12月24日深夜、ガーデンからバラム港へのルート。
闇の中、ライトに照らされた道路が続いている。前方に車の影はない。
カーブが来るたびに、足が自然とアクセルを緩め、手が勝手にステアリングを切る。混乱した俺の頭は、今、完全に運転から切り離されて、空回りしている。
そりゃ、年明けに顔を合わせたら、多少きまりの悪い思いをすることになるな、とは覚悟していた。
だけど…あんな展開は、予測のしようがない。
思い出すと、耐えがたい恥ずかしさが込み上げて来て、俺はすでにさんざん拭った口元を、また意味無く手の甲でこすった。
おかしい。
いったい、どうしてあんなことになったんだ?
* * * * *
事の発端は、12月の初め。
任務の合間を縫ってティンバーのカフェに立ち寄り、リノアと久しぶりに顔を合わせた。
「どう、スコール。お休み取れそう?」
「24日だけなら、なんとかなりそうだ」
「わ、ホント? …でも、パーティとかあるんでしょ?」
向かいに座ったリノアは、ぱっと微笑んでから、ちょっと心配そうに首をかしげた。
「あれは…残念会みたいなものだから。出ない方が無難だ」
確かに、恒例のクリスマスパーティがあるが、「デートの予定が無いこと」が参加条件だったはず。
「出ると逆に冷やかされちゃう?」
いたずらっぽく笑いかけてくるリノアに「まあな」と軽く返事をして、俺は本題を本題に聞こえないよう、出来るだけさりげない調子で切りだした。
「そう言えば、リノアは…クリスマスに、何か欲しいものとかあるのか?」
こんなこと訊かずに、相手が欲しがっている物を見抜いて用意するのが良いってことは、もちろん俺にだって分かっている。だけど、やっぱり…彼女がこんなに楽しみにしているクリスマスだからこそ、喜ぶものを贈りたい。
「んー…」
質問の答えにしばらく迷ってから、リノアは不意に何かを思いついたように顔を明るくし、輝く目で俺の目を覗き込んで、こう言った。
「ね、スコール。サンタごっこしない?」
「……サンタごっこ?」
ありがちだけれど、指輪やネックレス、あるいは新しいスマホといった具体的な答えを想像していた俺は、戸惑って訊き返した。
「うん。わたしはこの間、指輪もらったばっかりだもん。それよりふたりで何か選んで、皆にこっそりプレゼントしたいの。ね、そういうのって、楽しくない?」
リノアは指のグリーヴァを撫でながら、思いがけない提案をしてくる。
自分が無事にティンバーに帰って暮らせてるのは仲間の協力のおかげだと、リノアがとても感謝しているのは知っていたが、こういうことを言いだすとは思わなかった。
「皆って…? ぜルとか、キスティスとかか?」
「そう! セルフィとアーヴァインと、あと、サイファー!」
「…サイファー?」
カップを持ったまま困惑する俺に、リノアは力強く頷く。
「そうだよ!」
一時期は付き合ってたっていうのに、なんの後ろめたさもない、清々しい返事だ。
「他の皆はともかく…サイファーは、俺から何か貰って嬉しいとは思えないが」
「何言ってんの。そんなわけないよ!」
…何を根拠に。と思うが、リノアには自信があるらしい。
「今日は時間無いから、24日のデートで、二人でゆっくりお買い物しよ?」
「だけど…どうやって渡すんだ?」
「うーん…24日の夜、皆の机の上に置いてもらう…って、駄目かな?」
翌日のエスタは、夜行フェリーを使えば間に合うか…しかし、
「俺が…急にそんなことして、気持ち悪くないか?」
今まで、皆にプレゼントなんて…したことないし。
「んもー、スコールってば、自意識過剰!」
俺は真面目に訊いているのに、リノアは笑いだした。
「そんなんじゃない」
だって、考えてもみろ。
例えば、もし急にサイファーが皆に何かくれたりしたら…俺は驚く。
俺の分があったら、もっと驚く。
驚くし、一体どうかしたのかと思う。
「…サンタの役なんて…俺には向いてないように思うんだが」
「スコール、ホントに考え過ぎ! 喜ぶに決まってるよ。皆、スコールのこと好きなんだから」
…そうかな…?
でも、サイファーは違うだろ。
そう思ったが、そう言うと、何だか妙にサイファーにだけこだわっているようで、言えなかった。
「イベントって、気持ちを伝えるチャンスだもん。大事にしなきゃ! ね?」
リノアはパンケーキの最後のひと切れを頬張って、にっこり笑った。
そう言われると…そうかもしれない。俺は一応、皆の上司なわけだし…。言葉にして伝えるのは、苦手な方だし。別に、プレゼントのひとつぐらい配ったって、気にするほどおかしくないか…。
そう言えば、サイファーのグローブ、だいぶ傷んでたな。
俺が「買い替えないと怪我するぞ」って注意しても、「まだ大丈夫だ」とか言って…。
「…そうだな。たまにはそういうのもいいか」
そのときは、そう思ったんだ。
* * * * *
そして今日、いやもう昨日か、24日にリノアとデリングシティでプレゼントを買った。
ゼルとアーヴァインの分は俺が、キスティスとセルフィの分はリノアが選んだ。出掛けにしつこく絡まれたせいで、正直サイファーの分を買うのには抵抗があったが、結局俺は最初に考えたとおりに、黒いレザーグローブを包んでもらった。
「スコールって、ホントはちゃんと皆が欲しがってるもの、分かってるんだね」
夕食のレストランの席で、リノアはそう言ってくれたけれど、あれで良かったのか自信は無い。
「適当だ。…それに、女子のほうは本当にさっぱりだ」
リノアに選んでもらえてよかった。
それに、いくらセルフィが欲しがっていたとしても…俺じゃ、絶対にあのぬいぐるみは買えない。
「それは、そのほうが安心かも。あんまり女の子の好み押さえてるのも、心配になっちゃう」
リノアは俺の目を見ながら、可愛く笑いかけてくる。
「それじゃ…外れてても、怒らないでくれ」
そう言って、ネックレスの箱をテーブルに置くと、リノアは本当に驚いたようだった。
「わたしの分、用意してくれてたの?」
なるべく目が合わないようにしてるのに、リノアはこういうとき、ものすごくこっちを見てくる。
「あんたに贈らなくちゃ、しょうがないだろ」
「スコール…」
中味を見る前に、そんなに喜ばないでほしい…。
開けてみなきゃ気に入るかどうか分からないじゃないか、と心配したが、ネックレスを目にしたリノアは「すごく綺麗」と笑って、嬉しそうに身に着けてくれた。
夜遅くリノアと別れて、バラムに戻って来た。
俺は大荷物を持ったまま、とりあえず執務室へ回った。
さっさと用を済ませてすぐに退散するつもりだったが、自分の机の上に書類が重なっているのを見ると、当分留守にするわけだし…と、急ぎのものが無いか気になって、つい目を通してしまった。
それから、皆の分のプレゼントを机の上にひとつずつ置いていった。
こんなこと、したことがないから…何か妙にこそばゆい。
リノアがあんなに張り切って用意したんだし、大したものじゃないが、…喜んでくれるといいな。
昔、パパ先生やママ先生も、そう思っていたのかな…。
それなのに、俺は「要らない」なんて言って、困らせたりしたっけな。
サイファーも、「こういうのは靴下に入れて、枕元に置くもんだろ!」なんて怒ったりして…。
「…………」
俺は、まさにサイファーの机の上に、ラッピングされたグローブを置こうとしていた手を止めた。
* * * * *
管理棟の部屋に戻って、個室の様子をそっと窺うと、サイファーはもう酔っぱらって眠っていた。
音を立てないように忍び込み、クロゼットから靴下を一組借りて、グローブを一つずつ詰める。
何とも言えない見た目になったが、…これがサイファーの好みだというのだから、まあいいだろう。
昔から、サイファーの語るロマンは、俺には理解不能だしな。
俺はなるべく気配を消して、サイファーの眠るベッドに近づいた。
よっぽど酔っていたのか、床に脱ぎ散らかされているシャツやズボンをついでに拾って、椅子の背に掛ける。
後はこの靴下を枕元に置くだけだ。
ところで、枕元って、どのあたりまでを言うんだろうな?
俺は、眠っているサイファーをベッドサイドから見下ろした。
…良く寝てるな。…うっすら口元が開いている。
今は同室と言っても寝室は別だから、こうして眠っているところを見る機会はあまりなく、前髪を下ろして目を閉じたサイファーは、懐かしい顔をしていた。
昔は二段ベッドだったから、寝ているサイファーを起こしたり、逆に起こされたりしたことも良くあったんだよな…。
俺は…本当にいろんなことを忘れていたんだ。
まだガーデンに来たばかりの頃、眠れなくて、サイファーのベッドにもぐりこんだことを思い出し、思わずひとりで赤面する。
…やっぱり思い出さない方がいいこともあるな…。
だいたい、付き合いが無駄に長すぎる。
物心ついたときにはもう石の家にいて、そのときからずっと一緒に育ったんだ。みっともない思い出もひとつやふたつじゃない。
それにしても、こんなふうに俺がサイファーを監督する立場になるなんて、子どものころには思いもよらなかったな、と軽くため息をついたとき。
整った顔立ちの眉がしかめられ…その目がぱちりと開いて俺を見た。
「え」
しまった。
と思ったがもう遅い。
お互いの顔をまともに直視している状態だ。
「あ…」
こんなとき、何て言い訳すればいいんだ?
何で勝手に部屋に入って来てんだよテメエ、とでも睨まれるかと思ったのに、サイファーは…笑った。
「なに、お前サンタだったの? それともプレゼントの方か?」
「わ! ちょ、」
返す言葉に思いを巡らせる俺の腕を嬉しそうに掴み、サイファーは自分の上に引き倒した。
まさか、そう来るとは思わなかった。
俺から覆いかぶさる体勢になって、ほとんど顔が重なりそうになる。
「あんた、何す…」
焦って起こそうとした頭の後ろに手が回って、引き寄せられる。
馬鹿、そんなに顔を近づけたら、と危惧したとおり、唇に、ふにゃ、とソフトな感触がして…
うわっ…。
全身の毛が逆立つような寒気が、背筋を駆け上がった。
シーツに手を突こうとしても、その手を握られてしまって、どうしていいのかわからない。
さっきまで上掛けにくるまっていただけあって、抱き込まれた腕の中は悪魔的な暖かさだ。
サイファーは平然と目を閉じて、俺の唇を確かめるように唇を重ねてくる。
なんだこれ?
おかしい。偶然ぶつかったとか、そんなかんじじゃない。
「ん、」
柔らかく啄ばまれるのが、怖いぐらい心地良くて…その異常さに頭がくらくらする。
どうしてこうなるんだ?
サイファーは紛れもなくサイファーで、腐れ縁の幼馴染で、ライバルで、今は俺の部下で、監視の対象でもあって…
滑らかな舌を入れられそうになって、ハッと危機感に目覚めた。
いつの間にか目を閉じていたことにも動揺した俺は、思い切りサイファーに頭突きして、ようやく身を離した。
ガン!と自分の頭蓋骨まで響く衝撃が、キスに霞んだ正気を叩き起こす。
「ね…寝惚けるのもいい加減にしろ!」
とりあえず、怒鳴って体裁を取り繕った俺は、全力で逃げた。
スライドドアを抜けて、荷物をひっつかみ、またスライドドアを抜けて、管理棟の廊下を走った。
そのまま駐車場まで走り抜け、トランクに荷物を入れて、運転席に乗り込んで、キーを回した。
近頃はモンスターからだって、こんなに必死で逃げたことはない。
荒くアクセルを踏み、無意識にクラッチを繋ぎながら、俺の頭は疑問符でいっぱいだった。
なんで…サイファーが、俺にキスなんかするんだ??
おかしいだろ。
クリスマスに独りきりで、そんなに淋しかったのか?
それとも、俺をからかって遊んでたのか…?
それにしても…したくも無い相手と、あんなに長くキスするものだろうか。
…まあ確かに、結果的に俺はした訳だけど、あれは不意を突かれて…驚いたからだし。
それに、冗談にしては、妙に念入りだった。
俺がリノアにしてるキスよりも、もっと…、恋人っぽいキスというか…。
こういう表現は抵抗があるが、何と言うか、…優しくて、気持ちがこもってるみたいな…。
正直なところ、意外だった。勝手なイメージだが、サイファーはもっと…乱暴というか、性急かと思っていた。
あれじゃ、女子はうっとりするだろう。
そう言えば、リノアはサイファーにキスされたこと…あるんだろうな。
俺は何とも言えず複雑な気持ちを持て余して、アクセルを踏んだ。
いや、それよりも年明け、どんな顔でエスタから帰ってくればいいのか…。
サイファーのほうも、だいぶ酔ってたようだし…どういう態度を取って来るのか分からない…。
駄目だ。論点が多過ぎて、考えがまとまらない…。
気が付くと、バラム港に着いていた。
ヤバい。誰も居ない道とは言え…、俺、何キロ出して来たんだ?
後でレコードを見ておかないとな、と思いつつふとドアを見ると、ミラーを畳んだままだった…。
独り静かに落ち込みながら車を降り、スーツケースから手荷物分だけ取り出そうと、寒さに震える手でトランクを開けた。
「……」
我が目を疑って、しばらく立ち尽くした。
そんな、まさかと思っても、目の前のレリーフはクロスソードだ。
間違えて、ハイペリオンを持ってきてしまった…。
自分の失態に、思わず頭を抱える。
いったいどれだけ慌ててたんだ俺は…。
エスタで、何か適当な武器を借りて済ませるか?
いや、ラグナにライオンハートを忘れて来た、なんて言えない。
これが無いと、サイファーも不便だろう。
何より、あんなことで動転してガンブレを間違えた事実を、サイファーに死んでも知られたくない…。
仕方ない。取りに戻ろう…。
俺は空しくトランクを閉めて、再び運転席に乗り込んだ。
自己嫌悪にどっぷりと浸かって、暗い夜道を引き返す。
これじゃエスタ行きの夜行に間に合わないから、朝一の船に予約を切り替えないと…あの便じゃ、契約の時間ぎりぎりだ。
12月25日の朝に任務に遅刻するのは…絶対に避けたい。
絶対に、ラグナにあれこれ勘ぐられる。
…いったいどうして、こんなことになったんだ。
思わず再び、ぐっとアクセルを踏みかけて、なんとか自制する。
サイファーが…変なことをしてくるからだ。
それとも、俺が間抜けなのか。
勝手にサイファーの部屋に入ったのがいけなかったのか。
枕元に置いた方が、なんて余計な事を考えなきゃよかったのか。
いや、置くものを置いたらさっさと部屋を出ればよかったんだ。
あんなふうにサイファーの寝顔を長々と見ていなければ…。
あのときは…なぜか、眠っているサイファーの顔から、目が離せなかった。
懐かしかったのもあるけれど、単純に…もっと見ていたかったんだ。
突然見上げて来た二つの眼に、それを見透かされたようでドキリとした。
何て言い訳しようかと俺は焦って、けれど、サイファーは笑って…
駄目だ。
サイファーの行動もおかしいが、…俺も変だ。
多分…あまり思い出さない方がいい気がする。
もう考えるのはよそう。
もう一度同じ轍を踏むことはあり得ないし、済んでしまったことは仕方がない…。
さっき曲がったばかりのカーブで、またハンドルを切りながら考える。
ハイペリオンを持ってきてしまったのは、誰かがリビングに置きっぱなしにしてるせいだ。
とりあえず、これは間違いない。日頃からちゃんと部屋に持って帰れって言っているのに、管理を怠っている誰かが悪い。
もうひとつ、はっきり分かった事と言えば、やっぱり…俺はサンタに向いてない。
2012.12.25 / Surprise Present : Squall / END
普通にサイスコがリノアに負けててすみません。魔女が強いんです。
この後、スコールがハイぺリオンをサイファーの部屋の扉の外側に立て掛けます。
クリスマスだというのに進歩の無いふたりでごめんなさい。仮タイトルは「クリスマスごんぎつね」でした。タイトル決まって良かった…。最後までお付き合いいただいた方、どうもありがとうございます!