※スコールがサイファー以外の男とガチで付き合っています。苦手な方はbackしてください。また、ベッドがスキップしきれていませんが、努めて漠然と描写しておりますのでお許しください。




コーヒー以前の問題

 その噂を聞いたのは冬、スコールが指揮官の任を解かれて間もなくの頃だった。名指しされた相手は、現役SeeDのなかでも、つまんねえ順から数えた方が早いような男。眉唾モノのその話の最後には必ず「嘘みたいだけど、ホントらしい」と締めの文句がついていて、どいつもこいつもそれを信じているらしかった。
 ある夕方、訓練施設の通路で、ひとりきりのスコールと行き会った俺は、冗談半分で声を掛けた。
「よう、スコール。最近めでてえ話を聞くじゃねーか」
 スコールは「嫌な奴に会ったな」という顔をして、素早く視線を反らした。
「どうなんだ? カレシは優しくしてくれるのか、え?」
 そのまま無言で行き過ぎようとする奴のジャケットの腕を掴んだ。
「んだよ、シカトすんじゃねえ。まさか、本当に野郎と付き合ってるとか言うんじゃねーだろうな?」
 スコールは小さくため息をついて、仕方なさそうに答えた。
「…本当だ」
 俺は、耳を疑った。一瞬、目の前が暗くなった。
「ウソだろ。…お前、そんな趣味があったのか。気色悪りい」
 後頭部を思い切りぶん殴られたようなショックだった。
 わざわざ問い質してはみたが、俺は本心では、スコールが認めるとは露ほども思ってなかったのだ。このプライドの高いスコールが、そんな関係を受け入れるなんて…俺には信じられなかった。
「…あんたには関係ない」
 スコールは微かに不快そうな表情を浮かべて冷たくそう言い放ち、俺の腕を振りほどいた。
 カッと腹の底に燃えるような怒りが湧き、「待ちやがれ、テメエ!」と怒鳴ったが、「俺が誰と付き合おうと俺の勝手だ」と静かに言われればそのとおりだった。
「けっ。お前、とんだ変態野郎だったんだな。…見損なったぜ」
 軽蔑をあらわにして、汚いものを見る目で睨みつけてやっても、スコールは動じなかった。俺の顔をただ一瞥して、言い返すこともせず、大股に施設を出て行った。
 猛烈に気分が悪かった。
 後ろ姿を見送りながら、いっそ殺してやりたいと思った。

 それから半年ほどして、噂の相手が任務でミスを犯し、大怪我をした。一命は取り留めたが、もはや戦える身体ではなく、SeeDを辞めて故郷へ帰っていった。引退を余儀なくされるケースとしちゃ、これはまだマシなほうだ。正直言って、俺は胸糞悪い奴のツラを見ずにすむようになって、非常にすがすがしかった。
 スコールは別段落胆したふうもなく、淡々と任務をこなしていたが、次の恋人にと志願した連中は、男女問わず、にべもなく断られていると聞いた。

 そして今夜遅く、スコールが不意に俺の部屋を訪ねて来た。
 かつてないことだ。インタフォンから聞こえた声に、まさかと思った。
 何事が起きたのかとドアを開けるなり、鼻先にファイルを突きつけられた。次の任務で使う資料を、俺はうっかり会議室に忘れたらしい。明日必要なものかもしれないと思ったから、とスコールは目を伏せてぼそぼそと呟き、すぐさま立ち去ろうとしたが、強引に部屋に招き入れた。
 奇妙な話だが、俺は自分が何をしようとしているのか、最初は良く分からなかった。明らかに不審そうなスコールが、それでも俺のテリトリーの中に入り、俺が促すままにベッドに腰掛けると、ラフなTシャツから覗く白い首元が、妙に甘そうに見えた。
 欲しい、と思った後の葛藤は短かった。むしろ、今日まで気付かなかった方が不思議だった。あの凡庸な男と付き合ってると聞いた日から、俺は本当はそうしたかったんだ。
 最初は激しく抵抗された。それでも何とか力任せに押さえこみ、衝動のままにキスを繰り返した。しなやかな身体を組み敷くと、無意識に抑えていた征服欲が膨れ上がった。

 俺がどうしてもやる気だと悟ると、驚いたことに、スコールは途中からあきらめて協力してくれた。いくつかうるさい注文をつけて来たが、ベッドでのスコールは凄まじく色っぽかった。
 俺は夢中になった。今まで経験してきたアレとは、まるで別物だった。俺の動きでスコールが呻くたびにたまらなく興奮し、有無を言わさぬ大きなうねりに支配されて、俺は行為に没頭した。
 嵐の海に揺られているような、初めての感覚。
 腕に抱いたスコールのほかには、何も考えられなかった。

 * * * * *

 結局無理を言って強引に2回目も付き合わせ、満ち足りた俺はようやく人心地がついた。
 我に返ってみれば俺もスコールも汗だくで、俺はエアコンの設定温度を下げ、汗やらなにやらで汚れた辺りを拭いた。
 スコールは点けた明かりが眩しいのか、シーツにくるまって横たわり、腕で顔を覆っている。息も絶え絶えって風情だ。これじゃ、シャワールームまで行くのも無理だろう。
 放り出してあった下着を着けて洗面所まで行き、タオルを絞って戻って来ると、奴はまだ仰向けに転がっていた。
 濡れたタオルを素肌に当てても抗わず、大人しく俺に拭かれるに任せる。綺麗になった足に下着を履かせてやろうとすると、流石に嫌だったのか、「自分で出来る」と怒った顔で俺の手からそれを取り返し、上掛けを被った。
 布団の中でもぞもぞと下着を履きかけているスコールに、ずっと胸の奥に燻っていたことを訊いた。
「なあ。…なんであんな奴と付き合ってたんだ、お前」
 スコールは答えず、逆に訊き返してきた。
「あんたこそ、一体どうしたんだ、いきなり。俺みたいなヤツは、気色悪いんじゃなかったのか」
「スコール。先に俺の質問に答えろよ」
 はぐらかそうとする態度にむかっ腹が立った。
 事の流れからすると、奴の疑問のほうが理があるような気もするが…ともかく、俺はこの半年というもの、それがどうしても納得行かずにイライラさせられてたんだ。
 俺の不機嫌な態度に、スコールは軽くため息をつく。
「別に。…ちょうど試しに誰かと付き合ってみようと思ってたときだったし、知ってる人だったから」
 ……何だとぉ?
「お前なぁ、『試しに』って何だよ!」
「……」
「それに、告白してくる奴のなかに知り合いぐらい、他にも居ただろ!」
 もっと普通に女とかで! と喚きたかったが、たった今自分のやったことを思うと言えなかった。
 だけど、俺だけの責任じゃねえ。
 そもそもお前が、これみよがしに男なんかと付き合うから、こういうことになったんだろーが。
「なあ、何かおかしくないか? 何で俺がこんなに怒られるんだ?」
 スコールが再びぼやき混じりに聞いてくるが、まだ俺の問題は片付いちゃいねえ。
「いいから、答えろって」
 奴はゆっくりと寝がえりを打ってうつ伏せになり、シーツの上に腕を組み、尖った顎を乗せる。
 今までそんな目で見たことは無かったが、こうして見ると、裸の肩のラインがひどくセクシーだ。
「確かに、他にも顔見知りぐらい居たけど…俺のこと、ほとんど知らない奴ばっかりだった」
「馬鹿言うな。言い寄ってきて、知らないワケねーだろが」
「本当だ。誤解してるから言い寄って来るとも言えるな」
 やたらと空々しいお世辞ばっかり言って来て、気持ち悪い、と続けたスコールは、どうも本気で言っているようだが…、そりゃ、お前に惚れて口説きに来るんだから、褒めるだろ。
「あいつは違ったのか」
「うるさくなかった。昔、同室になったことがあったけど、静かで」
 なんだそりゃ。単に口下手だってだけじゃねーか。
「それだけの理由なのかよ」
「まあな。付き合ってみたら、良い奴だったし」
「お前が気に入るような良い奴って、どういう基準だよ」
 苛立ちを解決するつもりで訊いてるのに、ますますイライラしてきやがる。
「基準って言うか…。俺がコーヒーを飲みたいって言うと、淹れてくれたんだ、いつも」
 …………マジか。
 スコールの少し嬉しそうな言い方にも、そのしょーもない内容にも、眩暈がするほどイラッと来た。
「お前、バカじゃねーのか」
「なにが」
「コーヒーぐらい、俺だって淹れてやる」
 マジで、たったそれだけか。
 それだけのことであの男は、半年もお前の恋人だったのか。
「…サイファー?」
 スコールの呼ぶ声を無視して、俺はムカムカしながらベッドから抜けだした。分かってるぜ。とっくに別れ終わった男に嫉妬したってしょうがねえ。
 しょうがねえけど、どうしようもなく腹が立っちまう。
 そうだ。俺は初めっから妬いてたんだ、クソ。

 マグカップをひとつだけ持ってキッチンから戻ると、スコールはベッドの上で身を起こし、Tシャツの袖を通し終えたところだった。
 俺が湯気の立つカップを突きつけると、奴は半信半疑の表情で、それを受け取った。
 警戒しながら、ひとくち飲む。長い睫毛でぱちぱちと瞬きする。
 それから、黙ってしばらくカップを傾け、俺の一連の行動の意味を検討した末に、到底信じがたい、という口調で訊いてきた。
「あんた、まさかとは思うが……もしかして、俺と付き合いたいのか」
 俺は、むくれた顔のまま、沈黙で肯定した。
 スコールは不思議な飲み物でも飲むように俺の淹れたコーヒーを啜り、さらに考え込んだ。
 俺もベッドに上がった。ベッドヘッドに凭れて、大の男二人が並んで座っているのは妙な感じだ。
「…で、どうなんだよ」
 どういう返事が来るのか、まったく読めねえ。
 よくもそんな図々しいことが言えるな、と厭味で返されるのか、厳しく理由を追及してくるのか、それとも、鼻で笑われて終わるのか。
 俺は身構えて待った。
 長考の末、スコールのコメントは、そのどれでも無かった。
「…あんたの淹れるコーヒーの方が、美味しい」
「…じゃ、合格か?」
 柄にもなく、胸が高鳴る。
 こんなに俺に都合よく話が進むなんてにわかには信じられねえが、スコールは否定せず、マグの中に視線を落としたまま再び口を開いた。
「……コーヒーよりも、前のことだけど」
「あ?」
「次から、もう少し穏便にしてくれ」
 漠然とした表現に戸惑ったが、「コーヒーよりも前のこと」が何を指しているのかを理解すると、くらりと頭がのぼせた。
 そうか。次があんのか。っつーかお前、マジで次もヤッていいのか? 穏便に。…穏便にな。
「…おう。努力する」
 そう答えるそばから、ついさっき満足したはずの下半身が甘く疼きはじめて、俺は眉をしかめる。
 いくらなんでも、このタイミングでもう一回はマズいだろ…。
 たった今、釘を刺されたばっかりじゃねーか。
 奴はそんな俺の苦悩に気付かず、コーヒーを飲み終えると、そのまま俺の隣で布団にもぐりこんだ。
 ひとつきりの枕を独占し、具合を確かめているところをみると、どうやらここで眠るつもりらしい。
「なあ」
「なんだ」
 いかにも面倒臭そうに、スコールが返事をする。
「お前、その…、もう、俺の…恋人ってことでいいのか?」
 何故か弱気になってしまう俺を、スコールは呆れたような目で睨んだ。
「努力するんじゃなかったのか」
「いや、するけどよ…」
「今日はもう疲れたから寝る」
 スコールは目を閉じ、あんた、ホントに全然気が付いて無かったんだな、としみじみと呟くので、何が、と訊いた。
「俺、ずっと好きな奴が居たんだ。…嫌われてるんだと思ってた」
 それで? と続きを促すと、目を閉じたまま、スコールは声を上げて笑いだした。
「それだけの話だ。…本当にくたびれた。おやすみ」
 …訳分かんねえ。
 コイツの話にオチがないのは珍しくも無いが、声に出して笑うなんざ、ここ数年見た覚えがねえ。
 それにしてもお前、こんなにあっさり俺のものになっちまっていいのかよ。
 何だか騙されてる気がして、心の中でそう尋ね、さらさらの焦げ茶の髪をそっと指先で掬ってみる。
 確かにそうとう疲れたんだろう、スコールはもう自分のベッドのような顔をして、すうすう寝息を立てている。



2012.7.26 / コーヒー以前の問題 / END

 猫を拾ってきた初日みたいな、ほのぼのした雰囲気の話を書きたい。そんな予定で書きはじめたはずなんです…。脱線を繰り返すうちに頭が煮えてきて、出来上がってみると全く違う話になってしまいました。
 結局、スコールが照れながらパンツを履いてるところを書きたかっただけなのかもしれない…。
 最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございます。
 よろしかったら是非、下のリンクからスコール編にもお付き合いください。