BLANK * 2

 翌日のオフは雨だった。
 午前中に家事を片付け、簡単に昼食を済ませた後、スコールはPCで調べ物、俺はソファで専門誌をめくっていると、けたたましくインタフォンが鳴った。
 ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーん。
 指揮官の私室に、アポ無しでこんな突撃をしてくるとは…。
 スコールが目顔で俺に、あんた出てくれ、と言ってくる。へいへい。
 モニタを覗くと、心当たりの人物が顔を突き出して待っているのが見えた。
 ぴんぽーん。
「今開けるから待てっつの」
 シュン、とスライドドアが音を立てて開き、待ちかねたようにお客が飛び込んでくる。
「サイファー! スコールは?」
「おいおい、俺様に挨拶のひとつもねーのかよ」
 無礼を咎めると、魔女はハナっから喧嘩腰で言い返してきた。
「今日は『おハロ~♪』とかそういう能天気な気分じゃないの!」
 …能天気だって自覚があったのかよ。
「リノア。どうしたんだ、こんな急に」
 空色の雨傘を傘立てに放りこむや否や、どかどかと押し入ってきた元カノに驚いて、スコールはモニタから顔を上げた。
「ねえスコール聞いて!」
「何かあったのか?」
 戸惑いながら、スコールがPCデスクから立ち上がる。
 リノアはいきなりその両手を取って、悲愴な顔で訴えた。

「最近、彼がぜんぜんえっちい事してこないの!」

 びしり、と天井の一角からラップ音が鳴った。ような気がした。
 しばし沈黙。
「……そうなのか」
 スコールの平静を装った返事は、微かに上擦って震えている。
 マズイ。
 どうやらスコールは、俺の見立てよりもずっと、この状態を気に病んでいたらしい。
 いや、気に病んでくれる事自体は結構なんだが、しかし、この流れはかなり危険な気がする。
 皮膚がぴりぴりと痺れるほどの緊張が、室内にみなぎってくる。
 リノアは自身の悩みで頭が一杯らしく、この緊迫した雰囲気にまったく気付いていない。
「どう思う? やっぱり、もうわたしのこと飽きちゃったのかなあ?」
 突然来るなりなんつーこと言いだすんだ、この女…。
 案の定、スコールは蒼白な顔で固まりかけ…気を取り直したように言葉を繋いだ。
「…リノア。相談の人選が間違ってるように思うんだが」
 おそらく「そんな生々しい相談は女友達にでもしたらどうか」という意味だったのだろうが、余裕のない魔女には通じなかった。
「むーっ! そりゃスコールはそうよね。そんな悩みないよね!
 何も知らないリノアは曲解して、スコールに容赦なく追い打ちを食らわす。
 ますます部屋の空気が不味くなってきた…。
 スコールは本当に機嫌が悪いときに見せるポーカーフェイスと、抑制の効いた口調で応じた。
「…そうは言って無い。だが、その男の態度の理由は、俺にも分からないな」
 そこで恋人は言葉を切って、ぞっとするほど冷たい視線を俺の方へ投げる。
「そういう相談なら……俺よりサイファーの方が適任じゃないか?」
 お前、絶対ヘンな勘違いしてるだろ! と思っても、リノアの前じゃ言い訳も出来ねえ。
「ん?…それもそっか! ねえねえ、サイファー、何でだと思う?」
 魔女は素直に何事かを納得し、くるりと標的を切り替えて、俺を振り返った。
「さあな。忙しいんじゃねーの?」
「忙しくない! 今、わたしも忙しくない!」
 まずは無難な回答をしてみるが、速攻で否定された。
 スコールが興味のない仮面を被りつつ、じっと聞き耳を立てているのが分かる。
 まあ座れよ、とソファを指すと、リノアはスカイブルーのワンピースの裾をさばいて、腰を下ろした。
 スパッツからのぞく膝の上に、握りこぶしを二つ揃えている様子からするに、思いつめてるのは確かなようだ。つい先月まで、ご機嫌でノロケまくってたってのにな。
 俺はカウンターのスツールに腰掛け、スコールはキッチンに回って、三人分のコーヒーを淹れ始めた。
「大体お前、そんなこといまさら気にするタマじゃねーだろが」
「気にするよ!」
「コイツと付き合ってたときは、お前の方から迫り倒してたんだろ?」
 カウンター越しに親指でスコールを指すと、リノアはサンダルを揺らした。
「だって、スコールは最初っからそうだったから、それが普通だったけどー」
 ペディキュアで飾ったつま先を、不安そうに見つめている。
「今の彼は、こっちが呆れるほどそんな事ばっかりしてきてたのに、急にぱったりだもん」
「……なるほどな」
 いちいち状況を被せてくる相手に眩暈を覚えながらも、俺がどうにか相槌を打つと、魔女は突然顔を上げて、キッチンのスコールに向かって呼びかけた。
「どういうこと!?って思うよ。ねえ!?
 おいおい、そんなに全力でスコールに同意を求めんじゃねえ!
 背後のキッチンからは、完全に誤解しているらしい恋人の放つ、よく冷えたオーラが迫ってくる。
「…そうだな。リノア、何か心当たりは無いのか?」
「それが無いから悩んでるの。喧嘩したわけでもないし、いつもどおり優しくて…」
 キッチンからスコールが出て来て、トレイに乗せたコーヒーを、まずリノアの前に置いた。
 来客用の白のシンプルなコーヒーカップは、ほとんどこの魔女のために買ったようなものだ。
「なのに、何で? 何でかなあ?」
 リノアは添えられたシュガーとクリームの封を切って、中味を全部、黒い水面にぶちまける。
「わたし、そんなにつまんない? 色気ない?
 ぐるぐるとスプーンでカップをかき混ぜながら、魔女が次々と繰り出す一言一言が、スコールの顔色をどんどん青ざめさせていく。
 がちゃん、と常にない音を立てて、カウンターに俺の分のソーサーが置かれる。
 待てコラ! 俺はそんなこと思ってねーぞ!!
「今度はちゃんと、奥ゆかしくしてたつもりなんだけど」
 リノアはすっかり混ざったであろうコーヒーを、なおもぼんやりかき混ぜ続けている。
 今の男は、戦争後にティンバーのレジスタンスに加わった奴で、スコールと別れた後から数えて三人目になる。
 話を聞かされる限りでは、今回こそかつてなく上手く行っていて、陰でなにかと心配していたスコールも、これでやっと新しい騎士候補が出来たと安心していたのだが。
 俺はどう話をまとめたモンか思案を巡らせ、コーヒーを啜った。
「…もしかして、他の女の子のこと、好きになっちゃったのかな」
 魔女の弱気な発言に、スコールが息を呑んだ。
「リノア、…流石にそれは考えすぎじゃないか?」
「分かんない…。アレで結構モテるんだよね~。はぁ。油断し過ぎてたのかなあ」
 自分のカップをカウンターに放り出し、スコールは真剣な表情で、肩を落としたリノアの隣に座る。
「リノア、もう悩むな。あんたは十分魅力的だ。そんな男は放っておけ」
「スコール…」
 二人掛けのソファに座って見つめ合うと、スコールのオトコマエ度が急激に上昇し、リノアもしおらしく瞳をうるうるさせ始めた。
 これまでのいきさつを踏まえれば通常あり得ない展開だが、この天然ふたりはマジだから怖ええ。
 この部屋を宇宙にしかねない勢いだ。
 つーか、仮にも恋人の俺様を、ここまでキレイに無視するなっつの!
「でも、わたし寂しい。すっごく寂しいの」
 魔女は、また振られちゃうのかなあ?と悲しげに目を伏せた。
 ヤバい。
 スコールの心が、ぐっとリノアに傾くのを感じて、俺は焦って割って入った。
「あー、その、なんだ。リノアお前、最近は自分からガンガン行かねーの?」
「行かない。だって、それで上手く行った試しがないんだもん」
 俺の存在を思い出したリノアが、夢から覚めたような顔をして答える。
 話がここまでこじれた後じゃ、あまりにもしょーもない理由で口にするにも抵抗がある。
 しかし、この際仕方ねえ。俺は覚悟を決めて続けた。
「そんじゃ、アレじゃねーの?その、男の方も、お前から誘ってくるのを待ってる、とか…」
「えー?」
 魔女はぽかんとして、口を開けたまま目をぱちぱちさせて俺を見た。
「その、なんだ、例えばの話だがよ、まあ、あんまりいつもいつも自分からばっかりだと…男の方もよ、こう、一方通行みてーとか…そういうこと思ったりすんじゃねーの?」
 リビングに、何とも言えない沈黙が落ちた。
 恐る恐るスコールの方へ目をやると、眼を剥いて俺を凝視していた。
「えええ~っ!? そうかなあ!? ホントにそう思う!?」
 たっぷり5秒は遅れて、俺の説を理解したリノアが、身を乗り出して叫ぶ。
「まあ、一回もお前から誘ったことねーってんなら、そうかもしんねーな、と…」
 言いながら辛くなってきた。リノアの男も情けねえが、俺もそうだ。
 そんなに俺は、スコールを試したかったのか。しかも、失敗してるしよ。
「ないよ! だって、今度こそ、ずっと一緒に居たかったんだもん。…何よ、それじゃ女の子のほうから誘って欲しいときもあるの?」
「…………まあ、たまにはな」
「何よ、がつがつ来る女は引くとか言う癖に今度は来いとか、どっちなのよー!?」
 リノアは下唇を突き出して、今度はソファに仰け反るように凭れかかった。
「そりゃお前、程度の問題だろ」
「もー、わがままだなあ! でも、なんかそうかもって気がしてきた!」
 座りなおした魔女には、何かしら思い当たるフシがあるらしい。口元に手を当てて、じっと何か思い出す仕草をした後、確信ありげに、ひとりで何度かうなずいている。
「そうか、そりゃ良かったな…」
「なーんだもう! 早く言ってよね! 悩んで損しちゃった!!」
 みるみるうちに元気を取り戻したリノアはカップを取り上げ、中味をごくごくと勢いよく飲み始めた。
 お前、本当に、今の男に入れ込んでるんだな。
 まあ、それはいいとしてだ。
 問題は、リノアの隣に座る恋人から漂ってくる、この微妙な空気だ。
 コーヒーを飲みながら、さっさと別の話題を振っちまおうと考えていると、いち早くカップを空にしたリノアが、再び難しい顔で唸りはじめた。
「うーん、でも困ったなぁ」
「何が」
「ねえサイファー。何て誘ったらいいと思う?」
「そんなの何でもいいだろ」
 アホらしい。結局ノロケじゃねーかよ。
 スコールはこの会話から抜けだしたいのだろう、リノアが飲み終えたカップを手に、ソファから立ち上がった。
「そんなこと言わないで教えてよ~!」
「俺が知るか! もう直接本人に聞けよ!」
 しかも、俺の三週間の忍耐をぶち壊しにしやがって。
 …まあ正直なトコ、強制終了になってホッとしたっつーのもあるけどな。
 この後、どうやってフォローすべきか悩む俺の斜め後ろから、すっと白い手が伸びて来て、空になった俺のカップを無言で回収していく。
「わたしからスコールのこと奪ったんだから、今の恋に協力してくれたっていいじゃないよ!」
 気まずそうなスコールは、冷めてしまった自分のカップも下げて、再びキッチンに引っ込んだ。
 追い掛けて抱きしめたい衝動にかられるが、目の前の魔女を無視するわけにもいかねーし…。
 するとリノアが、ぱっと名案が閃いたふうに「じゃあ、質問変える!」と瞳を輝かせた。
「今度は何だよ」
「サイファーは、スコールからどういうふうに誘われると嬉しい?」
 間髪いれず、キッチンからガラガラガッシャーン!!とものすごい物音がした。
「あれっ、スコール、大丈夫!?」
 リノアがびっくりして、ソファから立ち上がってキッチンを覗きこむ。
「…何でもない。手が滑った」
 もう限界だ。理不尽だとは思うが、こっちにはこっちの事情がある。
「リノア、お前、いいからもう帰れ!」
「えー!?」

 * * * * *

 嵐のような魔女がやっとこさ去って、再びふたりきりのリビングルーム。
 俺はリノアの居たソファに、スコールは割れたカップの片づけを終えて、カウンターに腰掛けた。
 まだ、俺の隣に座る気にはなれないらしい。
 無口な恋人から、言いたいことが山ほどある気配がする沈黙。
 それなのに、口をきこうとしない様子を見かねて、俺のほうから声をかけてみると、
「スコール」
「サイファー」
 同時に名前を呼んでしまい、ふたりしてしばらく黙る。
「あのよ」
「あの」
 相手が黙っているので、こっちから切りだそうとして、またその台詞が重なる。
 俺は、スコールの言葉をじっと待った。
 罵倒でもなんでもいい。俺の気持ちを知って、スコールがどう思ったのか聞きたかった。
 長い長いブランクの後で、スコールが俯いたまま口を開いた。
「こ、」
 こ?
「こ…、コーヒー、もう一杯飲むか?」
 空気の抜けたような声音は、…多分、本当は他のことを言うつもりだったのだろう。
「…じゃ、もらう」
 行きがかり上、そう答えると、スコールはキッチンに戻って、やかんを火にかけた。
 傷のある眉間にしわを刻んだまま、今度はいつもの、お揃いの刷毛目模様のマグカップを二つ並べ、サーバーの上にフィルタをセットする。
 その深刻な面持ちから察するに、スコールは怒りつつ反省し、そしてまた怒るというループを水面下で繰り返しているようだ。
 
 しばらくして、奴はレンジの火を見つめながら訊いてきた。
「…あんたのほうは、何だったんだ?」
 俺は、ソファから立ち上がって、ゆっくりスコールのいるキッチンへ入った。
 スコールが複雑な表情で、俺を見上げてくる。
「あのよ、コーヒー飲み終わったら、……一緒にシャワー浴びようぜ」
 スコールの呼吸が、一拍止まった。
 あんた、何言ってるんだ、こんな真昼間から。
 普段ならそう呆れるはずのスコールは目を反らして、ちいさく、わかった、とだけ答えた。
 その一言で、じんわりと胸の中が温かくなる。
 スコールも、俺と抱き合うのが本当は好きなんだ。ただ、口に出さないだけで。
「やっぱ繰り上げ」
「え?」
 俺は手を伸ばして、ガスレンジの火を消した。
 ケトルの口から立ち上っていた湯気が、ふわりと消える。
「コーヒーは…後で俺が淹れなおす。だから、」
 狭いキッチンで、立ったまま抱き締めると、もうそれだけで体が熱くなって、止まれなくなった。
「サイファー…」
 俺の名前を呼ぶスコールの、シャツ越しに背筋を指で辿り、顔じゅうにキスを降らせる。
 触れ合っているところが何処もかしこも心地よくて、幸福感で胸が詰まった。
 安堵のため息と可笑しさが、同時に込み上げてくる。
「…この三週間、すっげーしんどかった」
「あんた、バカじゃないのか」
 笑いながら囁くと、スコールは拗ねた声で憎まれ口を叩いた。
 目は合わせないけれど、その腕は、俺の背中に巻きついている。
 俺は、何にこだわっていたんだろうな。
 ちゃんとまっすぐ向き合えば、言葉になっていなくても、スコールの気持ちは伝わって来る。
 緊張がほどけて、いつもより表情が甘いのは、きっと俺と同じに不安が消えたからだし、わずかに上気した頬や、はにかんで反らした目線は、スコールが喜んでいる証拠だ。
 奴の頬を両手のひらで包んで、唇を重ねる。
 何度か柔らかく触れ合わせてから、舌を差し入れようとすると、いつもは奥に引っこんでいる舌先がすぐそこにあって、どきりとした。
 思わず目を開けると、スコールは長い睫毛を素直に閉じている。
 俺の視線に気づかない、無防備な瞼。
 気持ちを込めて、ゆっくり舌を擦り合わると、背中に回った腕に、ぎゅっと力がこもる。
 綺麗な眉が切なげに歪むのを見届けてから、目を閉じた。
 我慢できなくなって、右手を下に滑らせ、小さな尻を撫でる。
 キスで口の塞がっているスコールが、抗議するように鼻を鳴らすのが可愛い。
 あやしくなってきた腰を支えてやり、唇を重ね直して、さらに追い詰めようとしたとき、

 ぴんぽーん

 * * * * *

「ごっめーん! 傘忘れちゃった!」
 空色の地に、白の水玉模様の散った雨傘を取り上げてから、リノアはあれ?と室内を見回した。
「ねえ、スコールはぁ?」
「便所」
 用は済んだんだろ、という態度の俺の脇から、部屋の奥を覗きこみ、魔女は目を眇める。
「…うそ。トイレの灯りついてないよ?」
 ばれたか。
「お前、目ざといなあ」
「…あっやしー。こんな昼間からナニしてるのよ??」
 ずいっと一歩踏み出したリノアは、咄嗟にスコールを押し込んだ俺の寝室のドアを正しく探り当て、透視するかのようにヤラシイ視線を投げた。
「別にいいだろ、好き合ってんだから」
「ホントに~? サイファー、無理強いしてるんじゃないのぉ?」
「それは俺がお前に言った台詞だろ。無理強いなんかしてねーよ。ほら、邪魔だから早く帰れ」
「うっわ、露骨!あーあ、いいなぁ、スコールは!」
 リノアはスコールに聞こえるように、デカイ地声を張り上げた。
「わたしみたいな悩みなんてありえないもんね~!」
「お前も油売ってねーで、自分の男んとこに戻って、さっさとベッドに連れ込めよ」
「そうする! なんかバカらしくなってきた!」
 俄然やる気になったらしい。
「じゃあわたしも頑張るね~! スコール、またね~!!」
 スコールの居る扉の方に、両手で口元にメガホンを作って叫ぶ。
 そこまでしなくても、お前の声ならじゅーぶん聞こえるぜ。
「サイファーありがと。邪魔してごめんね」
 リノアが真面目な顔を作り、健闘を祈るぞ。とSeeD式敬礼をするので、俺も敬礼してやった。

 * * * * *

 寝室に戻ると、スコールは俺のベッドに腰掛けて、頭を抱えていた。
「…あんた、もうちょっと上手い誤魔化し方は無かったのか」
 恨みがましく訴えてくる。
「いいじゃねーか、第一、リノア相手に隠したってしょうがねーだろ」
 ぴったり隣に座って抱き寄せ、続きをしようとすると、スコールの手が、ぐい、と俺の体を押し戻す。
「やっぱり昼間は駄目だ」
「……ああ?」
 思わず、間抜けな声を上げちまった。
「癖になっても困る」
「なっ…、おい、待てよ」
 引きとめようとする俺の腕から、奴はするりと身をかわして立ち上がる。
 おいおい、ウソだろ?
 さっきまであんなに可愛くて、じゅうぶん乗り気だったってのに。
 恋人の突然の心変わりが信じられない俺は、呆然とその顔を見上げた。
 スコールはそんな俺を見下ろしながら、上体を折ってかがみこみ、間近に顔を寄せて来て。
「今夜しよう、サイファー」
 そう柔らかく囁くと、いつもは俺がするように、額の傷にキスを落として、奴はすっと身を離した。
 ちょっと待て。そんなのありかよ!?
「コーヒー、淹れなおすから」
 絶句する俺の肩をひとつ叩いて、スコールはあっさり背を向け、リビングへの扉を開ける。
「待てよ、スコール! んなのねーだろ!」
 ベッドから立ち上がって、捕まえようと腕を伸ばす俺を振り返り、スコールは微笑む。
「なんだよ、その顔。あんた、誘って欲しかったんだろ?」
 細められた蒼い瞳。
 挑発的なひかりに、今さらながら目が眩んだ。
 お前…、俺が欲しがってるって分かって頭が冷えたら、すっかり余裕を取り戻しやがって…。
 だいたい、今のは「誘ってる」っていうより、実質「お預け」じゃねーか!
 これは絶対に仕返しだ。
「やってやった」と言わんばかりの口調といい、間違いねえ。
 そう思うのに、久々に目の当たりにしたスコールのパーフェクトな笑顔にやられて、俺は何にも言い返せなくなっちまう。
 いったい今は何時なんだ、と掛け時計を見上げれば3時半。
 クソ、「今夜」って、あと何時間待てばいいんだ?
 …お前、後で覚えてろよ。
 俺は仕返しの仕返しを固く胸に誓って、リビングに消えた恋人の後を追う。
 窓からは明るい陽が射している。いつのまにか、雨は上がっていた。


2012.6.29 / BLANK * 2 / END

 いったん流されかけたものの、深刻に悩まされたぶんだけ、大人げなく怒ってるスコールです。
 結局、自分の首を絞めてるだけのような気もしますが…
 このサイトのスコールが、恋人を色っぽく誘惑する日はまだまだ遠いようです。
 リノア含め、三人とも本気のバカですみません。
 最後までお付き合いくださった方、どうもありがとうございました!