレはサイファーに教えてもらった。
気の遠くなるほどの長い時間を…サイファーは、オレと過ごしてくれたんだ。
オレがサイファーに右手を預けたまま、ベッドから立ち上がると、サイファーはちょっと笑ってから、あの映画みたいに、恭しくオレの足元にひざまずいた。
「サイファー、やめてくれ、そんな」
「…スー。俺は、お前の騎士になりたい」
…サイファーが、オレを見上げてくる。
確かな意志を感じるその目の優しさに、オレは溺れそうになる。
「…あんたは、」
「ん?」
「一生、オレのお守りでいいのか。やっとママの騎士から解放されて…今からだって、別の道を選べる」
「他の奴になんか、お前を任せられっかよ」
声の震えるオレの問いを、サイファーは一言で片づける。
「分かんねーか? …俺がお前を、どんなに大事に思っているか」
駄目だ。…どうしても浮かぶ涙で、視界がぼやけてくる。
もう泣くのはやめようって、あれほど固く誓ったのに。
「…サイファー」
「ん?」
オレは涙声で、サイファーの名前を呼ぶ。
サイファーはオレが何を言うか、もう分かっている顔で笑っている。
そうだ。あんたはオレを愛してる。
それはとても大きくて、なんの欲望も無い。…すごく、綺麗な愛なんだ。
「…オレの騎士に、なってくれ」
「喜んで」
温かい唇が、オレの手の甲にやわらかく触れて、サイファーが真顔でオレを見上げる。
「俺がこの命に掛けて、お前を守ってやる」
その真剣な眼差しに、オレは悲しいようなしあわせで胸の中がいっぱいになる。
サイファーは表情を崩して、言葉が出ないオレを軽く睨んだ。
「…お前、頼むからもう俺を庇ったりすんじゃねーぞ?」
俺の立場ってモン考えろよな、と早速釘を刺して来る。
「わかったってば。…ほら、あんた、もう立てよ」
いつまでも膝を折っているサイファーがたまらなくなって、オレが両腕をひっぱって立たせると、そのまま、その腕に抱きこまれた。
「スー。俺はこれで…」
ぎゅう、と腕の力が強くなった。
オレは広い胸に頬をつけて、その背中に腕を回した。
「…やっと、俺になれた気がする」
オレの騎士がそう言って笑うから、恋など叶わなくても構わない、とオレは思った。
ここまで読んでくださった方、本当にどうもありがとうございます…!
結局、最後まで恋愛としては成就しないふたりですみません。
やっぱりBLが好きなんです。つくづく女体化の意味無いっすね…。
これじゃ、ミニスカ履かせたかっただけじゃないスか(意味無く韻を踏んでみましたYO!)。
正統派の女体化好き(?)の方、もしいらっしゃったら、こんなオチでごめんなさい!
でも、娘スコールは何と言ってもまだ15歳ですからねー。
頑張れば大人のサイファーを口説き落とせるかも…?ということで、後は読んでくださった方のお好みでご想像ください。
これで一応エンドなんですが、もう一回だけ余談があります。
よろしかったら、是非また後日お付き合いください!