ずっと昔、まだガーデンに入って2年目か3年目の頃に、ヘンな夢を見たことがある。
白いコートみたいな服を着た金髪の男が、俺の足元にひざまずいてる。
男は、あの映画で見た、ガンブレードっていう風変りな昔の剣を腰に差している。
その夢では俺はもう候補生で、どうしてか女になっていて、信じられないことに、ミニスカートなんか履いている。
しかも、俺は魔女なんだ。
自分が魔女だということを、夢の中の俺は知っている。
ひざまずいてる剣士は、俺の手を取って、あの映画みたいに、手の甲にキスして誓ってくれる。
「命に掛けても、一生、お前を守る」って。
俺はその言葉を聞いて、頭のてっぺんから足のつま先まで、悲しいような幸せでいっぱいになる。
顔を上げたその騎士は、候補生の俺よりもさらにずっと年上で、オジサンなんだけど凄くハンサムで、額に長い傷跡があって……よく見ると、サイファーなんだ。
夢の中の俺が、何を言ってるのかは分からない。
だけど、そのオジサンのサイファーは床から立ち上がり、俺を抱きしめて、嬉しそうに笑う。
…本当にヘンな夢だ。
ただそれだけの夢なのに、何故か忘れられない。
実際には俺はれっきとした男で、断じて魔女なんかじゃない。
サイファーは毎日、俺の何がそんなに気に食わないのか、喧嘩ばかりふっかけてきてうんざりする。
まったく、あの日は、何だってあんな夢を見たんだろうな。
あのサイファーが、膝を折って俺の足元にひざまずくなんて…あり得ないのに。
そう思う一方で、俺はあの夢の騎士がサイファーだった理由も、なんとなくわかる。
サイファーと一緒に居ると、俺は振り回されてばかりで、ものすごく疲れる。
でも、心のどこかで、サイファーはやっぱり、特別なヤツだって思ってる。
特にその夢を見た頃は、本人には言えないけど、本当は、すごくカッコイイって思ってたんだ。
(僕、…もしかして魔女になりたいのかな。サイファーが魔女の騎士になりたがってるから…)
その夢を見た翌朝、目を覚ました俺は、子どもながらに、自分で自分にげんなりした。
強くならなくちゃいけないのに、「お前を守る」なんて言われてうっとりするなんて…。
どうかしてる、と俺は深く落ち込み、みんなで食堂で食べる朝食も、あんまり美味しくなかった。
その朝は、サイファーも少しヘンだった。
俺の向かいの席で(当時サイファーは、いつもわざわざ俺の前に座っていた。今は俺もそれを回避する知恵がついたが、その頃はなす術もなく、向かい合わせで朝食を取っていた)、トーストを齧りながら、「すげー変な夢見た。…お前が出てきた」とだけ、サイファーは言った。
いつもだったらこっちが聞かなくたって、夢の中では俺はこんなにカッコ良くてスゴくて、お前はメソメソしててとか、そんなふうにいちいち詳しく説明してくるのに、その朝はそれきり黙って、じーっと俺の顔を見てくる。
俺はきまりが悪くなって、目を反らした。
自分が見た夢を見られているような気がして、恥ずかしくて仕方なかった。
怖くて、それ以上聞かなかった。自分が見た夢のことなんか、もちろん話さなかった。
なんでそんな昔の話を思い出したかというと、サイファーがつい昨日の訓練施設で、「見ろよ!」と突きつけてきた武器が、例のガンブレードとかいうヤツだったからだ。
俺は驚いてしまった。
だって、いまどきガンブレードなんて、誰も使ってない。
俺の知ってる限り、あの映画に出てくる魔女の騎士と、夢の中の、あの大人のサイファーぐらいだ。
俺はいまさら、あの夢はいったい何だったんだろう、と冷や汗の出る思いがしたが、冷静に考えれば偶然以外に答えは無い。
「なんだよ、カッコいいだろ? 何とか言えよ」
黙りこくってしまった俺の顔を、サイファーは不満そうに覗き込む。
けれど、俺は適当な相槌を思いつかず、ただただその手にあるオートマのブレードを見つめていると、カッコよくないハズはない、という強い確信に満ちたサイファーは、ちょっと考えて、勝手に納得した。
「分かったぜ、スコール! 実はお前も狙ってたんだろ? まあ、真似してもいいけどよ」
いや、そんなことは考えてなくて…と言おうとしたとき。
「そうですか!」
たまたま他の教師と施設内を見回っていた学園長が、俺たちの会話を聞きつけ、突然割って入った。
何でか分からないが、学園長(まあ、つまりパパ先生のことだけど)は大喜びで、「スコール君には、リボルバータイプなんかいいんじゃないでしょうかね!」なんて俺の意見も聞かないで、独り決めにしてしまった。
…別に、ガンブレードのデザインは嫌いじゃない。
でも、自分がそれを使う、なんて全く考えていなかったのに。
俺もいい加減、はっきり自分の意見を言う習慣を付けないと、いずれ大変なことになる気がする…。
朝の食堂で、昨日の理不尽な成り行きを反芻しながら、一人もそもそパンを噛んでいると、斜め後方から荒々しい足音がして、隣の空いた椅子ががっと引かれた。
「スコール、まぁだ食ってんのかよ。さっさとしろよな!」
どすん、とそこに腰掛けて、周りじゅうに聞こえる大声で急かして来る。
…こんな人間はひとりしか居ない。
しかも、朝の訓練は、別に約束でもなく、サイファーの気まぐれで、有ったり無かったりする。
「…今朝はもう遅い。1限目に間に合わなくなる」
なかなか来ないから、今日は無い日なのかと思ってた。
「だから早く食えって言ってんだろが」
「…」
しょうがなしに、俺は残りのパンを無理に口に押し込んで立ち上がる。
「ほら、行くぜ」
サイファーに手を引っ張られ、食堂を出て、訓練施設への廊下を急ぐ。
「なあ、お前のガンブレード、いつ来るんだ?」
前を行くサイファーが、振り返って訊いてくる。
「…『俺の』じゃない、ガーデンの備品だ」
「お前用に特注で買うんだから、ほとんどお前んのだろ」
お前ってなーんか、昔っから贔屓されてるよな、とサイファーが嫌味ったらしくぼやいてくる。
…俺は別に、ガンブレードが欲しいなんて、一言も言って無いのに。
「ま、今あるヤツはお前にゃ重たすぎるから、しょーがねーか」
「…俺、どんなのかもよく知らない」
ブレードのある武器を選びたいと思っていたが、適性は射撃の方だと言われていた。
ガンブレードなんて奇抜な答えは、思いつきもしなかった。
「リボルバーだろ? あれもクラシックでなかなかいいよな。あー、早く来ねえかな!」
サイファーは笑って、俺を振り返った。
「お前、きっと気に入ると思うぜ」
…ときどき、分からなくなる。
俺を嫌いなら、どうしてサイファーは、こんなふうに笑うんだろう。
その笑顔が、昨日よりも大人びて映って…俺は思わずどきりとした。
何だか、あの夢のサイファーに少し近づいたように見えるのは、気のせいに決まってるのに。
あんな夢を知られたら、きっとすごく馬鹿にされると思う。
だからこの話は、これからもサイファーには絶対に言わない。
2012.11.14 / もしもスコールが娘を残して死んだら妄想(魔女の騎士の話) / END
輪廻転生っぽくしてみました。これで少しはサイスコになったかな?
最後までこのヘンな妄想にお付き合いいただいた方、お疲れさまでした。
この内容なので「わたしひとりの脳内で終わる話だな…」と思っていたのですが、あまりに出すものがなくて、中途半端な形ながら公開させていただきました。
こんなトンデモ設定ですが、実は自分のなかに「サイファーを魔女の騎士にしてあげたい」という思いがずっとあって、本当はきちんと書き切りたかった。筆力が追いつかず残念です。こんな形でも読んでくださった方、本当にどうもありがとうございました!