「スー! スーったら。どこにいるのー?」
さっきまでリビングのラグにちんまり座って、時計ばかり気にしていた小さな姿が見あたらない。
「何だよ、隠れちまったのか?」
サイファーはガンブレードのケースを床に置いて、ローテーブルの下なんか覗いたりしている。
「いくらなんでも、もうそんなにちっちゃくないわよ」
「そう、分かってんだけどよ、ついな」
いまお茶淹れるから座ってて、とソファをすすめる。
「どうしても何か、もっとちっちぇような気がしちまうんだよな」
サイファーはそう笑いながら、グローブを外しながら腰掛ける。
今日のサイファーは出張の帰りで、バラム軍下士官の正装をしている。
良く似合っていて、すごくカッコいい。スーが憧れるのも分かる。…うちの家系、代々面食いだし。
「それで…カーウェイのオッサンはどうなんだ?」
「うん、だいぶ良くなったよ。今、リハビリに行ってる」
退役したパパが交通事故に遭ってから、バラムの家を離れてガルバディアに来て、もう半年になる。
「へー、一人で行けるようになったのか。良かったな」
「担当の女医さんがすっごい厳しいらしいの。出掛ける前にも、行きたくないってため息ついてた」
「ガルバディア軍のナンバーツーにまでなったくせして、オッサンも案外情けねーな」
サイファーは苦笑している。
昔はどこか危なっかしい印象だったのに、いつのまにか不思議な穏やかさと迫力を身に付けたサイファーを見ていると、初めて会ったときから、ずいぶん時が流れたんだなぁって実感する。
もしもスコールが生きてたら、彼はどんなふうに歳を重ねたのかな、なんて思いが胸の隅をよぎるけど、わたしはもう、いちいち泣いたりしない。
わたしには、彼が遺してくれた大事な宝物がある。
サイファーの前にティーカップを置くと、背後でぱたぱたっと足音がして、ドアの向こうで止まった。
「スーってば、どこに居たの? ほら、サイファー来てるわよ」
振り返って、ドアの向こうからそっとこちらを見ているスーに呼びかけた。
「…うん」
来るまではあんなに心待ちにしていたくせに、スーはおずおずと近寄って来て、わたしの後ろに隠れようとする。
「どうしたのよ。今度いつサイファー来るの? きょう何時に来るの?って、何度も聞いてたじゃない」
「そ、…そんなこときいてない!」
あれ、秘密だったみたい。
スーは小さな頬を赤くして、ヘンなこと言っちゃダメ!と必死のアイコンタクトで訴えかけてくる。
サイファーはそんなスーを見つめて、目を細めた。
「なんだ、どうした。ん?」
サイファーが優しい笑顔で笑いかけると、スーはもじもじと落ち着かなくなり、アリスブルーのワンピースのしわを直すふりなんかしている。
「スー、『いらっしゃいませ』、でしょ」
黙り込んでしまったスーに、挨拶するよう促すと、後ろでサイファーが吹き出した。
「よっく言うぜ。リノアお前、そんなかしこまったこと、自分だって言ったことねえくせに」
「んもう、うるさいなぁ」
確かにそうだけど。
「いーから、こっち来いよ、スー。お前、おっきくなったなぁ」
サイファーがソファから立ち上がって手を広げると、スーは意を決したみたいに、たたっとサイファーの足元まで走って行った。
「重たくて、もう持ち上がんないかもな?」
「そ…、そんな太ってないもん」
ちょっと意地悪なサイファーの言葉に、スーがずっと伏せていた顔を上げて抗議する。
「そうか?」
「きゃあ…、」
サイファーは笑って、軽々とスーを抱きあげる。
「どーだ。ママより高いだろ」
「う、うん…!」
嬉しそうな様子をわたしがじーっと見てることに気づくと、慌ててぱっと目を反らす仕草が、まるっきりスコールそのもので可笑しくなってしまう。
「ホントに、あいつのちっちぇー頃そっくりだな」
スーをソファの上に降ろしてやりながら、サイファーが「連れて帰りたくなるぜ」なんて小さく呟く。
「ちょっと、やめてよサイファー」
サイファーのとこ行く!なんて言い出したらどうするのよ。もちろん、スーはわたしのこと「大好き」っていつも言ってくれるけど、サイファーはまた別格なんだから。
「…アイツってだぁれ?」
運よくそこの部分は聞こえなかったみたいで、スーは青い目をぱちぱちさせて質問して来た。
「スーのパパよ。強くて、優しくて、…世界でいちばん綺麗で、カッコ良かったんだから」
「…ふーん」
あ。信じてないなー。
スーはサイドボードのフォトスタンドに目をやってから、サイファーの方をちらっと見た。
口には出さないけど、サイファーのほうがカッコイイってカオしてる。
「んもう! あの写真は、映りが悪いのよ。本物はもっともっと綺麗で、カッコ良かったの!」
「…うん」
スーはわたしを上目づかいに見上げながら、一応納得するふりをする。
「あーあ。スコールったら、滅多に写真撮らせてくれなかったし」
「あいつ、写真嫌いだったもんな」
サイファーが思い出し笑いをしている。さっきに見せた笑顔とも違う顔。
昔のわたしは知らなかった。
何の迷いもなくスコールを好きになって、攫うようにわたしのものにしてしまった。
「スーはオレンジジュースでいい?」
うん!という元気な返事を背中で聞きながら、わたしはキッチンに入り、冷蔵庫を開けた。
もし、あの頃のわたしが、サイファーの気持ちに気付いていたら…あれほど遠慮なく、スコールにぶつかっていけたかどうか分からない。
今のわたしは知っている。サイファーはスコールを好きだった。
わたしが彼を好きになったあのパーティの夜よりも、ずっとずっと前。
もしかしたら、サイファーとスコールが、このスーぐらいちっちゃかった頃からかもしれない。
ストローを差したジュースのコップをスーに渡してあげて、わたしも向かいのソファに腰を下ろした。
「サイファー、スコールが笑ってる写真持ってる?」
「…ねーなぁ。だいたい、笑ってるとこ自体、滅多に見なかったしよ」
「笑うと可愛かったのにねー」
「ま、可愛い可愛いって言われるのがヤだったんだろうな、あれは」
他の人はいまだにわたしに気を使って、なかなかスコールの話をしてくれないけれど、サイファーはいつも自然に、一緒にスコールのことを思いだしてくれる。
「あーあ。こんなことなら、無理にでも迫って、さっさと結婚式挙げちゃえば良かったなぁ。そしたらきっと、写真もいっぱい残ったのにね」
名字も、レオンハートになったのにな。
「あいつ、そういうの嫌いだろ。結局ぶすったれた写真ばっかりになったんじゃねーの?」
「えー、ひどい! …そうかなぁ?」
こんなふうにサイファーと、スコールの話をしていると、とても心が安らかになる。
サイファーの中にもまだスコールが生きていることが伝わって来るのが、今のわたしには嬉しい。
今でも彼を愛してるのは、わたしだけじゃない。
それは、若いころには想像もしなかった、不思議な形をした幸せだ。
わたしたちふたりで話しているのがつまらないスーが、サイファーの上着の裾を引っ張る。
「ね、サイファー。ハイペリオン、見たい」
「ああ? …お前も好きだなぁ。危ないから、見るだけだぞ?」
「うん。さわらない。やくそく」
「約束な」
サイファーがラグの上に、クロスソードのレリーフの付いたケースを開けてくれる。
スコールのリボルバーより一回り大きくて、黒く仕上げた刀身もスーには珍しいのかもしれないけど。
「スーってば、こんなの見て面白いの?」
「うん。…この前と、ちょっと形、ちがう?」
どこが違うのか、わたしには全然分からない。
「へえ、お前、よく覚えてるなあ。そうだ」
これにはサイファーも本当に驚いたみたい。
「ココが弱ってきたんだけど、もう出回ってる部品が無くてな。ゼルんとこで作ってもらったんだ」
ゼルはB.G.で格闘技を教えながら、バラムにある自宅兼工房で、こういう珍しいパーツや、アクセサリなんかの注文を受けている。
「あいつ、またガキが生まれるからとかってボりやがってよー。でもま、前より、もっとカッコ良くなったって思わねえ?」
スーは嬉しそうに「うん」とうなずいて、それから、サイファーを見上げて尋ねた。
「…サイファーは、これ、いつからもってるの?」
「さあ、いつだったっけな。最初はブレードの無いソードから始めて、備品のぼろっちいガンブレ借りるようになって…自分専用にハイペリオンを持つようになったのは、15になったあたりだな」
「15さい?」
「そうだ。火薬の扱いは危ねーからな」
スーはすごくがっかりしちゃったみたい。
ちいさな彼女には、想像もつかないほど先の話だもんね。
今度のクリスマスよりも、来年の4月の誕生日よりも、もっと未来の話。
15歳になったスーを思い浮かべて、わたしは思わず微笑む。どんな女の子になるんだろう。
「そんなにがっかりすんな。どっちみち、お前はガンブレなんか振り回さなくたっていいんだ。俺やスコールは問答無用でガーデン送りだったけど、スーはそれ以外に、いくらでもやることあんだからよ」
「嫌だ。スーもガンブレード、欲しい。…強くなりたい」
そんなところは似なくてもいいのになぁ…。
「そんなこと言ってるとお前、ホントにスコールみてえになっちまうぞ?」
サイファーの顔は嬉しそうに緩んでるけど、わたしの胸のうちは複雑。
これでバラムに戻ったら、スーはガーデンに入りたい!って言いだすに決まってるし、そうなったらわたしの大切なスーは、最後には父親と同じように、危険な仕事に就くことになってしまう。
ひとつきりの命なのに、スコールはあの日、ガーデンの任務のために迷わずそれを投げ出したんだ。
しゃがんだサイファーの隣にぺったりと座って、まだ何か熱心に質問しているちいさな後ろ姿。
このスーに、同じ道を歩ませたくない、って思うのは、やっぱりわたしのわがままかな。
スーはまだ小さくて、ガンブレードが何をする道具なのか、良く分かっていないだけだって思いたい。
「サイファー、…も、帰るの?」
夕方になって、帰り支度を始めたサイファーを見上げて、スーは悲しそうな声を出した。
「そんな顔すんなって。また遊びにくっからよ」
サイファーはちょっと困った顔で笑い、かがみこんで、スーの髪を撫でる。
「今日は来てくれてありがとね、サイファー」
「ホントはもっと来てえんだけど、今、ちょうど組織編成が変わったばっかでな」
そう言ったサイファーは不意に真顔になって、真っ直ぐにわたしを見た。
「…だけどリノア、必要なときは遠慮なく呼べよ。俺は一応お前の騎士で、それが最優先なんだからな」
こんなふうに離れて暮らしているのは、確かに、あんまりいいことじゃない。
左手首のバングルは、わたしが変わらず魔女だってことを思い出させてくれる。
「ん、ありがと。…大丈夫。パパの具合が落ち着いたら、バラムに戻るつもりだし」
「親父さんによろしくな。それじゃ」
わたしにそう言ってから、サイファーは身をかがめて、スーの柔らかな頬に「またな」とキスした。
スーはサイファーが帰った後もずっと、キスされたほっぺを押さえて呆然としていた。
サイファーがスーを可愛がってくれるのは嬉しいけど、これ…大丈夫なのかなぁ?
最後まで読んでくださったかた、どうもありがとうございます…。
リノアが歳の割にちょっと落ち着き過ぎな気もしますが、お母さんだとこんなかんじかな、と。
娘スコールはスコールよりやや濃いめのブラウンの髪に、青い目で想像してます。
リアリティの無い幼児ですみません。身近に居ないので、適当です。
青い目あり得なくね?とか言うツッコミもファンタジーなのでスルーです。ファンタジー万歳!
まだ続きます…。次からいきなり15歳になった娘スコールの一人称になります。
よろしかったら、また後日お付き合いください!