※「バラムで雨が降ってても」のサイファー視点版です。出来れば前作からご覧ください。


世界のどこかは晴れている

 子どもの頃、星を見るのが好きだったのはスコールだ。
 突然エルオーネが姿を消して、スコールは塞ぎ込んでいた。
 それをママ先生が、「ほら、あのお星さま、綺麗ね。エルも何処かで見ているかもしれないわね」
なんて言って慰めたもんだから、スコールは星を眺め、月を眺め、虹を眺めてはエルのことを想う
幼少期を過ごした。
 実際、エスタとトラビアの間には厳然たる時差が存在し、スコールがどんなに一心に星を見つめても、同じ夜に同じ星をエルが見上げるなんざ有り得ねえ話だったのだが。

 俺は窓越しに、黒く陰った夜空を見上げる。雨が戸外の草木を打つ音が、さざ波のように聞こえる。
「どうも晴れそうもねえな、今夜は。せっかく七夕なのによ」
「…あんた、そんなこと気にしてたのか」
 ソファで雑誌をめくっていたスコールが、呆れたように顔を上げた。
 毎日エルに焦がれて暮らしていた幼いスコールが、離れ離れのベガとアルタイルに同情するのは
自然な流れだったが、当の本人は、七夕の夜、しきりと天気を気にかけていた昔のことなど、まったく
覚えていないのだろう。
 俺は窓に目を戻した。大粒の雨が、ガラスの向こうに白く光る。
「だって、一年に一度っきりしか会えねーんだろ。気の毒じゃねえか」

(…ずっと、このまま雨なのかなぁ)
 カーテンを引き、暗い外を眺める小さなスコールを、俺はうまく励ましてやることが出来なかった。
(…こんなに降ってんのに、止むわけねーだろ。早く寝ろよ)
 待ち続けても、星を見ることが出来ないのは明らかだ。
 それでも待っているスコールを見るのが嫌で、イラついた言葉を返してしまった。
 スコールは悲しそうに顔をゆがめ、しかし何も言わず、カーテンを閉じた。
 ついこの間までキスティスが寝ていたベッドに、黙りこくって戻っていく姿を覚えている。

 そういう日々の蓄積の果てに何かを悟ったのか、いまやスコールは徹底したリアリストに成長した。
「天気予報、見なかったのか。今夜は雨だ」
 実にドライなお返事だな、と俺は苦笑して、暗闇に目を凝らす。
「見たけどよ。年に一回のことなんだし、ちょっとぐらい雲が切れたっていいと思わねえ?」
 俺は過去の夜のことを覚えている。未来の夜のことも考えている。
 お前は何も覚えていないし、今夜のことだって、いつかは忘れてしまうのだろう。
 それでも俺に力があれば、七夕にはいつも、お前に星空を見せてやりたいと思う。
 窓辺から動かない俺に、スコールがちいさくため息をつくのが聞こえた。
「そもそも、七夕の前提がおかしいだろ」
 ごもっとも。
 そう片づけたのかと思いきや、スコールは淡々とした調子で、続けて言った。
「…バラムで雨が降ってても、世界のどこかは晴れてるんだから」
 俺は窓に向かったまま、何回か瞬きした。
 その通り。
 スコールの言葉は正しい。
 そうだ。
 …俺も、あの幼い日に、お前にそう言ってやれば良かったんだ。
 淡い悔恨と驚きの入り混じった甘苦い気持ちで、俺は窓辺から振り返った。
「お前…、それ、慰めてくれてんの?」
 スコールは、ばつの悪い顔で雑誌に視線を落とす。
「…別に。事実を言ったまでだ」
 気まずそうな声音は、当たりの証拠だ。
「そうだな、事実だな」
 ベガのことはアルタイルに任せ、俺はカーテンを閉めてソファに戻り、自分の恋人を抱きしめた。
 付き合って半年も経つのに、スコールは俺に抱かれると、未だに少し緊張し、それから徐々に身体を預けてくる。
「なあ、それじゃ、きっと会えたよな?」 
「…あんたがそう思うんなら、そうなんだろ」
 素っ気ない返事の底に、スコールの本音がある。
 スコールは…ベガでもアルタイルでもなく、俺のことを考えている。
 耳にキスを落とすと、スコールの呼吸が変わって、背中に腕が巻きつく。
 その反応で、さっきからずっと俺を待っていたのだと気づき、愛おしさに笑みがこぼれた。
 スコールは今、俺のことを考えているんだ。
 …遠くにいる誰かじゃなく、この俺のことを。
 世界のどこかは晴れている。
 俺のための、その言葉ひとつで、俺の世界のどこかに晴れ間が生まれ、星が光るのを感じた。
 ソファの上で、ゆっくりと身体を重ねる。
 特に苦情が出ないところをみると、今夜はここでもいいらしい。
 星を見せてやれない代わりに、その閉じた瞼にひとつずつ、キスを落とした。
「サイファー…」
 目を閉じたスコールが俺を呼んだ。…窓の外の雨音が遠くなった。



 2013.7.6 / 世界のどこかは晴れている / END