「ったく。俺は、お前の恋人だろーが!」
スコールはそれこそ、何を言われてるのか解らない、って顔で、目をぱちぱち瞬きした。
ベッドに横たわったスコールは、それっきり黙り込んだ。
枕の上から…俺を、じーっと見つめたままで。
…。
…。
…何とか言えよ。こっちが気まずいじゃねーか。
「聞こえたか?」
「聞こえてる」
「意味、分かったか?」
一応確認すると、スコールはなんだかぼうっとした顔で、そうなのか、と呟いた。
…それだけ? それだけか?
驚くとか、否定するとか、ねえのかよ。
思わぬ反応に、俺のほうが焦る。
「そうなのか」って何だよ。
それでいいのかしっかりしろ!
俺が心の中で叱咤激励しているとも知らず、スコールはふいと目を反らした。
「…あんた、…俺のこと、好きだったのか?」
な…。ちょっと待て。
顔をそむけたスコールの頬が、かすかに赤みを帯びている。
一体なんだこの展開…?
にわかに動悸がして、じわり、と脇に変な汗が浮いてくる。
「…違うのか?」
スコールが不安そうに視線を上げた。
薄蒼い目が揺れて、俺に返事を促す。
「ち…違わねーよ」
とりあえず…付き合ってるって設定だもんな。
上擦った声で答えるが、スコールは納得しない様子で、なおも俺を見つめてくる。
いつものスツールなのに、妙に座り心地が悪く感じて、俺は落ち着きなく視線をさまよわせた。
「…」
なんだよ。まだ説明が足りねえってか?
「いや、その、お前…いつもは、そんなふうに正面切って訊いて来ねえから」
不自然な態度についてなんとか釈明すると、スコールはひとつ息をついた。
「…そうか。良かった。好きでも無いのに、付き合ってるのかと思った」
…「良かった」??
それっきり、また黙り込んで、枕の上からじーっと俺を見てきやがる。
さっきから何なんだ…。いったい何言やいーんだよ!
「んなわけねえ。その…好きに…決まってっだろ」
喉につかえそうな言葉を無理に捻りだすと、急速に顔が火照ってくる。
クソ。お前が恥ずかしがらねーと、こっちがこっ恥ずかしいじゃねーかよ…。
それらしく聞こえたのかは不明だが、薄赤かったスコールの頬にも、さらに血の気が差していく。
「…そうか」
伏せた睫毛の影が妙に色っぽくて、俺が訳も無くドギマギして目を反らすと…
「俺、…あんたのこと好きだったんだな」
な…
納得すんのかそこで!?
俺の内心の驚愕をよそに、スコールは思考を整理するように、長い指で自分の眉間を押さえた。
「あんたの事がいつも…何か引っかかるから、何なんだろうって、自分でも良く解らなかったんだ」
ため息をついて、スコールは俺を見上げる。
どこかはにかんだような、親しげな眼差しを向けられて、こっちの脈拍が跳ね上がる。
「俺、まだ、…眩暈がするから、もう少し寝る」
「お、おう」
「また後で…いろいろ、話を聞かせてくれ」
スコールはずり落ちた上掛けを引っ張り上げて、目を閉じた。
なんの疑いもない、安らかな表情…。
(俺、…あんたのこと好きだったんだな)
さっきの信じられねえ台詞が、まだ耳の奥に残っている。
お前…マジで、俺でいいのかよ…。
こんな、滅茶苦茶な話を鵜呑みにしやがって。
この調子で三日過ごして、「ネタでした」って言うのか?
想像しただけで、嫌な汗が手のひらに滲んだ。
…駄目だ。
いつもの「こっちはあんたに用は無い」って顔のスコールなら何とでも言えるが、さっきのスコールに、そんなこと言えねえ…。
この計画は失敗だ。
こんな騙し方…するつもりじゃなかった。
かすかに寝息を立てている、スコールの無心な寝顔を眺めて、俺は悟った。
この話は、もう…嘘には出来ねえ。
* * * * *
「企画は中止だ」
委員会室にメンバーを緊急招集し、俺が宣言すると、セルフィが不満の声を上げた。
「え~~!? なんで~!? どうして~!?」
「な~んだ。もうバレたのかよ、やっぱりなぁ」
「いや」
ほっとして満面の笑みを浮かべたチキン野郎の感想を遮って、俺は恐ろしい結果を報告した。
「逆だ。アイツ…すっかり信じちまった」
キスティスが怪訝そうに訊き返して来る。
「…え? あなたが恋人だって、すんなり?」
「…すんなり」
「えー? 何の抵抗も無く??」
セルフィも不思議そうに小首を傾げるが、事実なんだからしょうがねえ。
「…ああ。『そうなのか』っつって、それっきり」
「それっきり…?」
「それっきりって…どういうことだよ」
ヘタレとチキンが声を合わせて、俺に説明を促す。
「だから…その、…恋人だって信じて、まあ…それなりに過ごしてるっつーか…」
説明しにくい現状に、俺は語尾を濁す。
当然あるべきオチというか結論というか、そういうものを待って全員が沈黙したが、特に付け加える点もなく、俺も一緒に黙り込んだ。
「へ…? そんでこの先どーすんだ??」
チキンが、続きはまだかって顔で確認してくる。
「…だから、まあ…続けるしかねーかって…」
「続けるって…」
チキン野郎はぴんと来ねえが、他の連中は俺の歯切れの悪い言葉から、大体見当をつけたらしい。
「えええ?」
「ウッソ…」
「ありゃりゃ。ホントに~?」
ヘタレが肩をすくめたところで、さすがの鈍いチキン野郎も「まさか」と目を剥いた。
「ま、その…そーゆー訳だから、な」
「…聞こえねーな」
「嘘つけ。聞こえただろ」
「いーや聞こえねえ。オレには聞こえねーよ!!」
うがあ! とチキン野郎が頭をかきむしる。
「しょーがねーだろが! そういう流れになっちまったんだよ!」
「あんた流され過ぎだろ! 『俺様がスコールに手え出すわきゃねぇ』とか言ってたクセに!」
「うっせーな! とにかくもう今更『ウソでした』とか言えねー雰囲気なんだよ! 察しろよ!」
「いんやオレは認めねえ! 反対だ!」
チキン野郎が机を叩いて身を乗り出したとき、スライドドアが開いた。
「…なんだ、皆揃って…? 会議だったのか?」
顔を覗かせたスコールが、不思議そうに室内を見渡す。
「ゼル、何が反対なんだ?」
「い。いやその…その…。…………何でもねえ」
これはこれでややこしいことになりましたけど…。
で、すっかり信じてしまったスコールが、或る夜、悩んだあげくサイファーの部屋を訪れます。
コンコン、とノックの音がした。
「サイファー? …入っていいか?」
「…おう」
俺はベッドから身を起こし、ルームライトを点けた。
うつむき気味に、部屋に入って来たパジャマ姿のスコールが、ドアを閉めた。
いったい何の用だ…?
さっきふたりでぎこちなく、互いの頬におやすみのキスをしたばかりだってのに。
「…どうした?」
「…」
上掛けを除けて、ベッドサイドに足を下ろす。
わざわざ部屋まで来ておいて、用件を切り出さない相手を見あげた。
「…スコール?」
その深刻な表情に、ドキリとする。
俺、…やっぱり、あんたとは付き合えない。
そう言われる気がして身構える。
そう言われたら、俺は何て返せばいいんだ?
「……すごく、言いにくいことなんだが」
「…なんだ?」
口の中が乾いて、無意識に唾液を飲み込む。
嫌だ。
スコールを手放したくねえ。
自分でも驚くほど強く、そう思った。
「その…」
「…どうした?」
努めて穏やかな声で尋ねながら立ち上がり、さり気なく近づく。
恋人らしい仕草で身体を寄せ、髪を撫でてやると、スコールは意を決したように口を開いた。
「……その、あんたさえ良かったら、今夜……とめてくれないか」
「とめる?」
「…だから、その…、…覚えていないんだが…」
スコールは、いかにも気まずそうに、聞き取れないほど小さな声で続けた。
「…きっと、ときどきは…一緒に寝てたんだろ?」
何の話だ、と一瞬考えたところで、スコールが後ろ手に持っている紙袋に気付いた。
これは…アレだ。俺がスコールのベッドサイドのチェストに入れた…
カーッと頭に血が上った。
「お前…、な、」
何持って来てんだよ!? と叫ぶのは辛うじて飲み込んだ。
見ていた地図が逆さまだったみてえに、いつの間にか、俺は全く真逆の窮地に立たされている。
俺が理解したのを察して、スコールは頬を赤く染めて俯く。
「笑わないでくれ。…不安なんだ」
「な……なにが…?」
訊き返す声が、情けなくも掠れた。
笑うような余裕があるかよ。
ふたりきりの部屋。俺を恋人だって、信じてるスコール。
背後には暖まったベッド。
スコールが持っている紙袋の中には、もっと露骨な必需品が入っている。
「だから…その、してたはずのことが…どうしても出来る気がしなくて」
そりゃそーだろ。当然だ。
実際、一度たりともヤッたことなんざねーんだから。
俺は焦って、心細げなスコールの額に唇を押し当てた。
「そんなこと…心配すんな。俺も、何も今すぐって思ってねぇし」
もう一度傷跡にキスして、今はこれで十分ってフリをしてみせるが、スコールの表情は晴れなかった。
「でも、…してたんだろ?」
…してねえとは言えねえ。
スコールのチェストに物証を入れたのはこの俺だ…。
自分の仕掛けた罠にまんまと嵌って、俺は歯切れの悪い返事を返す。
「…そりゃ、まぁ…」
「…いつかは、するんだろ?」
「だからって、そんなに無理することねぇだろ。お前にとっちゃ、まだ初めても同然の話なんだし…」
いったい誰だよテメエ!
と自分でツッコミたくなる紳士な台詞を吐きながら、俺は早まるスコールを落ち着かせようと、つむじの辺りにもキスを落とす。
「無理じゃなくて…こんなことでくよくよしてるのが嫌になって…」
「…」
お前…そんなに思い詰めてたのかよ。
お堅いスコールが、俺とのどんな行為を想像していたのかと思うだけで、気が遠くなる…。
「だから、こういう言い方は酷いけど、つまり…早く…済ませてしまいたいんだ」
「スコール、」
「あんたは…嫌か? 今の俺じゃ…その気になれないか?」
「んなわけねーけど…」
「サイファー、抱いて欲しいんだ…頼むから」
…マジで、息が止まった。
返事なんか出来ねえ。
あのクソ生意気なスコールが…そんなこと言うのかよ。
そのうえ耳まで赤くして、俺の目の前でうなだれている。
黙っている俺をどう思ったのか、スコールは震える手で、俺の手を取った。
「…駄目か? 俺、今夜断られたら、こんな話…もう一回する勇気ない…」
頭がクラクラする。スコールお前…、こんなの無ぇだろ。
ぎゅう、と握り締められた手に…逃げ道を探す気力が、完全に失せた。降参だ。
もう知るか!
いったいこれをどうやって断れってんだ!
「スコール。…ホントにいいんだな?」
前提に誤解があるのを承知で囁くと、スコールはうつむいたまま、わずかに頷く。
その顎を掬い上げると、こちらに向いた両目がはっと見開かれ…すぐにぎゅっと閉じた。
もう後戻りは出来ねえ。
…どのみち、騙し続けるつもりなら、確かにいつかはこうなっただろう。
卑怯なのは分かってる。
せめて、出来る限り…優しくしてやりたい。
細かく震えている肩を抱き、明け渡された唇に、俺はゆっくりと唇を重ねた。
…という成り行きで、大変に素晴らしい一夜を過ごした翌朝、スコールの記憶が戻るといいなぁ。
この時点で新たに「One and Only」にカブってるのが我ながらどんだけお約束だけで話作ってんのっていうね!
相変わらず餡無きまんじゅうが如き作文ですみません。
こんなところまでお付き合いくださった方、もしいらっしゃればの話ですが…ホントに嬉しいです。
どうもありがとうございました!