「ねー、もとはんちょ。お願いがあるんだけど」
残業中、執務室のキッチンスペース。ひとり抜けのセルフィが、洗い終わったマグを拭きながら、上目づかいに俺を見上げてきた。
「何だよ」
まだまだ仕事が残ってる俺は、希望者分のコーヒーを淹れてるところだ。
「実はぁ~、友だちから頼まれちゃって。ちょっと調べてほしいことがあるんだ~」
愛らしい猫なで声をだして、俺の顔色をうかがっている。これはロクな用事じゃねーな、と俺は直感したが、一応内容を聞いてみることにした。
「調べる?」
「スコールいいんちょの部屋の鍵、まだ壊れたまま?」
「ああ、まあな」
何しろ予算が余んねーからな。
昔のガーデンは今より裕福だったと見え、当時の発注者が趣味に走って特殊なロックを採用していることも、なかなか修理の順番が回ってこない一因になっている。
なるほど、ヘタレを使わずわざわざ俺様に頼みに来るとは何かと思えば、スコール絡みか。
「それなら…いいんちょの好みのタイプ、こっそり見て来て欲しーんだけど」
「ああ?」
「男子だったら、あるでしょ? ほら、ベッドの下とかにぃ~」
むふ、と童顔にヨコシマな笑いを浮かべて、肘で俺のわき腹を突いてくる。ヘタレの野郎はいったいどういう躾をしてやがるんだ…って、あいつにゃ無理か、そもそも。
「お前、そんなのプライバシーの侵害じゃねーか」
俺がズバリと指摘すると、セルフィは「や~ん、そんな堅いこといいっこなしで~!」とウソ泣きで泣きついてきた。
「ね、別にい、そんな具体的じゃ無くてもいいの! おねーさん系とか、お嬢サマ系とか、その程度のフンワリでいーんだから!」
両手を祈るように組み合わせて、うるうると瞳を潤ませてくる。
…これはもう、安請け合いしちまったってことだな。まったく…
「すんげーエグイの出てきたらどうすんだ」
脅かすつもりで言ってみるが、セルフィはたちまちパッと顔を輝かせた。
「わ。出てくるかなあ!? 案外マニアックだったりして~?」
明らかにワクワクしている様子だ。
この小悪魔め、と呆れる一方で、だんだん俺も興味が湧いてきた。
「アイツ、相当ストレス溜まってそうだしな~…」
スコールはリノアと別れた後、女も居ねえようだ。
健康な若い男である以上、そっちの始末は自力でしているのだろう。
あの澄ました顔した優等生が、どんなオカズで抜いてるのか…実にくだらないことだが、いったん気になり始めると、ものすごく気になってきた。
「よっしゃ。見て来てやる」
「やったー!!」
俺を堕とした小悪魔はぴょん、と飛び跳ねて拳を突き上げた。
「ただし、あんまり言いふらすなよ。すぐ俺が犯人だってバレちまう」
渋い顔で釘を刺すと、セルフィはうんうん!と激しく頷いていたが、アテになるんだかどーだか…。
数日後の昼下がり。
俺は代休で、スコールはエスタ出張、という絶好のチャンスを得て、俺は奴の個室に侵入していた。
ややムラはあるものの、基本的に几帳面なスコールの部屋はそこそこ片付いている。探し物も、さほど苦労しなくて済みそうだ。
奴はこの部屋には、PCもテレビモニターも置いていない。ということは、媒体は紙、おおかた冊子体と思われる。中等部の寮の検査で押収されるのも、未だに雑誌が一番多いしな。
候補生になってしまえば、それ以降、寮検査などという無粋なものは無い。
ましてや指揮官の部屋に、そんなモン探しに入るのは、世界広しと言えど今の俺ぐらいだろう。割合安直なところに隠してあるに違いねえ、と俺は踏んだ。
アイツの女の趣味か…。
長い付き合いだが、まったく想像もつかない。
何しろ、リノアより以前に、浮いた話を聞いたためしがない。あの魔女は押しの一手で寄り切ったらしいし、その後別れているわけだから、ハナから好みとは違ったんじゃねーかと思う。…何となくだがな。
いったいどんなのが好みなんだ?
まずはここから、と思い、ベッドの下を覗いて…驚いた。なにやらグラビア誌のようなものが、大量に隠されている。
アイツ…意外と好きなのか。そういうの。
積まれた雑誌からは、ピンクやブルーの付箋が飛び出していて、合理主義的な奴の性格が窺える。ベッドの下に手を突っ込んで、何やらどきどきしながら、一冊を引っ張り出してみると。
「ペット通信」
「……何だこりゃ」
ぱらぱらとめくって見るが、愛くるしい猫や犬、ハムスターの写真ばかり。
しょーもない他人の愛犬自慢などが延々と続いている。
そうか、この束の中に隠してあるのか、と思い調べてみたが、積まれた雑誌にはエロの欠片もなく、すべてペット雑誌のバックナンバーだった…。
どうやらピンクの付箋は気に入った猫、ブルーの付箋は気になる情報につけているらしく、ブルーの部分を辿って行くと、猫にあげてはいけない食べ物や、気をつけなければいけない症状など、初めて猫を飼うにあたっては重要だが、俺にはまったく必要ない知識を効率的に学ぶことが出来た。
…ああ、そうか。
あのガーデン目安箱に毎月一回入ってくる、匿名の投書。
『校則をペット可に変更してほしい』
定例の委員会で毎回取りあげてみるものの、「仕事に身が入らなくなる人が居るから駄目よ」といつもキスティスに一蹴されるヤツ。あれはスコールが書いてたんだな…。
その後も、ベッドのマットレスの間、机の引き出しの奥、カーペットの下など、ありそうなところを探してみたが、使えそうなモノは影も形も無い。
本棚を漁っていたらアルバムが出て来て、「これか!?」と勢い込んで見てみたが、なんと俺の写真が真っ先に現れ、うっと出鼻をくじかれた。中味はイベントの度にセルフィが山ほど撮って配ってよこすスナップ写真のみ。お馴染みの委員会メンバーが写っている、俺も持ってるものばかりだ。
写真の後ろに他の写真が隠してあるかも、とポケットを念入りに確認してみるが収穫ゼロ。
納得のいかない俺は、夕方まで粘ってじっくり現場を調査したが、とうとう時間の無駄に終わった。
アイツ、ホントにちゃんと始末してんのか??
思わずアホな心配までしてしまった。
まあ、なんとかしてんだろうが…どうもモヤモヤと不満が残る結果だった。
翌日。
「ね、どうだった!?」
セルフィは期待に満ちた目を、キラキラ輝かせて聞いてきた。
「とりたててどうっていうことねーなあ。ごくノーマルっつうか」
「美人系? お色気むんむん??」
うーん、と俺は首をひねった。別段そんな傾向は無かった気がする。
「いや、どっちかっていうと、そこらで見かけるタイプが多かったな」
「じゃあじゃあ、普通の子っぽいのがいいってこと~?」
俺の答えを聞いたセルフィは嬉しそうに、俺のコートを引っ張ってくる。
おそらくその友達とやらが、ごくフツーの女なんだろう。
「そうだな。自然体で…まあ、痩せすぎよりは、少しぽっちゃりしたのが好きみてーだ」
ピンクの付箋はかなりの枚数に上ったが、共通した特徴はそんなところだ。
「そうなんだ~! よかった~、もっとダイエットしたほうがいいかな~って相談もあったから」
きっと喜ぶよ~、ありがと~!! と俺の両手を取ってぶんぶんと振り、セルフィはご機嫌で去って行った。
とりあえずウソはついてねーし、いいとしよう。
ややロリコンの気があることは、アイツの名誉のために黙っておいてやった。…まあ、猫なら、の話だがな。
その夜。
「サイファー。あんた、俺の部屋に入っただろ」
リビングのソファの後ろから、ひたり、とつめたい刃の腹が、首筋に押し付けられた。
「…何の話だ」
エスタから戻って、いったん個室に引っ込んだスコールは、どうやら俺の侵入に気づいたらしい。
「とぼけるな。分かってるんだ。…いったい、何を調べてたんだ?」
背もたれの後ろから、斜めに当てられた刃先を横目で見る。
実に良く手入れされている。
…さて、正直に言ったもんかどーか、迷うところだ。
「…お前の気のせいじゃないのか?」
「雑誌の順番が変わってた」
細けーな!
あんなもんに順番もヘッタクレもあんのか、と心中で毒づくが、まあ、明らかに俺のミスだな。
「…大した用じゃねえ。ちょっと夜のネタに困ってな、お前のがあれば拝借しようかと思っただけだ」
「な」
スコールはあっけに取られたようで、しばし絶句した後、長いため息をついて、ブレードを引いた。
「……ご期待に添えなくて悪かったな」
一刀両断の危険が去って俺が振り返ると、スコールは「あんた、あの雑誌のこと、誰にも言うなよ」と気まずそうに口止めしてくる。
「ペット通信か? …お前まさかアレで抜いてんのかよ」
本気で訊いたわけでもねーのに、スコールは真面目に激昂した。
「んなわけあるかっ!! どんな変態だ俺は! アホかあんた!」
再び目の前ぎりっぎりに、切っ先を突きつけられて、俺はのけぞる。
「あぶねーだろうが! 落ち着けっつーの」
両手で顔面をかばって後ずさりつつ、この際気になったので聞いてみた。
「だってそれらしーもんが何にもねーからよ。お前、何処に隠してるんだ?」
この質問に、何故かスコールは少々たじろいだように見えた。
「…持ってない、そういうの。だから他人の部屋を荒らすのはやめろ」
「持ってない?…だって、お前パソコンだって部屋にねーじゃん。何をネタに…」
純粋に不思議に思って追及しかけるが、えらい剣幕で遮られた。
「そんなのあんたに関係ないだろっ! ヘンな詮索するな!」
珍しく顔まで真っ赤にして怒ったアイツは、それきり個室に立てこもってしまった。
「おい、スコール。悪かったって。そこまで怒んなよ」
外から声を掛けても、完全無視だ。
まあ…俺のやり方がまずかったことは認めるが、そこまで必死になって隠すようなことか?
男同士、趣味が合ってりゃ、俺のを貸してやってもいいと思ってたのに。
まったく、アイツは昔から秘密主義が過ぎる。
もうちっとこう、心を開いて接してくりゃあ可愛げもあんのによ。
さらに翌朝、アイツは「二度とするな」と低く凄んで、一応水に流してくれたが、スコールの好みのタイプ(猫以外)については、結局わからずじまいだった。
しかし気になる。
どうしてか、猛烈に気になる。
幸いというかなんというか、ヤツの個室の鍵は、未だに修理の予定が無い。
俺は今、それらしい気配がする夜にこっそり覗いてみたいという誘惑と戦って…結構苦戦している。
2012.3.23 / 指揮官のお気に入り。/ END
ペット通信がスコールの愛読書、というよそ様の設定に萌えて書いたものです。スコールはきっと動物好きですよね。コヨコヨ手なずけようとするし、ライオンのアクセサリに名前付けてるし、石の家でアンジェロとふたりきり?になった隙に、こっそり話しかけたりしてるし!
いまどきの男子はデジタル派だと思いますが、このサイトはFF8発売当時ぐらいの文明設定ですのでお許しください。カメラのフィルムとかも、そろそろ通じなくなりそう。
スコールのいわゆる「好みのタイプ」はお察しのとおり、ブロンドのグリーンアイズです。しょーもない話にお付き合いくださった方、ありがとうございました!