「そういう意味じゃなくて」
「あ?」
「そういう意味じゃなくて、…好きだって言ってるんだ」
オレのキレ気味の告白に、サイファーは少し驚いたように目を見開いて、それから、ゆっくり笑った。
へえ、スーももう、そんな年頃になったのか。
そんな心の声がそのまま聞こえて、それは、悪意なんかない分、オレをひどく傷つける。
たぶんサイファーは、それがオレを傷つけることさえ分かっていない。
「…ごめんな」
芝生から半身を起こして、優しい声で、サイファーはまず謝った。
何度も、想像してみたとおりだった。
「お前が俺を特別に思ってくれてることは分かった。だけど、俺にとっては…今でも、お前の親父が特別な奴なんだ」
予期していた答えだった。わざわざ、確かめるまでもなかったぐらいだ。
それなのに、地面の上に置いた指先が細かく震え始めて、オレはゆるく折った膝の下で、ぎゅっと両手の指を握り合わせた。
「…オレは親父のことなんか、何も知らない。生まれる前に、死んじゃったんだから」
わざと冷たく言い放っても、サイファーは懐かしそうに笑うだけだ。
「そうだよな。あいつ、本当にあっさり死んじまったもんな」
長いため息をつき、再び隣に寝転がったサイファーは、うっとりと目を閉じて、お前にそっくりだった、なんて言う。
「負けず嫌いで、潔癖で、バカみたいにフェアで、…すげえ照れ屋で、そのくせホントは甘ったれで…」
そんな男、オレだったら絶対に好きになれない。
「…ガキの頃から、ずっと好きでよ。だけど、あれこれ悩んでるうちに、リノアにかっさらわれちまった」
閉じた睫毛の間に、親父が付けた長い傷跡が目立つ。
今の医療技術なら、こんな跡すぐに消せるのに、サイファーは後生大事に、その傷を面に残している。
「迷惑かもしんねーけど、お前を見てると、何か…勝手に父親みてーな気持ちになっちまうんだよな」
そんなの、ずうずうしいんだけどよ、と続くサイファーの言葉を、オレは、「もういい」と遮った。
「…スー?」
オレの強い語調に、サイファーは回想から覚め、起き上がってオレに向き直った。
「もういい。そんな話、聞きたくない」
常にないオレの態度に、サイファーは驚いている。
そうだ。オレは、ガキの頃から、あんたが好きだった。
こっちを向いてもらいたい、ずっとそう思ってた。
やっぱりオレは、少しだけは夢を見てたんだ。
大きくなれば、違うのかもしれないって。
あんたがオレを「スコールの娘」じゃなくて、ひとりの女として見てくれるかもしれないって。
だけど、分かった。
待ってたって、来ないんだ。
あんたが好きなのは、いつまでもスコール・レオンハートひとりだけ。
あんたがオレを求めてくれる日なんて、来ないんだ。
「真面目に告って損した。…知ってたのにな。あんたが不毛なロマンティストだって」
オレって…ホントにイヤな女だな、と思う。口から出た言葉は紛れもなく…オレの汚い本心だ。
「スー…悪かった」
サイファーは、オレを傷つけたことに傷ついて、オレの頭を撫でようと手を伸ばして来る。
その手をはたきのけて、芝生から立ち上がった。
「オレはあんたを…父親みたいだなんて思ったこと、一度も無い」
「スー、」
オレが彼の手を振り払うなんて、初めてのことだ。
サイファーは明らかに狼狽して、オレの腕を掴もうとする。
その手を造作なく避けて、オレは感情のままに続けた。
「もう、手合わせなんか、してくれなくていい。…あんたの顔、見たくない」
大好きな緑の両目が、呆然と見開かれる。
さっき、恋心を告げたときよりもはるかに驚いている、それがまたオレの胸を苛む。
どうせあんたはオレの恋なんて、子どものままごとぐらいにしか思ってないんだろ。
オレはこんなに…、息が苦しいほど、あんたのことが好きなのに。
せめて、傷つけてやりたかった。
もしも出来るなら、オレも彼の額に傷を刻みたい、そう思った。
ガンブレのケースをひっつかみ、サイファーを置いて、オレはその場を後にした。
サイファーは追って来なかった。
オレは意地になって、どかどか歩き続けた。
あんなこと、言わなきゃ良かったのかもしれない。
だけど、いつまでも夢見てたってしょうがない。
いつかは向き合わなくちゃいけなかった、これが現実なんだ。…オレの現実なんだ。
* * * * *
まるで子どもの頃のように、泣きながら家に帰ると、キッチンに居たママが顔色を変えて飛んできた。
「どうしたの、スー!?」
「…別に」
ウソにしか聞こえないことは分かっていたけど、他に言葉が出て来なかった。
取り繕う元気もない。
「…ママには、話したくない?」
優しいママが、悲しそうに首を傾けて、オレを見つめる。
「…オレは、親父なんか嫌いだ」
「パパのこと? 嫌いって…、どうしたの、急に」
ママだってオレの完全な味方じゃない。サイファーと同じで、いまだに親父を想い続けてる。
ママを好きだっていう男の人はたくさん居たし、今でもオレに「ママは最近元気?」なんて探りを入れてくる人もいる。
それなのに肝心のママは、そんな話に見向きもしないで、未だにときどき一人で、リビングのフォトスタンドに入った、むすっとした親父の写真を愛しそうに見つめて、何か話しかけたりしているんだ。
「オレは…『スコール・レオンハート』なんか、嫌いだ。死んじゃったくせに、」
似てる似てるって言われたって、嬉しくもなんともない。
親父を知る人間は、オレを透き通った人形に仕立てて、オレの向こうに親父を見ようとする。
「オレたちみんなを残して、さっさと死んじゃったくせに!」
一度も会ったことの無い自分の父親が、世界で一番大嫌いだ。
「スー…、どうしたの?」
突然訳の分からないことで癇癪を起こしたオレに、ママが両手を広げてオレに近づこうとしたとき、リビングの電話が鳴った。
トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルルとコール音は鳴りつづける。
「…出れば? 仕事のかも」
応対を促すと、困惑した表情でママは受話器を取った。
「あれ、サイファー? うん、居るよ。代わる?」
オレは黙って踵を返し、階段へ逃げた。
「スー! どうしたの? ねえ、サイファーだよ?」
ママの声が追って来るのを無視して、階段を駆け上り、自室のドアを閉めた。
ライオンハートのケースを床に放り出し、背中をドアに預けて、ずるずるとその場にへたり込む。
見慣れた自分の部屋。
世界中にオレの居場所はここしか無い気がして、また泣けてきた。
サイファーの声が、耳に残っている。
(負けず嫌いで、潔癖で、バカみたいにフェアで、…すげえ照れ屋で、そのくせホントは甘ったれで…)
頭に来る。親父なんか、どこがフェアなもんか。全然フェアじゃ無い。
騎士だったくせに、ママをひとり残して、オレのことも知らずに死ぬなんて。
皆の憧れのヒーローで、一番綺麗なときに綺麗に死んだあんたと、どうやって渡り合えって言うんだ。
卑怯すぎる。
それなのに、サイファーの中の「スコール」は、追憶を重ねて、日々ぴかぴかに磨きあげられている。
まるでこの世にひとつきりの、完璧な宝石みたいに。
ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございます…。
なんでこんなの書いてんの?とか言わないでお願い!
それにしても、書いてて恐ろしくなるほどの違和感の無さ(笑)。
普段からわたしの書くスコールが乙女過ぎなんだよ…。
リノアが大切に育てた割にはひねてるし。
以下、どうでもいい設定などについて長々と語ります。
本文中では出てきませんが、ハーティリー家は一戸建てでバラム市街地にあり、娘スコールはリノアをひとりにしないよう、自宅から通学してます。ガーデンからバラムの町まで、ガンブレケースに入れたままどうやって歩いて帰ったんだろう?とか思ってはいけない。きっとケダチクやフンゴオンゴも空気を読んでそっとしといてくれたんでしょう。
リノア34歳は一応文筆業(!)で生計を立ててますが、国際的に天然記念物のよーな扱いになっていて、なにかセレモニーがあるとゲストとして呼ばれたりしてます。スコールの死後、自ら進んで常にバングルを嵌めていて、普段その実力を行使することはありませんが、いまでも一部の人間からは忌み嫌われたり、崇拝されたりしています。
いまでも、というか、逆にこのところ、国際情勢が不安定になっていて、魔女を利用しようという動きもあったりして、ちょっと周囲がキナ臭くなってきている設定です。
サイファーはセコムなかんじで、すぐ隣のマンションに住んでます(笑)。バラム軍に所属してますが、その辺はバラム政府の配慮で主に新人指導をしていて、長期にバラムを留守にすることはありません。
B.G.にはゼルとキスティスが残っています。管理人の趣味によりキスティスは独身です。ごめんね…。だってキスティが結婚しちゃうとなんか淋しーんだもん(笑)。
ホントはこういうことも本文中で説明しなきゃいけないんですよね…
手抜きですみません。
えー、呆れられても仕方ないですが、まだ続きます。
また後日、お付き合いいただけたら、すごく嬉しいです。