Lovefool : あいさつの話。

「あんた、騙したな」
 帰って部屋のドアを開けると、見るからに不機嫌そうな恋人がソファで俺を待ち構えていた。
「…何の話だ?」
 俺はSeeD服のジャケットを脱ぎながら、いったいどれのことだろうな、と心当たりを探ってみる。
 記憶喪失のスコールに、「俺がお前の恋人だった」とデタラメを吹き込んでまんまと信じさせ、大目玉を食らったのは、もう一年ほど前の話だ。
 以来、おおむね正直を心がけてるつもりだが…どうしても「結果的には騙した」形になることもある。
 任務で危ない橋を渡ったことを黙っていたり、多少体調が悪くても平気な顔をしてみせたり。
 そういう見栄は俺の本能みてーなモンでどうしようもねえし、そのあたりに関しちゃ、負けず嫌いのスコールだって人のことは言えねえはずだ。
 後はまあ…いちゃつくときに「ちょっとだけ」、とか言ってちょっとで済まねえことはしょっちゅうあるが…アレはいわゆる方便だしな。
 ここんとこ、そんなにタチの悪いウソはついてねーはずだがな…と己の言動を振り返りつつ、ひとまず「おかえり」のキスをしてもらおうと、ソファにどっかり陣取っているスコールの上に身をかがめると、奴は「それだ」と低く凄んだ。
「…それって?」
 いつもよりもよそよそしい頬に、先に「ただいま」のキスを済ませるが、お返しが無え。
 俺はむすっとしているスコールの顔を覗き込む。
「なんだよ…ハッキリ言えよ」
 ったく、こういうとこがめんどくせーんだよな、と思ったまさにその途端、ギロリと厳しく睨まれた。
 どうしてこうも、伝わんなくていいことだけは電光石火で伝わんだろーな…。
「なあ、黙って怒ってたって分かんねえだろ?」
 俺が重ねて促すと、スコールはようやく重い口を割った。
「…恋人でも、挨拶のたびに必ずキスするなんてルール、無いんだろ」
「なんだ、それかよ」
 俺は拍子抜けして、息をついた。
「そりゃ、俺じゃなくてリノアだろ」
 魔女はコイツを恋人として教育する際、自分の理想を「世間のルール」として吹き込んだらしい。
 その恩恵を享受してたのは確かだが、俺を非難するのは筋違いだ。
「そうだけど…! あんた、俺が誤解してるって分かってたんだろっ」
「まーな。はなっから何か思い違いがあんだろうなとは思ってたが…」
 例の企画で俺を恋人だと信じたスコールが、詫びながらキスしてきたときのことを思い出すと、今でも頬が緩んでくる。
 可愛い勘違いについちゃ、ずっと黙っているつもりだったが、バレちまったらしょうがねえ。
「この間、リノアに訊かれたぜ。『スコールはまだ律儀に毎回キスしてくれるの?』って」
 俺の暴露話に、スコールは顔色を変えて、ソファから立ち上がった。
「なっ…あんた、何て答えたんだっ」
 こいつ、いまだにリノアの前では何かとカッコつけたがるんだよな…。
「そう殺気立つなよ。…なあ、なんで気付いちまったんだ?」
 せっかくあの女にも「もったいねえから絶対ばらすな」って釘刺しといたのに。
 俺はソファから立ち上がってるスコールの隣の位置に腰を落ち着け、再び座るようにとスコールの手を引いた。
「キスティの愚痴をシュウと聞いてて、…なんか話が合わなかった」
 スコールはぶすったれつつも、俺に促されるままにソファに腰を下ろす。
「ああ…センセの男、そっけねえってヤツ?」
「ミーティングが終わって休憩してるときに、『最近どうなんだ』ってシュウが訊いたんだ。そしたらキスティスが延々と話し始めて…」
「なんだ、わざわざ聞いたのかよ。センセ、一度愚痴スイッチ入ると長げーのに」
 スコールは真顔で頷いた。
「俺も最初は興味無かったけど、聞いてると確かに男の態度が変わり過ぎって言うか…だんだんキスティの言うことももっともな気がして」
 センセの男運の無さは置いとくとしても…思ったより女子の恋バナに馴染んでんだな、お前。
「…そのうち、キスティが言ったんだ。『朝、おはようのキスぐらいしてくれたっていいのに』って」
 聞きようによっちゃ、かなり生々しい話だ。
 どうやらセンセも、完全にスコールを「男」だと意識しなくなってるな。
「へーえ…そんで?」
 俺はだんだんトーンの落ちて来たスコールに先を促す。
「俺が『それはひどい男だな』って返したら、シュウが不思議そうに『ひどいか?』って訊いてきて」
「ま、あの女ならそんな反応かもな。で?」
「なんか空気がおかしい気もしたけど…『恋人の礼儀だろ』って答えたら、シュウ、もの凄い顔になった」
 スコールの恋人が誰かなんて、ガーデンに知らないヤツはいない。
 当然シュウの脳裏には、俺たちが能天気な新婚夫婦みたいに、「おはよう」のキスを交わすところが浮かんだに違いねえ(まあ実際してるんだけどな)。
「…で、お前、その場で言ったのか? 朝晩俺にキスしてるって」
「…だっ、…だってそれが当たり前だと思ってたんだからしょうがないだろっ!」
 どう我慢しても口の辺りが歪む俺の表情を見て、スコールは自分の認識がそうとうズレてたと実感したらしく、顔を赤くして詰め寄って来る。
「そりゃ、シュウのヤツ、さぞや呆れただろーな」
 シュウはもちろん、愚痴ったキスティスの方も驚いただろう。
「あんた、あそこまで他人が呆れるようなこと、ずっと俺にさせてたのか」
 恨みがましい眼つきで俺を見あげてくるスコールの、鼻先をつついてやる。
「俺にそんなに怒んなよ。お前、リノアに騙されたんだぜ?」
 俺の指をべしっと振り払い、スコールはなおも怒りをぶつけてくる。
「なんで教えてくれなかったんだ!」
「そりゃ、お前…わざわざ教える必要なんかねーだろ。俺はお前に『挨拶』してもらうの、毎日すげえ楽しみにしてんだから」
 とっくに何の味もしなくなっていてもいい頃だと思うが、スコールは未だに俺にキスするたび、ひどく気まずそうな顔をする。
 その気まずそうな顔が、俺は好きだ。出来ればこの先もずっと、そういう顔をしてほしいと思っている。
「なあ、やめちまうのか?」
「…」
 俺の言い分を聞いて、スコールはむっつり黙りこんだ。
 主犯はリノアだと理解できても、治まらないもんがあるんだろう。
 実際俺には、こういうルールを作った魔女の気持ちが良く分かる。
 ひどくシャイなスコールだが、それが「ルール」だと信じれば、誠意を持って義務を果たそうとしてくる…その誘惑はたまらなく強力だ。
「黙ってたのは悪かったけどよ。お前からキスしてくれるとか、『挨拶』ぐれえだろ?」
「…」
 俺は俯いたスコールの顔を覗き込む。
「なあ、やめんなよ」
「…とりあえず、今日はしない」
 すっかり拗ねちまったスコールは、その晩、おやすみのキスをしてくれなかった。
 俺も言葉だけで「おやすみ」と返すと、スコールは無言で自室のドアを閉じた。
 最後にこっちを睨んだ目が、まだ怒っていた。

 * * * * *

 その翌朝。
「おう、眠れたか?」
 いつものように声を掛け、スコールの肩を抱く。
 起きてる気配はするのに、すぐにリビングに入って来なかったのは、きっとぐるぐる考えてたからに違いねえ。
「…どうする?」
 俺の問いに、スコールはいかにもしぶしぶといった面持ちで、顔を寄せて来た。
 頬に触れる柔らかい唇は、いつも俺を幸福にしてくれる。
 スコールから愛の言葉なんざ滅多に聞けねえが、俺はこれがその代わりだと思っている。
 あれだけ怒っていたのに、こうしてキスしてもらえるぐらいには、俺は愛されてるってわけだ。
 俺もお返しに、スコールの頬に唇をつけた。
 身体を離したところで、スコールの思い切り嫌そうな顔が目に入る。
 こりゃ、内心はそうとう不本意なんだろうな…とスコールの心情を思うとあまりに可愛くて、俺はたまらず、ぶはっ、と吹いてしまった。
 やべえ。
 と思って口元を押さえたが、もう遅い。
 俺を振り返って、眼を剥いたスコールは、真っ赤になってわなわな震え出した。
「あんたって人は…! もう絶対! しないからなっ!」
 まったく、後が大変だった。
 もう一度朝晩キスしてくれるところまでスコールの機嫌が直るのに、まるまる一週間かかった。
 しかし、キスぐらいでこれじゃ、俺がベッドマナーに関してついちまったウソがバレたら最後、えらい惨事が起きそうで…バレねえことを祈るばかりだ。



2014.08.23 / あいさつの話。/ END

 スコールのお誕生日にアップしましたが、全くお祝いになってなくてすみません!サイファーのついたウソの内容については、どうぞお好みでご想像ください。
 長々と続いたLovefoolも、この話で終わりです。最後までお付き合いいただいた方、本当にお疲れ様でした、ありがと~!