ひとでなし

 今度こそ死ぬかと思ったが、サイファーは生きて帰ってきた。
「…なんで上の命令を無視した」
「非効率的だったからな」
 怒りを込めた俺の質問に、サイファーは平然と答えた。
 すでに指揮官室でもこってり絞られてきたのだろうが、効果のほどは怪しいものだ。
 長期任務の報告を終えたサイファーは、まっすぐ俺の部屋に来て、荷物とガンブレケースを床に置き、シャワールームに直行した。
 自分の部屋が他にあるのに、彼は当たり前のような顔で俺の部屋に帰ってくる。
 やがて水音が止まって、シャワールームのドアが開く気配がした。
 ソファに掛けた俺は顔を上げずに、本のページをめくる。
「…何だよ。久しぶりの再会だってのに、つれねえな」
 湯気と石鹸の香りが近づいて、背後からしめった腕が回される。
「呆れてるんだ。あんた、作戦ってものを理解してるのか」
 俺が指揮官を降りてから、サイファーは気に入らない命令を無視することが増えた。
「お前ならあんな作戦、そもそも組まねえだろ」
 腕の中に入れてもまだ振り返らない俺に、サイファーはため息をつく。
「それはそうだが…、あんたの判断は危険すぎる」
「そんなに怒んなよ。…こうして帰って来たじゃねえか」
 もっともらしい説教をしてみても空しいだけだ。
 結果オーライのサイファーは俺の非難を受け流し、こめかみの辺りにキスして機嫌を取ろうとする。
「帰って来なくなってから怒ったって遅い」
 噛みあわない会話に苛立って、俺はとうとう振り返り、背後のサイファーを睨み上げた。
「あんたはいつもそうだ。地面を歩いていけばいいのに、わざわざロープの上で宙返りしてみせる」
「そういう性分でな」
 軽く肩をすくめ、近づいてくる顔から、俺は思い切り顔を背けた。
「…スコール」
「そんな気分じゃない」
 猛烈に腹が立った。
 その性分のせいで、こっちがどれだけ気を揉んでると思ってるんだ。
 帰ってしまうかと思ったが、サイファーは俺の正面に回り込み、顔を上げない俺をゆっくり抱きしめた。
「ずっと…お前のことを考えてた」
 その言葉に、俺だって本当はずっと会いたかったことを思い出してしまう。
「見え透いたこと言うな」
 冷たく突き離したつもりだが、サイファーは少し笑った。
「本当だ。…信じろよ」
 低く甘い声で囁かれる。信じてたまるか、と俺は思う。
 頑なに顔を背ける俺の頬に、サイファーがキスしてくる。
 ひとつ、またひとつ、と移動して、結局唇が重なると…後は、いつもなし崩しになってしまう。

 * * * * *

 少しは懲らしめてやらなければと思っていたのに、サイファーの誘惑に勝てない自分が嫌になる…。
 俺が怒っているせいか、行為はいつも以上に執拗だった。
 もういい、と断っても構わず続けられて、こっちはくたくただ。
 皺だらけになったシーツの上で力なく伸びて、俺は隣の男を睨む。
「…あんなサーヴィス、必要ない」
 そう言うだけで、枯れた喉が微かに痛んだ。
「別にいいじゃねーか。俺がやりたくてやってんだから」
 隣に寝そべったサイファーは、俺の苦情にも悪びれず、得意げに「気持ち良かっただろ?」などと訊いてくる。
 あんたはこういうやり方で、俺の目を見えなくする。
 こんなにもサイファーは俺を愛してる…そう思い知らされるたび、あんたなしではやっていけなくなる。
「…そうやって、あんたはまた、俺の心臓を掴んだまま、ロープの上で宙返りをするわけだ」
 半分独り言のつもりで呟くと、サイファーは「そうだな」と笑った。
「何が『そうだな』だ」
「人の気も知らないで、と思ってるか? …知ってるぜ」
 心の中を読まれた俺は、驚いてサイファーを見つめた。
「怖いだろ、スコール?」
 サイファーはシーツに肘をつき、俺の目を覗きこむ。
「こういうのを…お前はいちばん恐れてるんだろ?」
 見透かされている。
 俺は失うことを恐れ、初めから誰も近づかせないよう注意を払ってきた。
「そうだ。それを分かってて…あんた、本当に酷い奴だ」
 サイファーは俺の恐怖を知っている。
 それなのに、あんたは俺の心を奪い…しかも、敢えて命を落とすような真似ばかりする。
「実はなぁ、スコール」
 間近で緑の両目が細められ、ニヤリと口元が吊り上がる。
 サイファーは俺の目を真っ直ぐに見て、続けてこう言った。

「…お前の心臓を掴んでるって思うと、うまく宙返り出来る気がするんだ」

 信じられないような告白に、俺はあっけにとられた。
 言葉が出ない俺を見て、サイファーは愉快そうに笑い出した。
「愛してるぜ、スコール」
 そんな愛があるか!
「この…人でなし!」
 罵る俺をサイファーは笑いながら引き寄せ、目を開けていられないようなキスをしかけてきた。



 2014.7.13 / ひとでなし / END