Brilliant Tears : 1

 「家具、どうするんだ?」
 興味無さそうな声でスコールが訊く。
「向こうで揃えようかとも思ったが、総務に聞いたら3割で売ってくれるって言うからよ」
 金ねーし、持ってけるもんは持ってく、と答えると、やっぱり興味無さそうな声で「そうか」と返ってきた。
 あんまり物を溜めこまねえよう心がけてるつもりなんだが、いつの間にか増えちまうんだよな。
「なあ、お前、こん中で要るもんあるか?」
 衣類、音楽ディスク、文庫本の類のうち、持っていかないと決めたものを部屋から運び出し、リビングのラグの上に積み上げると、結構な山になった。
 その山頂を一瞥して、スコールは首を横に振った。
「いや無い」
「即答かよ」
 それなりに掘り出し物もあると思うのに、スコールは見向きもしねえ。
「他に欲しがる奴が居るだろう」
「そうだな。ついでに要らんもんは処分しといてもらうか」
「…あんた、あれ忘れてる」
「あ?」
 スコールが指さしているのは、テーブルヤシの鉢植えだった。
 このリビングルームの一角に、すっかり馴染んでいる。
 監視官付きのこの部屋に移って間もない頃、俺が気まぐれで買って来たものだが、二年の月日が巡ってみると、給水係はスコールに変わっていた。
 新芽も出て一回り大きくなったからと、スコールが植替えをしたばかりだ。
「もう、ほとんどお前のだろ。置いてく」
「…うっかり、枯らすかもしれない」
 目を伏せるスコールの真意は分からない。
「邪魔だから持ってけってか?」
 俺がそう訊くと、奴はちょっとムッとした顔になった。
「そうじゃない。置いてくなら、これはもう俺のだからな」
 …やっぱり気に入ってんじゃねーか。はっきりそう言えばいいのによ。
「おう。煮るなり好きにしろ」
「わかった」
 スコールは無表情に頷く。
「そういやお前、今夜来ねえの?」
 仲間内で、俺の送別会を開いてくれることになってるが、スケジュール画面で見たスコールの回答は「欠席」だった。
「来週の依頼で、面倒な案件がある。夕方に続報が入るから、それも踏まえて検討したいんだ」
 スコールは、細長いヤシの葉を見つめ、手を伸ばしてそっと撫でた。

* * * * *

「んじゃ~、もとはんちょの前途を祝して~え、カンパーイ!」
「かんぱーい!」
「あーい」
 バラム市内の安居酒屋のテーブルの上、がちゃがちゃとジョッキがぶつかる。送別会、なんて言ってもいつもの腐れ縁のメンバーだから、何もかも適当だ。
「やっとご卒業おめでと~!」
 幹事のセルフィは、さっそく口の周りにヒゲみてーに白い泡をくっつけてやがる。
「『やっと』は余計だ」
 俺はSeeDになった後も、保護監察の年季が明けるまではガーデン預かりにされた。
 同期どころか、一個下のこいつらよりも遅い卒業になっちまった。
「ほんっと助かるぜ。サイファーが生徒っての、やりづれーったらねーもん」
「お前みてえなヒヨコが教師って方に無理があんだろ」
 一般SeeDとして何度か実習を手伝ってやったのに、チキン野郎は恩知らずな口を聞いてきやがる。
 まあ、初々しいセンセーぶりを俺がニヤニヤ見物してたせいか、テンパッて噛みまくってたけどな。
「…あんたこそ、就職先で上手くやれんのかよ? 軍なんて、がっちがちの組織だろ?」
「しょーがねーだろ。他に引き取り手が無えんだからよ」
「でも、幹部候補でしょ~お?」
 テーブルに並んだ料理を、自分の皿に山盛りに取り分けながら、セルフィが口を挟む。
 軍っつっても、元ガ軍の末端の上に、にわか閣僚が乗っかった急ごしらえのシロモンだし。
「ま、実力からすりゃ当然だ。…コラ、選り好みしてんじゃねえ!」
「いってえ!」
 大皿のサラダを、犬みてえにトングで掘り返してるチキン野郎の頭をひとつはたいてやる。
「周りは苦労しそうね」
 苦笑するキスティスのグラスに、アーヴァインがビールを注ぎ足す。
「でも…何か不思議だよね。僕、何となくサイファーはガーデンに残るかと思ってたよ」
「…何で」
 俺はそんなに、ガーデンに未練のある顔をしてんのか。
「やだな、なんで怒るのさ」
 俺の眼付きが険しかったのか、ロックグラスを手渡しながら、奴はへらりと笑った。
「何でだろうね。僕たち一度はバラバラになったのに、また皆一緒に暮らすようになったじゃない?」
 だから何となくね、とアーヴァインは自分のグラスを傾ける。
「なーんか僕たちって、大きな家族みたいだなって。パパママ先生とは別居になっちゃったけどさ~」
「あら、素敵。じゃ、わたしたち、みんな兄弟姉妹ってこと?」
 キスティスが目を細めた。
「だけど…あの泣き虫のスコールが、俺らのリーダーってなんか笑えるよな」
 チキン野郎が、この場にスコールが居たら絶対言わねえようなことを言って、へへへ、と笑う。
 あの戦争が終わり、シドのオッサンが「スコール君、後を頼みますよ」の一言を残して、イデアと隠居生活に入っちまってからこっち、バラムガーデンの実務を取り仕切ってるのはスコールだ。
 今のところ、肩書は学園長代理だが、遠からず本当に学園長になるだろう。
 つーかむしろ、ならざるを得ないって流れに、悟った顔で流されている。
「え~、それ、ゼルが言う~? 自分だって泣いてばっかだったじゃん!」
「スコールほどじゃねーよ! 大体、あれはサイファーが…」
 セルフィとゼルのガキっぽい会話を聞きながら、俺はグラスの中味をひと口含んだ。
 このぎゃあぎゃあうるせえ連中とも、当分お別れだな。
 ゼルやキスティスはともかく、セルフィやアーヴァインはバラムから出ていくかと思ったが、運営を手伝う形で、こうしてガーデンに残った。
 俺も少しは考えたが…スコールは、俺に残れとは言わなかった。

(サイファー、あんた、就職どうするんだ?)
 ある日、コミッションに提出するレポートを書きながら、スコールは俺に訊いて来た。
(何処でも、拾ってくれる軍がありゃ入るさ。贅沢言える身分じゃねーし)
(推薦状が欲しければ早めに言ってくれ。あんたのは、書くのに時間がかかりそうだ)
(へえ、お前、書いてくれんのか?)
 少し驚いたのを覚えている。
 これまでも総務に頼み込まれて何度か書いていたが、あーでもないこーでもないとPCの前で頭を捻り、次からは絶対断る、とぶつぶつ唱えてる姿を知っているだけに…自分からそんなことを言い出すとは思わなかった。
(…他に誰が書くんだ)
 あんたの推薦状なんか、と憎まれ口を叩いたスコールは、くるりとチェアを回して俺に背を向ける。
(妙に親切じゃねーかよ。俺を厄介払い出来んのが、そんなに嬉しいか)
 後ろからを腕を掛けて軽く首を絞めると、スコールはうるさそうに振り払った。
(どうせあんたは、教師って柄じゃないだろ。振り回される生徒が気の毒だ)
(ふん。…お前さあ)
(何だ)
(俺を手放して、惜しいことしたなって悔やむぜ、きっと)
 スコールは曖昧に笑った。
(…あんた、保証人も俺なんだからな。面倒起こして帰って来るなよ)
 スコールの推薦が効いたのか、俺はガルバディアから独立した小国の正規軍に採用が決まった。

「もう明日引っ越しでしょう? 部屋は片付いた?」
 キスティスが、俺の席から遠い皿を取って回してくれる。
「大体な」
 その皿から俺がひとつフライを取る隙に、横からセルフィがフォークで二つ三つとさらっていく。
「ねえ…スコールはんちょ、来ないね~」
「ま、初めっから来ねえっつってたしな」
 セルフィが寂しそうに嘆くのを、俺は努めて軽く受け流した。
「スコール、もっと僕らに仕事回してくれればいいのにね」
 アーヴァインのぼやきに、アルコールで顔を真っ赤にしたチキンは、不思議そうに首を捻った。
「だけどアイツが今やってんの、来週のアレだろぉ? オレ、あの案で行けると思うんだけどなぁ」
「…違うわよ、あれは」
 俺の隣で、キスティスが他の奴らには聞こえない、小さな声で呟いた。
「忙しくしてるのよ。……あの子らしいけどね」
 不可解なことを言って、酔ったキスティスはひとりで笑った。

* * * * *

 管理棟の部屋で、スコールはまだPC前に貼りついていた。
「ああ…帰ったのか。早かったな」
 扉を開けた俺に気付いて顔を上げたスコールは、またモニタに視線を戻す。
「明日起きれねーと困るからな。…お前、まだやってんのかよ」
 俺はキッチンに入って、冷蔵庫からミネラルウォータのペットボトルを取り出す。
「いや、終わったとこだ」
 スコールはPCの電源を落とし、軽く伸びをしてから、俺の手元にある水を見て顔をしかめた。
「あんた…またか。そのボトル、俺のだろ」
「いーじゃねーか、ひと口ぐらい。細けえな」
 潔癖なスコールは、俺が自分のボトルに口を付けて飲むのを嫌がる。
 効果が無いと分かってやめたが、いちいちボトルに「Squall」と書いてた時期もあったぐらいだ。
「まったく。あんたのソレ、とうとう最後まで治らなかったな」
 奴は不満そうにため息をついて、デスクチェアから立ちあがる。
 まあ、俺も分かってわざとやってんだけどな。
「飲み会、顔ぐらい出すかと思ったぜ」
「作戦にどうしても気になる点があって、組み直してた。…欠席って言ってあっただろ?」
 すれ違いざまに、手からボトルを取り上げられる。
「そうだけどよ。ひとの送別会だってのに、冷てーな、お前」
 酒の勢いで、つい、言うまいと思っていた愚痴をぶつけちまった。
 入れ違いにキッチンに入ったスコールは、呆れたように俺を見る。
「だって、別に…今生の別れでもあるまいし」
 どうせまた仕事で会うだろ、と憎たらしいほどドライだ。
「…お互い生きてりゃな」
 俺が投げやりに呟くと、スコールは微かに笑った。
「これまで何度だってチャンスがあったのに、まだ生きてるんだ。そう簡単に死なないだろ、お互い」
「…そうかもな」
 そう適当に答えながら俺は、いつの間にこいつはこんなに大人になっちまったのかな、と思う。
 涼しい顔のスコールは、そんな俺の心の内も知らず、ボトルの水をグラスに注ぐ。
「明後日から、もう研修だろ?」
「初っ端から三ヶ月カンヅメだってよ。しかも、もうナントカリーダーって役割振られてんだよな」
 資料読んどかねーと、と頭をかくと、グラスを手にしたスコールに冷たく睨まれる。
「あんた、来年からの就職に響くんだから、SeeDの評判落とすなよ」
「へいへい、真面目にやりゃあいーんだろ」
 冷蔵庫を開け、スコールはボトルを庫内に戻した。
「明日、業者は何時に来るんだ?」
「9時だ。それまでに最後の片付けしとかねーと」
「そうか、早く寝ろよ。…じゃ、おやすみ」
 これまで幾度となくそうしてきたように、自室に引き上げるスコールに挨拶を返す。
「ああ、…おやすみ」
 その姿がドアの向こうへ消えるのを見届けて、リビングの灯りを落とす。
「……」
 俺は…薄闇の中で立ち止まって、スコールの部屋の、閉じた扉を見つめた。
 そりゃ、これからだって、仕事で会うことはあるかも知れねえ。
 ガーデンにスカウトに来たり、中規模以上の作戦の打ち合わせをしたり、どこの軍でも、そういう役回りは大概、ガーデン出身者がやってくる。俺も多分、そうなるだろう。
 向こうもそのつもりで、俺を採ったはずだ。
 でも、そんときにはもう、俺はヨソの軍のお使いの下っ端で、お前はガーデンのプレジデントで。
 おやすみ、なんて俺がお前に言うのは、多分…さっきのが最後だ。
 すっかり大人になっちまった今のお前には、そんなこと、どうでもいいことなんだろう。
 俺も自分の部屋に入り、スライドドアを閉めた。

 明日の荷物をまとめ終えて、シーリングライトを消す。
 ベッドに横たわり、見納めになる天井を見上げると、古い思い出が甦って来る。
 遠い昔、俺が石の家を出てガーデンに入るとき、スコールは大泣きした。
 つい前の日までそんな気配も無かったくせに、当日その場になって突然、わんわん泣かれて驚いた。
 急に「サイファー、行っちゃヤダ」とかって、顔をぐしゃぐしゃにしてしがみついてきて…。
 あんときのスコールは、…可愛かったな。
 子どもながらに、なんかこう、胸にぐっと来たもんだ。
 ママ先生とパパ先生が、必死になだめてたっけ。
 そのくせ、一年遅れて自分がガーデンに入ってきて再会したときは、しれっとしてやがって。
 考えてみりゃ、あんな時分からもう憎たらしいところはあったんだな…。
 どうせスコールは、例によって覚えてねーんだろうけどよ。
 ささやかな感傷をため息ひとつで終わらせ、俺は目を閉じた。


 2013.3.1 / Brilliant Tears : 1 / to be continued …