Happy Toy Shopping

 夜、10時。
 任務から疲れて帰ってきて、ただいまって声を掛けたっつーのに、恋人の返事が無い。
「…?」
 無言でパソコンの画面に向かっている。
 まぁた仕事か? 持ち帰り残業か?と思ったが、どうやらウェブサイトを見ているようだ。
「おい。ただいまってば」
「あ、ああ、お帰り、サイファー」
 ようやく俺の声が耳に入ったらしいスコールが、やけに素早くウィンドウを閉じた。
「予定より早いじゃないか」
 俺の方を振り返ったが、目を合わせない。愛想がねーのはいつもとしても、妙に落ち着きが無いのが気になる。
「…早く帰ってきちゃいけねーのかよ。何見てたんだ?」
「…別に」
 ちらっと見えた限りでは、何かの通信販売のサイトのようだったが…ガンブレのケースを床に置いて近づくと、スコールはディスプレイの前に体を寄せて、俺の視線を遮ろうとする。
「隠すなよ」
「別にいいだろ、俺が何見てたって」
 耳たぶが薄赤くなっている。
「よくねーよ。今、ちらっと見えたぞ。何か欲しいモンでもあんのか?」
「…見たのか?」
 スコールはぎくりと動きを止めて、一瞬だけ俺の顔を見上げた。
「ま、ちらっとだけ」
「…別に、買うつもりで見てたんじゃないんだ。ただ、どういうのがあるのかなって…」
 俺の返事を聞いた奴は、すぐに視線を外して俯く。言葉の最後は小さくなって聞きとれなかった。
 無意識だろうが、スコールは「別に」を三回も繰り返した。
 こうなると、絶対「別に」じゃねえハズだ。しかも、俺には知られたくないモノってことになる。
 俺に隠れて、いったい何を買おうとしてたんだ?
 スコールが背中でかばうように塞いでいるモニタを隙間から覗き見ると、画面下のメニューバーに、サイト名が表示されている。
「HAPPY TOY…」
「うるさいなっ」
 意外な名前で思わず口に出すと、スコールは気恥ずかしそうに、ふいっと顔を反らした。
 え。
 これって、まさか、アレか? あーゆーオモチャのサイトか?
「スコール…」
「だから、見てただけだ」
 奴はデスクチェアの上で胡坐をかいて、そっぽを向いている。
「…何でまた」
 情けねえが、まだ半信半疑だ。
 このお堅いスコールが、そんなサイトを見るなんて何かの間違いじゃねーかって気がするが…押し黙って答えない奴をゆるく抱いて、後ろ髪を手櫛で梳いてやる。
「どうしたんだ、お前。そーゆーの、欲しいのか?」
 からかってるふうに聞こえないよう、努めて穏やかに尋ねると、奴は俯いたままぼそぼそと答える。
「……なんか最近、反応が薄い気がして」
 反応が薄い? …誰の? …俺のか?
 いまひとつ意味が掴めねーが、ここで短気を起こしたら最後、聞けるもんも聞けなくなる。
「…物足んねーのか?」
 遠まわしに探りを入れると、腕の中のスコールは考え込んだ。
「そうじゃないけど……いや、やっぱりそうなのかな…」
 ごくり、と俺の喉が鳴った。
 ちょっと待て。急に心臓が暴れ始めた。
「少しは新鮮味があるほうが、楽しいのかもしれないと思って…」
 ……おいおい、マジかよ。
 俺は、とっさには声も出なかった。それほど驚いた。
 新鮮味?
 楽しい!?
 お前、そんなこと考えてたのか? いったいいつから??
 スコールには未だにああいった行為に、「これはダメ」というラインが山ほどあって、俺が少しでもそこから外れようとすると、「そんなことするならもうしない!」なんつって怒んのに。いつの間にか、物足りないと思われていたとは……不覚にも、まったく気付かなかった。
「…で、お前、どういうのが欲しいんだよ」
 俺は内心のショックを押し隠して、とりあえず目の前の現実に対し、現実的に対応することにした。
「…分からない。こんなもの買ったことも使ったことも無いし」
 スコールは俺の腕からするりと抜け出て、実際には何も映っていないモニタに目をやった。
 まあ、お前はそうだろうな。
 俺も大昔に何回か使ったきりだ。迫ってくる女の中から、後腐れがなさそうなのを選んで相手をしていた頃に、いかがわしいホテルの部屋に備え付けてある玩具を、興味本位で買ったことがある。
「やっぱりネズミの形してるのとか、そういうのが良いのかな?」
 スコールの独りごとのような呟きに、俺は首をひねった。
 …ネズミ?
「そんなのあるのか?」
「ああ。電動のとか、いろいろ…すごく、種類が多いんだ。人気もあるみたいだし」
「そうなのか…」
 最近、縁がねえから全然トレンドが分かんねーな。…もっと勉強したほうがいいのかも。
「他には、ボールとか、羽根ぼうきみたいなのとか…」
「…お前、随分いろんなサイト見たんだな…」
 俺は奴の新しい一面に驚いて、まじまじと見慣れたはずの顔を見つめてしまった。好きなもの(ガンブレとか、シルバーとか)についちゃ、研究熱心なのは知っていたが。
「そんなに見てないっ。ホントに買うつもりじゃなかったんだから」
「分かった、分かった。それで、他は?」
 ヘソを曲げかかるスコールを宥め、どれが気になっているのかを聞きだそうと、俺は質問を続けた。
「後は…またたび入りっていうのもあるんだけど、どうなのかな。なんとなく反則な気がして」
 …またたび?
 さすがに無視できない違和感を覚えた。スコールは確かに少し変わった恋人だが、一応人間だ。またたびを喜ぶとは思えない。
「…待て。いったい何の話をしてるんだ?」
「何のって…オモチャの。」
 スコールがバーのサイト名をクリックすると、ぱっと画面が復元されて。
 フェイクバードや、紐のついたネズミのぬいぐるみや、色とりどりのボールの類(言うまでも無いが、ごくノーマルな、地べたを転がすヤツ)が次々とモニタに並んだ。
「…あの猫か。お前が熱心に構ってる」
 ようやく合点がいった。あれだ。ガーデンの野良猫だ。
 食堂裏付近に陣取っているシルバータビーの猫に、スコールはこのところ相当入れ込んでいるのだ。
 しかし、スコールの美学では、指揮官が猫に夢中というのはみっともないことで、なるべく人目につかない時間を見計らってこっそり遊びに行っている(つもりのようだ)。
 この間、その猫相手に真顔でにゃあにゃあ言ってるところにうっかり踏み込んだら、どうやら見てはいけなかったらしく、スコールは完全に拗ねてしまって、しばらく手がつけられなかった。
「あんた、見えたって言ったのに。何の話だと思ってたんだ?」
「……」
 きょとんとするスコールに、エロいお道具と間違えたとは言えず黙ったが、話の流れを辿り直した奴は、俺の勘違いに気づいたらしい。
「……あんた、まさか、」
 みるみるうちに、薄赤かった頬が、さらに赤く染まった。
「…だって、そう思うだろ、普通」
 恋人がネット通販のサイト見てて。
 見つかったら、気まずそうに、慌てて画面を閉じて。
 問い詰めても、しどろもどろで。
 サイトの名前がそんな名前なら、そう思ったってしょーがねーだろーが!
「何が普通だ! あんた、俺がそんなもの欲しがると思うのか!?」
 わなわなと肩を震わせ、スコールがむきになって食ってかかってくる。
 …そーだよな。変だと思ったぜ。
 あの最中に、ちょっと灯りをつけただけで蹴りを入れてくるようなスコールが、そんなオモチャを欲しがるなんて。俺のほうだって、スコールにそーゆーモンを使うなんざ、考えたことも無かった。
「だからびっくりしたんじゃねーか。物足んねえとか新鮮味とか言うしよー」
「馬鹿言うな! 物足りないわけないだろっ、」
 叫んでしまってから、あ、と奴は自分の口を塞いだ。
 そうだな。
 それ、聞き様によっては、かなり嬉しい発言だな。
「そうか。物足りないわけないのか」
 俺は急速に自信を取り戻しつつ、可愛い恋人を椅子ごと引き寄せた。
「なんだよっ」
「十分満足してるか? ん?」
 わざとヤラシく耳元で囁いてやると、スコールは予想通り顔を背け、体を引き剥がそうとする。
「嫌な聞き方するな!」
「たまには、なんか違うやり方…」
「もういい! あんたは余計なこと考えるな!」
「……良かった」
 実質以上に怒ったふりをしているスコールをぎゅう、と抱きしめて、思わず本音を漏らした。
 まったく。心臓に悪いったらねーぜ。
「何が」
「勘違いで良かった。結構、マジで焦った」
「ばか」
 照れて目を合わせてくれない恋人の顎を掬って、甘いキスを交わす。
 幸い、明日は公休日だ。良い雰囲気になって、そのままベッドに入った。

 終わった後、スコールは、いつものようにすぐに眠ってしまった。
 そう言えば、まだ晩飯食ってなかった…。
 ひとりリビングに戻った俺は、帰りに買ってきたジャンクフードを齧りながら、点けっ放しだったPCに俺のIDでログインし直した。そして、あれこれ比較検討した結果、羽根のついた猫じゃらしをひとつ買った。


「お急ぎ便」にしたら、翌日の午後にはもう届いて、ちょっとびびった。それは過剰なほどの緩衝材にくるまれて、段ボール箱の真ん中に恭しく収まっていた。
「あんた、買ったのか!? …その、わざわざ」
 ちょうど呼び出しから帰ってきたスコールは、ローテーブルで俺が拡げている荷物に気づいて、はっと瞳を輝かせてしまってから、慌てて目を伏せた。
「まーな。ちょうど貯まってたポイントの期限が切れそうだったから」
 俺はしれっと嘘をついた。スコールは疑う様子もなく、ソファに座った俺が手にした玩具にすっかり気をひかれているようだ。
「ふ~ん…」
 奴は気のない調子を装いつつ、横目でこっちを窺っているのが気配で分かる。箱から取り出したそれを、さりげなくひゅんひゅん、と軽く振ってみると、明らかにそわそわ落ち着かないスコールが可愛くて、吹き出しそうになるのをぐっと堪える。
 俺からすれば、お前に三角の耳と尻尾が無いのが不思議なぐらいだぜ。
 何食わぬ顔でスコールを散歩に誘うと、奴は「そうだな、天気もいいしな」なんて言いながら、いつになくいそいそとパーカを羽織り、スニーカーに履き替える。
 早速、猫じゃらしをぶら下げて、一緒に食堂の裏手に向かった。
 日当たりの良い一角、段ボール箱の上でとぐろを巻いていた猫は、スコールが猫じゃらしを振り動かすと、さっきのスコールみたいに、はっとブルーグレイの瞳を輝かせてジャンプしてきた。
 せっかくの休日に、こんなガーデンの外れに来るモノ好きは他には居ない。
 俺は芝生に寝っ転がって、猫とたわむれる恋人を眺めて、うららかな午後を過ごした。

 相変わらず顔には出さないものの、スコールの機嫌は素晴らしく、その夜も俺のベッドで眠った。
 二晩続けて、なんてもしかしたら、初めてかもしれねーな。
 なかなか良い買い物だった。
 本当は、その猫じゃらしを使って、恋人とベッドで遊んでみたい気持ちもあるのだが、せっかくの機嫌を損ねるのも惜しいので、もう少し黙っておくつもりだ。



2012.4.20 / Happy Toy Shopping / END

「猫と戯れるスコールの話」を書くはずが、どうしてこうなったのか…。当時メッセージでネタを振っていただいて書いたものですが、「こんな辺境にお客様が…!!」と、ものすごく嬉しかったのを覚えています。
 一応「指揮官のお気に入り。」と同じひとたちっぽいですが、間の成り行きは謎です。あの流れだと、もしかしたら血を見たかもしれませんね!