バラムで雨が降ってても

「どうも晴れそうもねえな、今夜は」
 せっかく七夕なのによ、とサイファーは、窓の外を見上げて言った。
「…あんた、そんなこと気にしてたのか」
 ソファに居た俺は、思わず雑誌をめくっていた手を止めた。
 こうして一緒の部屋に暮らしていても、彼には未だに驚かされることがある。
「だって、一年に一度っきりしか会えねーんだろ。気の毒じゃねえか」
 窓に貼りつくようにして、星の無い夜空を見つめている。
 …まさか本気で信じてるわけでもないだろうが、ずいぶんがっかりしてるみたいだ。
 そういうところは、なんとなく羨ましくなるときもある。
 彼の緑の目を通して見る世界は、俺が見ているそれよりも、ずっと美しいのかもしれないと思う。
「天気予報、見なかったのか。今夜は雨だ」
「見たけどよ。年に一回のことなんだし、ちょっとぐらい雲が切れたっていいと思わねえ?」
 晴れたら晴れたで、きっと素直に喜んだんだろうな。
 そう考えると、何とも思っていなかった今夜の雨も、少しばかり残念な気がしたが、
 それをストレートに言えるほど、俺は素直な人間じゃない。
「そもそも、七夕の前提がおかしいだろ。バラムで雨が降ってても、世界のどこかは晴れてるんだから」
 素っ気なく聞こえるはずの俺の発言に、サイファーは、窓辺からゆっくり振り返った。
「お前…、それ、慰めてくれてんの?」
「…別に。事実を言ったまでだ」
 今ので、どうしてそう通じるのだろう。俺は読みかけの雑誌に視線を落とした。
「そうだな、事実だな」
 サイファーは笑って、ソファまで俺を抱き締めに戻って来た。
「なあ、それじゃ、きっと会えたよな?」
 俺を抱きかかえたサイファーが、耳元に囁いてくる。雑誌が俺の手から離れて、床に落ちる。
「あんたがそう思うんなら、そうなんだろ」
 耳にキスしてくるサイファーの背中に、そっと手を回す。
 サイファーがそのまま、ゆっくりと覆いかぶさって来る。
 狭いソファの上で押し倒されて、体が重なる。
 俺は正直、おとぎばなしのふたりが会えようが会えまいが、

 そんなことはどうでもいいんだ。



 2012.7.8 / バラムで雨が降ってても / END