スコールが早々と他界しちゃって、シングルマザーになった魔女のリノアと、スコールに生き写しの女の子と、魔女の騎士のサイファーの話の続きです。
 さて、一見平穏なように見えるリノアと娘スコールの暮らしですが、だんだんと世の中が物騒になってきて、リノアは魔女を崇拝する狂信団体に攫われそうになったかと思えば、逆にアンチ魔女の宗教集団から命を狙われたりしはじめます。バラム政府はこれを重く見て、リノアを保護することにし、サイファーはバラム軍に籍を置いたまま、リノア専属のボディガードを務めるようになります。
 アンチ魔女の強硬派は、それでもリノアを襲撃し、護衛のサイファーに撃退されるのですが、帰って来た娘スコールが、無謀にもサイファーを追撃から庇って負傷し、敵はチャンスと見てそのまま娘スコールを攻撃しようとして、それを見たリノアが逆上して放った魔法が暴発します…。
 敵はその魔法で全滅したものの、リノアの魔力がそのまま娘スコールに継承される事故が起きて、娘スコールが次代の魔女になってしまいます。
 この山場が書けない。呆れるほど書けない。
 結局、書けるとこだけ書いてみました…。
 前回の告白から半年ほど経った秋、バラム軍設立15周年の式典の朝、ハーティリー家の玄関先。
 娘スコールはいったん登校したのに、騒ぎを聞きつけて帰って来てしまいます。
 再び、魔女リノアの一人称です。




もしもスコールが娘を残して死んだら妄想 * 4

「スー! バカ、引っこんでろ!」
 サイファーの怒鳴り声に、わたしはまさかと振り向く。
 スーだ。道の向こうで、スーがガンブレードのケースを振りあげて、教団の男を殴り倒す。
 その後ろから、仲間の信者があの奇妙な護符のついた矢を番えるのが見えた。
「伏せろ!」
 サイファーのブレードが一閃して敵を薙ぎ払う。
 わたしはブルーのロングドレスの裾を捌いて、思わずスーに駆け寄ろうとする。
 その瞬間、別の方角から飛んだ矢が、スーの額を掠めた。
 筋向いのビルの階段に、またひとり、紫の衣装。
 手すり越しに引き絞られた弓と、光る次の矢尻が目に飛び込む。
「スー!」
 不意を突かれたスーの目が見開かれ、身体が傾く。
 その額から赤い血が流れて…
 フラッシュバック。
 時間が巻き戻される。わたしの左手に嵌めたバングルが、弾け飛んだ。

 十何年も前の悪夢がいきなり蘇る、あの日は暑い日だった、スコールの誕生日をお祝いしたばかりで、わたしはガーデンの規則を破ってこっそり彼の部屋に泊まっていた、「じゃあ、行ってくるから」と頭上から囁くスコールの声に、わたしは気を付けてね、と応えたけれど、まだ目が開かず、眠たくてうわの空だった。
 全く何の予感もしなかった。わたしは魔女なのに幸せで、魔女なのに油断しきっていた。
 激しく扉をノックする音で目を覚まし、時計を見ると、昼近かった。
 慌てて飛び起きて服を着ながら、どうしよう、出ていいのかな?なんてためらっていると、外から金切り声がした。
「リノア!! リノア居るんでしょ!? 開けて!!」
 …キスティスだ。ここに泊まってること、バレちゃったんだ。
 だけど…変だ。
 その声の異常さに、足がすくんだ。
「リノア!!」
 呼ぶ声は割れている。
 フレームが軋むほど強く、ドアが叩かれる。
 あのキスティスが、こんなふうに叫ぶなんて。こんなふうに、ドアを叩くなんて。

「リノア、開けて!! 大変なの、スコールが撃たれて…」

 その言葉を聞いたとき、わたしはスライドドアのパネルのあたりを見ていた。
 どくん、と心臓が大きく収縮した。
 いまでもあのパネルだけは、眼に焼き付いている。
 シルバーの平べったいボタンと、彫り込んだ数字が摩耗して半分消えてしまったテンキーを、意味無く見つめていた数秒だけが鮮やかで、後のことは、良く覚えていない。どうやってドールの病院まで行ったのかも分からない。
 ただ、駆けつけた病院のロビーの大きなモニターに映し出されたブレイキング・ニュースのスコールの血があまりにも赤く、あまりにも大量で、どうしよう、スコールが居なくなったら、と思うと同時にそのモニターが火を噴いて、周りから悲鳴が上がった。
 次々と辺りの椅子が、テーブルが、カーテンが発火し始める。
 炎の群れは初めはちいさく、やがて黒い煙をまといながらひろがって……ああ、火事だ、どうしよう、スコールが居なくなったら? わたしはもう、スコールにすっかり心を預けちゃってるのに、どうなるの? 噴き上がる炎が、わたしの不安と同じリズムで揺れている。「リノア、やめて!」キスティスの声が叫ぶ。どこに居るの? 何をやめるの? わたしには何も見えない。揺らめくオレンジの炎しか見えない。それから、そうだ、

「リノア、しっかりしねえか!!」
 あのときと同じだ。白く、大きな姿が、突然わたしに覆いかぶさり、わたしを抱きしめる。
 今日の式典用の、バラム軍の白い礼服が、あの日の彼の姿を記憶から呼び覚ます。
 あのとき、サイファーのあの昔のコートは燃えてしまったんだ。どうして忘れていたんだろう?
「サイファー!…スーが…、」
 咽喉が詰まって、目の前が暗くなる。
 スーが居なくなったら、わたしはどうやって生きていけばいいの?
「……! ……!」
 サイファーが何か叫んでいるけど、言葉がわからない。
 スコールを失ったあの絶望、あれをもう一度初めからやり直すの? どうして?
「……!」
 不安に取り込まれそうなわたしを、サイファーが懸命に揺さぶる。
 そうだ、しっかりしなくちゃ、と瞬きすると、現実の景色が目に飛び込んできた。
 植え込みの緑やアスファルトの上に、点々と赤い血が飛び散って、何事が起ったのか、あの紫の奇妙な衣装の人間たちは、全て倒れ伏している。
 サイファーに両腕を掴まれたまま身を捩って、スーの姿を探した。
 焦りで霞む視界の中で、ガードの女性がスーを助け起こしているのが見えた。
「スー!」
 ぐったりと力なく目を閉じているスーが、あのモニターの中に見たスコールに重なる。
 お願い、死なないで。
 あらん限りの力で、スーに向けて祈った。
 何だっていい。わたしから、何を取り上げたっていい。スーだけは奪わないで。
 身体の奥深くで、ずっとわたしとひとつだった何かが、突然形になった。
 わたしの見えない殻を割って溢れ出したそれは、巨きな蛇のように宙をうねり、輝きながらスーに向かって流れ込む。
 その長い尾がわたしから出て行く。同時に、サイファーの声が意味を取り戻した。
「おい、リノア! 大丈夫か!?」
 スーの身体が青白く光っている。
「あれは…何だ?」
「…たぶん、『魔女』だと思う」
 緊急車両の鳴らすサイレンが聞こえて、急に寒気が来た。がくがくと身体が震え出す。自分に大きな穴が開いたような喪失感と、ともかくスーが死ななかった安堵と、怒りと、恐怖がごちゃまぜになって、膝から力が抜けた。
 サイファーがわたしの身体を支えて、長いドレスの裾を引き、その場に座らせてくれた。
 スーを抱き起こし、脈拍をみていた女性のガードが、サイファーにサインを送った。
「…血は止まったな。スーは大丈夫だ」
 魔女は魔女のままでは死ねない。だから、スーは今は死なない。それじゃ、
「あたし、死ぬのかな…?」
 思わず呟くと、サイファーに睨まれた。
「ボケたこと抜かしてんじゃねえ。抜け駆けは許さねーぜ」
 怒りのこもった低い声に「ゴメン」と謝ると、サイファーは黙ってわたしの手を握ってくれた。
 庭先に救急車や警察車両が次々と乗りつけてくる。
「もう大丈夫だ。これで危ねえ連中はみんな、病院から拘置所へ直送だ。…お前もだけどな」
 救急の看護師が走り寄って来て、サイファーに状況を尋ねる。
 スーが先でいいだろ?と訊いてくるサイファーに頷いて、わたしはまだ放心していた。
 玄関ポーチにへたりこんで見る光景は、現実感が無かった。
 青いランプを回している車に、真っ先にスーが運び込まれた。
 到着する搬送車に、次々に人間が回収されていく。
 呆然としているうちに順番が来て、サイファーはわたしをストレッチャーまで運んだ。
 抱きあげられた腕から周囲を見渡すと、植え込みは折れ、血の染みた道路は割れている。
「これ、わたしがやったんだよね…?」
 さっき、昔のことを思い出していた間の、もうひとつの記憶がうっすらと浮かんでくる。
 意識する間もなく、溢れだす力で怒りが嵐になり、あの信者たちを空中に巻き上げて…
「まーな。だけど、相手が悪いぜ。魔女じゃなくたって、母親だったらこんぐらいやるだろ」
「…そう…かな…?」
 キャスター付きの寝台に横たわり、薄いストールの上からブランケットを掛けてもらうと、やっと寒さが和らいだ。
 救急のスタッフがバックドアを閉めると、車は走り出した。
「それに、スーも悪い。俺を庇おうなんて、百年はえーんだよ。ったく」
 隣に乗り込んだサイファーは、苦虫を噛み潰したような顔で、首の後ろあたりをがりがりかいた。
「サイファー…ありがと」
「ああ?」
 サイレンの音でかき消されて、良く聞こえなかったみたいだ。わたしはもう一度言った。
「わたしを正気に戻してくれて、ありがと」
「……疲れただろ。もう寝てろ」
 サイレンを鳴らして、横たわったわたしを乗せた救急車は進んでいく。
「わたし…スーを魔女にしちゃった」
 言葉にすると、ああ、本当にそうなっちゃったんだ、と実感が沸いてきた。
 わたしが背負ってきたあの重たい十字架を、今度はスーが背負うことになるなんて。
 また世間のひとは、いろんなことを言いたいように言うだろうなぁ。
 スーは繊細な子だ。…耐えられるのか、心配になってくる。
「スーなら大丈夫だ。きっといい魔女になる」
 サイファーがいつになく真剣な口調で請け合ってくれて、変な懐かしさに胸が締め付けられる。
「なんだよ、何が可笑しい」
「なんか、今のサイファー、スコールみたいだった。…全然似てないのに、不思議だね」
 わたしがそう言うと、サイファーの顔が、苦しそうに歪んだ。
「なあ、リノア。俺は……少しは、お前の支えになってたか?」
 サイファーはきっと、スコールとの約束を思い出してるんだ。
 わたしはストレッチャーの上で、目を閉じた。
「サイファーが居なかったら、わたし、きっと…悪い魔女になってたよ」
 スコールを失って抜け殻みたいになってたときも、ひとりでスーを産む決心をしたはずなのに、急に自信が無くなって塞ぎこんだときも、サイファーがそばに居てくれた。
 厳しい言葉で叱ったり、わたしの悩みを笑い飛ばしたり、…スコールとは違っていたけど、確かにサイファーはわたしの騎士だった。
「バングルなんかで、コントロール出来なかった。あの大きな力で、バラムの街を全部壊しちゃったかもしれない。自分の中からどんどん力が沸きだして、止まらなかったの…。世界中が、わたしの敵みたいな気がして」
 アルティミシアの姿が、瞼のうちにぼんやり浮かんだ。あのひとも、あんな気持ちだったんだろうか。

 あのとき、サイファーはわたしを抱いて叫んだ。
(リノア! 火を消せ!)
 出来ない、分からない、と泣くわたしの両肩を掴んで、なおも怒鳴った。
(消せ! お前なら出来る。スコールだって、この病院に居るんだぞ! 分かってんのかよ!?)
 その言葉で、わたしは自分を取り戻した。
 消防が駆けつける前に炎は消え、力を使い尽くしたわたしは、その場に崩れ落ちた。
 
 次に目が覚めたときには、もう、スコールはこの世に居なかった。
 彼の亡骸だけが、花に埋もれて、棺のなかに横たわっていた。
 腐らないように冷やされたスコールの頬は青白くて、夢みたいに綺麗だった。
(じゃ、行ってくるから)
 彼がそう言ったとき、どうしてわたしは起き上がって、扉まで見送るぐらいしなかったんだろう。
 あれが別れになるなんて、思わなかった。…思わなかったんだよ、スコール。
 これからもずっと、一緒に居てくれるんだって、思ってた。

「さっき、久しぶりに昔のことを思い出してたの…あの、ドールの国際会議の日のこと」
「…ああ」
「…わたし、あの日から、何百回、何千回思ったか分からない。あの日、どうしてわたし、スコールと一緒にドールに行かなかったんだろうって」
「リノア」
「前は、そればっかり考えてたの。…さっき、スーが死んじゃうかもって思ったら、あの日のことで頭の中がいっぱいになって、周りが見えなくなって…」
 サイファーが、わたしの手を握って、言葉を遮った。
「リノア。お前はちゃんとスーを守ったんだ。…それで充分だろ」
 その一言で、サイファーがわたしの後悔を知っていたと分かった。
 スコールが撃たれた日、わたしは本当は、一緒にドールに行って、あの会場の外で、彼の仕事が終わるのを待っていることだって出来た。
 もしもわたしがあの場に居れば、スコールは助かったかもしれない。
 怖くて、ずっと誰にも言えなかった。
 口にしたら動かせない事実になって、わたしは永遠にわたしを赦すことが出来ないような気がした。
 初めて気付いた。サイファーだって、同じだったんだ。
 優しく見つめ返してくれる緑の瞳。
 サイファーも、あの日のことを何千回と悔いていたんだ。
「うん。…サイファー」
 スーを護ってくれてありがとう。…今日まで、わたしの騎士で居てくれてありがとう。
 言葉にはしなかったけど、彼には通じていたと思う。
 もう眠れよ、とサイファーが笑って、わたしは目を閉じて頷く。
 左手が妙に軽かった。そこだけ羽根が生えているようだった。
 眠りに落ちながらわたしは…スーには、バングルを付けさせないと決めた。

 今回も読んでくださった方、ありがとうございます…。
「いったいこれ何??」っていうマイワールドですみません。リノア難しいよ~!
 ここまで読めた方はもう、マジで何でも読めるフトコロ深きオトナの方だと思います…!
 あと一回と、ほんの少しの付け足しで終わります。
 ここまできたら、是非最後までお付き合いください! また後日、よろしくお願いします!