※初めに大切なお願い※
 誠に申し訳ありませんが、魔女による電波障害の件は忘れて読んでください。




 エスタの北の、北の北の北のはずれって場末の、小さなパブのカウンター。
 ボロいスツールに腰を据え、遅すぎた昼飯のような、早すぎる晩飯のような食事を前にして、俺は新聞を広げる。
 世間はもうすぐクリスマス。
 頭上のTVでは、ここの婆さんが大好きなインタヴュー番組が終わりに差しかかっている。
(では、最後に何か一言ございましたら)
 モニターの中で、ストライプのネクタイにセルフレームの男が、スコールに水を向けた。
 お互い軽く礼を述べあって締める、お決まりのパターンだ。
「はー、カッコいいねえー。俳優さんにでもなればいいのに」
 店の婆さんがテーブルを拭く手を止めて、うっとりと壁に据えた画面を見上げている。
 …こんな無愛想な奴が、役者なんかになってどーすんだ。
「アホか。ったく、女ってのは、顔しか値打ちが分かんねえんだからなぁ」
 カウンターの反対側の端に座った、常連らしき爺さんのぼやきを聞きながら、揚げ過ぎのジャガイモの一切れを口に放りこみ、俺は見るともなしにスコールのツラを眺める。
 アップで映るスコールの、眉間に残る長い傷跡。
 今、俺の同じ場所には、傷は無い。
 逃亡生活のはじめに、ティンバーのモグリの医者に、大枚はたいて目立たねえようにしてもらった。俺はとっくに消しちまったそれを、スコールはまだ額に刻んだままにしている。
 奴は画面の中で、司会に振られた締めの言葉に、神妙な表情のまま、首を軽く傾けた。
(そうですね…、ごく個人的な事でもいいでしょうか?)
(え…)
 仕切り役の男は、意外そうに眉を吊り上げた。
 広報にケツでも叩かれてるのか、スコールは昔と較べりゃ、ずいぶん喋るようになったと思う。それでも、饒舌と言うには程遠く、段取りから外れた発言をするなんざ、滅多にねえことだ。
(ええ、ええ、構いませんとも)
 むしろ何を言いだすのか、興味を持った様子で、セルフレームの男はにこやかに続きを促す。
 スコールは、ためらいがちに目を伏せてから、やがて決意を固めたように、はっきりと発言した。

(それじゃ、…古い友人に一言、メッセージを贈りたいんですが)

 …なんだって?
 俺は、文字通りあっけに取られた。スタジオの奴らもほぼ同様だ。いまだかつて、スコールの口から、「友人」なんつー単語が出たことがあったか…?
 さらなる驚きの展開に、司会者は目をぱちぱちさせてから、慌てて言葉を繋いだ。
(ご友人ですか! ええ、もちろん、是非どうぞ)
 するとスコールが…にわかには信じられないことだが、カメラに…つまり画面のこちらに向かって、ふわりと微笑みかけた。


Good Luck On Your Birthday



 確かにそう聞こえた。
 …………。
 いったい、何の冗談だ。
 俺はカウンターの奥、棚の上に据えられたテレビモニターを睨んだ。
「へええ、笑うんだぁ、あのひと! やだぁ、綺麗だねええ」
 婆さんが年甲斐もなく台拭きを握りしめ、目をキラキラさせて歓声を上げる。
 客の爺さんは、うんざりって顔で俺に同意を求めた。
「そりゃ、人間なんだし、笑うことぐらいあんだろ。なあ?」
「でも、初めてみたわぁ…。ねえ、にいちゃん。見たことないねえ?」
 流れ星でも見たような騒ぎだ。
「…興味ねーな」
 三人きりの店内で、俺は両者から振られたジャッジを放棄した。
 そう言いつつも、しばし目の前のメシの存在を忘れていたのが腹立たしい。気を取り直して、婆さんのハードなオムレツにフォークを入れる。
 …見たことねえってわけじゃねえ。
 あいつだって、機嫌が良けりゃ、ニコニコしてるときだってあったんだ。それこそ大昔、まだエルオーネが俺たちと一緒に居たころはな。
(驚きましたね! お友達のお誕生日ですか。どんなオトモダチなんですか?)
(もしかして、昔の恋人とか!)
 スピーカーから流れてくるおぞましい詮索に鳥肌が立つ。
 誰が昔の恋人だ。
 俺は煮えたぎる怒りを押し殺し、黙って、卵の固まりを口に運んだ。
(以上、ティンバーのスタジオからお送りしました。それでは、また来週…)
「お友だちって、やっぱり女の子かねぇ…」
 スタッフロールが流れる画面を心配そうに見上げる婆さんに、爺さんはせせら笑った。
「そんなの当ったりめえだろ。野郎の誕生日なんか覚えてるもんか、気色ワリい。へっ」
 そーだろ、ふざけんじゃねーよな、と内心で同意した次の瞬間、スコールの誕生日を覚えている自分に気付いて、俺は思い切り顔をしかめた。
 クソっ。俺様の優秀な記憶力が疎ましーぜ…。
 それにしても、
「ひでーな、こりゃ」
「知らないで頼んだのかね、あんた」
 口の中の得体の知れない感触に思わず呟くと、頬杖をついた爺さんが、気の毒そうに俺を見た。


 宇宙食のようなオムレツの後味を煮詰まったコーヒーで消して、俺はパブを出た。
 腕の時計は午後4時を回ったばかり。
 戸外は既に日暮れて、薄暗くなっている。
 この辺りの住民がよく着るフード付きのマントを被っているが、はっきり言って寒い。こっちに来てすぐに、伸ばし放題にしていた髪を短く刈ったのも失敗だった。
 それでも、今日は雪が降っていないだけマシか。
 町は人影もまばらだ。住人の多くは、昼間は近くの缶詰工場で働いている。
 十数年ぶりに復活した船便で、先月末にエスタに入った俺は、ひとまず山に入って金になりそうなモンスターを狩って、牙や毛皮を売ってまとまった金を作り、その後は、どこか人目につかないような山小屋でも探して冬を越そうかと思っていた。
 しかし、一週間もしねえうちに、考えの甘さを悟った。
 寒すぎる。
 おまけに、小屋を暖めるとモンスター共も寒いのかウヨウヨ寄って来やがって、安眠する暇もねえ。
 俺は山ごもりをあきらめ、海からも山からも近いこの町の外れの廃ビルの一角をとりあえずの寝ぐらにしたが、クリスマスが近づくと、のどかな町も帰省者が増えてくる。
 今晩かぎりでこの町を出て、明日には人の流れと逆にエスタシティに向かうつもりだ。
 明後日から年末まで、寮つきの工場の夜勤を予約してある。
 ここまで俺は一応お尋ねもののドレスコードを守って、髪を染めるだの髭を伸ばすだの、それなりの変装を施していたが、ここエスタに入ると、それも面倒くさくなってきた。
 目立つハイペリオンはママ先生に送り返し、ごく普通のハンター用ソードとハンドガンに変えたし、眉間に傷も無く、短く髪を刈り込んだ地味な旅装の今の俺を見て、ぴんと来るようなエスタ国民はまず居ねえだろう。
 こう言っちゃなんだが、あの手配写真は映りが最悪だしな。
 なにより、エスタ政府は俺の捜索についちゃ、その気がねえのが見え見えだ。下手に俺を捕まえちまうと、B.G.かガ軍か、どっちに引き渡すかを決めなきゃなんなくなる。
 いまじゃ、マジになって俺を追い回すのは、ガルバディアの一部のエージェントだけ。しかも、ガ軍のなかじゃマイナー派閥に転落したデリング派の残党で、大した腕もねーもんだから、つい先月、俺を消そうとして一般市民を巻き込んで怪我をさせ、何も知らないセントラ警察に何人かとっ捕まったばかりだ。
 薄闇はやがて深まり、てくてく道を歩くうちに、両脇の建物の並びがまばらになって、昨日までに
降った雪に覆われた空き地が増えて行く。
 町の外れに立つビルは二階建で、中は何も無くがらんとしている。誰のものかも知らねーが、古風に牛乳瓶入れに隠した鍵を拝借して、仮住まいの中に入った。
 今日は何処かで、しきりとヘリの飛ぶ音がしている。


 夕方のうちに仮眠を取って、明日は早くに発つつもりだった。
 それなのに、ちっとも眠気が来やしねえ。
 寒さしのぎのため、フロアに野宿用のテントを張って毛布を敷いた上で、寝袋に身体を突っ込み、転がって目を閉じてみるが、どうにもイライラするだけだ。
 気を抜くと、さっきのスコールの笑顔が瞼の裏にちらつく。
(…あんたの誕生日に、)
 クソっ。いったい、あいつはどういうつもりなんだ?
(どんなオトモダチなんですか?)
(もしかして、昔の恋人とか!)
「オトモダチ」にも、「昔の」にも、「恋人」にもムカつくが、俺が全身総毛立った質問を、スコールの奴が平然と受け流していやがったのが、どうしようもなく気に障る。
 あいつ、目の前であんなこと言われて、何ともねーのか。
 大体、今頃になってなんだって突然……今まで、俺を探す素振りも無かったクセに。

 終戦直後は、デリング派以外に、ガ軍の正規エージェントやB.G.も俺を追っていた。ドールとセントラはガルバディア新政権に協力する姿勢を示し、エスタは中立の方針を取った。一方で、B.G.はまだ学籍の残っている俺を探し出して保護し、しかるべき被告席に着かせるつもりだと発表した。
 だが、その指揮をスコールが取ることは無かった。あいつはいつも他の、もっと重要な、もっと金になる任務にかかりきりだった。
 3カ月もたつと、どこもそれほど本腰を入れなくなった。
 ガーデンは出資者に逃げられた上、修復に資金をつぎ込んじまったせいで、俺の捜索どころじゃねえ状態だった。どうせ、俺は捕まれば有罪になる。B.G.の罪状が軽くなることもないから、さらに借金が降って来る。資産もねえ俺が、ガーデン分の賠償まで背負うなんざ無理な話だ。
 ガ軍の主流派はデリング派が不利な証言を恐れて俺を始末しようとしていると勘づいたが、下手に動けば同士討ちのスキャンダルになることを警戒し、無理はしなくなった。証拠のひとつやふたつ消えようが、どうせ多数派は安泰だ。
 俺自身は、出頭して事実を説明すべきなのかどうか、最初は迷っていた。
 だが、審議会のメンバーを見て、その気も失せちまった。
 要するに、俺の死刑はほぼ決定してて、後はどの組織のどのあたりと心中させるかって話になる。その「どのあたり」を自分の邪魔になる奴におっかぶせ合うだけの裁判になるのが見え見えだった。
 ガーデンから擁護してもらえりゃ、減刑される望みがないでもないが、結局は迷惑をかけるだけだ。
 ママ先生の罪は、俺の証言無しでもそこそこ軽いものに落ち着くと判断し、俺は、逃げられるだけ逃げることに決めた。

 …それなのに、いまさら何だ。
 あのスコールの、気まぐれみてえな祝福が耳の中に残って、俺の神経を逆なでしてきやがる。
 寝がえりを打つのも飽きた。限界だ。
 ひとこと文句を言ってやんなきゃおさまんねえ、と俺は真っ暗なテントの中で身を起こした。

 再びフードを被って、寒空の下へ出た。
 いくらガーデンの捜索に熱意が感じられないと言っても、さすがに携帯から掛ける気にはなれず、俺は空き地の隣にぽつりと立った、古風な電話ボックスの扉を引く。
 中に入ると、少しだけ寒さが和らいだ。
 財布の奥から、紙切れを探り当てる。
 周囲がぼろぼろに痛んでる、ガーデン食堂Bランチの引き替え券だ。11枚つづりの最後の一枚。
 以前、スコールの携帯の番号を冷やかしで訊いたとき、書くものが無くて、俺はこのチケットの裏にメモした。
 掛ける気は無かった。
 どうせ訊いても教えやしねえだろうと思って訊いたら、嫌そうな顔をしながらも答えたので、俺もひっこみが付かず書き留めただけだ。
 翌日のランチに、何となく新しいチケットを買っちまうと、その紙切れは何となく財布の隅に突っ込んだままになった。
 ガーデンを離れた後、何度か処分しようかと迷ったが…やはり何となく捨てられず今日まで来た。
 それにしても、あれはいったい、いつの話だったか…?
 もしかしたら、アイツが初めて、携帯を買ったときかも知んねえ…。それって何年前だ?
 食券の裏に書かれた数字を順に押しながら、やっぱマズイか、と思いはした。発信ナンバーから、エスタに居ることはすぐバレちまう。
 まあいい。正式にエスタに調査を依頼するにしても、調べがつく頃には、俺もここには居ねえだろ。
 そもそも、どうせ繋がんねーだろうし、と思ったら、コール音が普通に鳴った。鳴るのかよ。
 ワンコール。ツーコール。しかし、出るわきゃねーよな。
 誰か出たとしたって、もう別人の番号だろう――。
(はい?)
 …ウソだろ。出やがった。しかも、なんかそれらしいじゃねーか。
(…こちらは、スコール・レオンハート)
 もう少し長いセンテンスが来た。内容を別にしても、声で分かる。間違いなくスコールだ。
(…どちらさま?)
 向こうは、案外穏やかな調子で問いかけてくる。
 それなのに……声が出ねえ。
 な…何だ? 心臓がやけにドキドキして…
(…ご用件は? ……どうしました?)
 中性的なルックスの割に、低めの、落ち着いたスコールの声。
 何で俺は…こんなにアガってるんだ?
 おいおい、待てよ、スコールだぜ? 
 あの、ひとつ歳下の、弱っちかったスコールだ。
 そりゃ、今は世界のヒーローで、別人みてえにすっきりしてやがるが…この俺様が、何を緊張する必要があるってんだ。確かに勝負じゃ負けはしたが、一対一だったわけじゃねーし。
 スコールは黙っている。受話器のこちら側にいる誰かが、発する言葉を待っている。
 俺はどうして黙ってるんだ。言いたいことがあったはずだ。
 せっかく寝床に収まったってのに、このクソ寒い中をまたわざわざ外まで出て、一度も掛けたことが無いナンバーに電話を掛けるほど…スコールに言いたかった何かが。
 これじゃ切られちまう、と思ったとき、

(…………サイファー?)

 スコールが…ためらうように小さく、俺の名前を呼んだ。
 さっきまでと違う、頼りなげな声の響きに、俺はやっと自分の調子を取り戻した。
「てめえ、なんだよ、あれは」
(…本当に…あんたなのか。…午後の放送、見てくれたのか?)
 スコールは驚いている。そりゃそうだ。
 俺からスコールに電話を掛けるなんて初めてだし、この番号をまだ控えていたことも意外だろう。
 その上、俺は逃亡中の人間だしな。
「ふざけんじゃねえ。誰がオトモダチだ、ええ?」
 スコールの出る番組をチェックしてたと思われるのも癪だが、そこまで話すと長くなる。
(悪いな。生放送で、他に適切な表現が思いつかなかったんだ)
「お前、俺の誕生日がめでてえなんて、これっぽっちも思ってねえくせに」
(そんなことはないさ。子どもの頃は、皆でお祝いしただろ?)
 白々しい台詞が受話器から聞こえて、俺はまたイラッとくる。
「何が『しただろ?』だ。綺麗さっぱり忘れてやがったくせによ」
(仕方ないだろう。G.F.の副作用だ。…忘れたかったわけじゃない)
 俺の言葉に、スコールが言葉を返す。
 ただそれだけのことが、あまりに久しぶりで、どこか非現実的だった。
 今じゃ遠いモニタの向こうに居るスコールが、俺に話しかけている。あいつらしい無愛想な、淡々とした喋り方が、妙に耳に馴染む。
「大体お前、いったい何年前の番号使ってやがるんだ。一度も変えてねーのか?信じらんねえ」
(そうだな…、実は、今は別のを使ってる。この番号は、念のため取っておいたんだ)
「ああ?」

(こうやって、あんたから苦情の電話が掛ってくるかもしれないだろう?)

 …その言葉の意味を飲み込むまで、しばらくかかった。
 なんだそれ。
 じゃ、このナンバーは、俺のためにとってあったのか?
 お前……俺が電話が掛けてくるの、待ってたのかよ。
 じんわりと、受話器に付けた耳から頭へと、温かい痺れが広がった。良く分からない感情だった。
 コンコン、とボックスの外からノックされて、はっと我に返った。めっきり数の減った電話ボックスは、占拠していると、次のお客に急かされることがある。
「もう金輪際かけねーよ。さっさと解約しとけ、じゃ…」
 あとなにか一言言って切ろうとしているのに、再びコンコン、としつこくノックされる。
 うるっせーな、もう終わるっつーの、と思って振り向くと同時に、ボックスのドアがいきなり引き開けられて、次の客が頭を突っ込んできた。
 外の冷たい風が吹き込む。焦げ茶の髪……眉間に長い傷跡。
「な、おまっ…!」
 ブルーアイズが間近に俺を見て、思わず息が止まった。
「寒いな、こっちは。あんた、そんな薄着でよく平気だな」
 昼間モニターで見たばかりの美貌が、口をきいた。
 …今度こそ、言葉が出ねえ。
「やっぱり、直接言った方がいいかと思って。…誕生日おめでとう、サイファー」
「な…」
「エスタ警察に頼んで、逆探知してもらったんだ」
 皮ジャケットの肩でボックスの扉を押し開けたスコールは、左手で旧式のケータイをたたみながら、もう片方の手のひらに載せたスマホの画面をこちらに向けた。
 この区画の住宅地図だ。
 …警察から転送されてきたデータなのか、赤いターゲットマークが点滅している。
 やられた…。まさか、待ち構えてやがるとは…。くらり、と眩暈がした。
「代表番号じゃなくて、こっちにかけてくるとは驚いたけどな。さて、ガーデンまでご同行願おうか」
「おっま…! 何がグッドラックだ、この野郎!」
 俺はまだ持っていた受話器を叩きつけるようにフックに戻してからスコールを振り返る。
 その肩越しに、カッ、と白いフラッシュを見た瞬間、すげえ勢いで後頭部を押さえ付けられた。

 ドオン!!

 爆発音と衝撃が同時に押し寄せ、全身の皮膚と鼓膜を打った。
 スコールの手が俺の頭を押し下げ、閃光から俺の眼をかばったのだと、やや遅れて理解した。
 俺はスコールのジャケットのファーから、埋もれた顔を起こした。
「…何だ、ありゃ」
「…あんた、あの空きビルに居たんだな。携帯置いてきたのか」
 確かに俺の居たビルの方角で、場所もちょうどそのあたりだ。
「ケータイ…?」
 いつのまにか道路脇に停車していた車両から、男が顔を出してスコールに合図すると、Uターンして爆発現場へ走り去って行く。
「ああ、あれは覆面パトだ。ここまで乗せて来てもらった」
 俺の視線を追って、スコールが答えた。
 ボックスの真横に車を着けられて気付かねえとは、…俺はよっぽどスコールとの電話に気を取られていたらしい。
「あんた、ガルバディア旧市街の裏通りで携帯買っただろ?」
「…買った」
「あの店のヤツは、最初っからぜんぶウイルスが仕込んであるんだ。あんたみたいに、居場所が金になる客が来るときに備えてな」
「…ガーデンは近頃、ずいぶんいかがわしい連中と付き合ってんだな」
「うちじゃない。あんたの追っかけの旧デリング派だ」
 スコールは俺をひと睨みすると、感情を殺したトーンで、一気に喋りはじめた。
「今日0515に、あいつらがそのケータイ屋から情報を買って、あんたの居場所をつきとめたらしいって一報が入った。もう手段は選ばない、潜伏してる建物に時限爆弾をセットして、夜には作動させるって情報が、続けて来た。こっちもツテをたぐって、昼までには、そのエージェントの派遣先がエスタのこの町のどこかだってところまでは分かったが、動けなかった。相手に感づかれたら、予定が前倒しになるかもしれなかったから」
 狭いボックスの中で、俺を閉じ込めるように立ちふさがったスコールの顔に、特別な表情は読みとれねえが、グローブを嵌めた手が、俺の両腕を掴んだ。
「あの放送で、もっとはっきり言おうかどうか迷った。だけど、…逃げろ、サイファーって言ったら、ガーデンとガルバディアは全面対決だ」
 デリング派が勝手に俺を消そうとしてることは、ガルバディアにとっちゃ身内の恥みてえなモンだ。
 B.G.の指揮官がテレビで言っていいことじゃねーのは、俺でも分かる。
「あんたを捕まえたいなら、俺以外の人間が対処するのがいいに決まってるが、番組のキャスティングは交代が効かない。あんたが、俺の顔なんか見たくないって、チャンネルを変えてしまうかもしれないとも思った。連絡しろなんて言ったら最後、絶対に連絡して来ない」
 お前、…そんなこと考えてたのかよ。それで俺の捜索指揮は、いつも別の奴が執ってたのか。
「そもそもテレビを見てるのかどうかも分からない。それでも、他に手もなくて……俺は、あんたの運に賭けたんだ」
 すかしたポーカーフェイスが、くしゃりと歪み、奴は顔を伏せた。掴まれた両腕の痛みに、感情の震えを感じた。
「スコール…」
 こいつに電話を掛けに部屋を出なければ俺は、今頃はあのビルごと吹っ飛んでいた。
「何も出来ないまま、どんどん日が暮れて行って……、もう、ダメかと思った」
 俯いたスコールの、頭のつむじをぼんやりと見つめた。
 スコールは今日一日を、俺が死ぬかもしれない、と思って過ごしたんだ。
 俺があのしみったれたパブで、ガチガチに固まったオムレツと揚げ過ぎのフレンチフライを食って、呑気に新聞を広げ、煙草をふかしていた間も。
 俺は…スコールはもう、俺のことなんか忘れてるんじゃねえかって思ってた。
 出資者を失くしたうえ、将来確実に負債の乗っかる予定のガーデンは、俺に構ってる暇はねえ。確実に金になる任務をこなさなきゃ、大勢の行き場のないガキを抱えたまま、ばったり倒れちまう。
 モニター越しに見る多忙なスコールは、もう遠くの人間のような気がしていたんだ。
「気を揉んで損したな。…やっぱり、あんたはそう簡単に死ぬような人間じゃなかった」
 やがてスコールは、息を吐いて顔を上げた。
 その顔は、いつもの可愛げねえスコールだったが…俺はもう、逃げる気が失せちまった。
「敵はまだ近くに居んのか?」
「いや、自分が安全圏まで移動した後で、あんたの帰宅を確認してから遠隔操作で作動させたはずだ」
「今頃は空か海の上ってことか」
「相手も詰めが甘いよな。ちゃんと自分の目で見張ってれば、留守宅を爆破するなんて間抜けなことしなくてすんだのに」
「何人もセントラでとっ捕まったのが、よっぽど痛手だったんだろーな」
「…よし。もうすぐヘリが迎えに来る。もうちょっと待ってくれ」
 スコールは俺と話しながら、スマホを操作してB.G.に連絡を入れたらしい。
「さあ、これから楽しい裁判だ。あんたにも付き合ってもらうぞ」
 スコールがボックスの扉を開ける。
 肩をすくめながら、俺も後に続いて外に出た。
「勝てっこねえ。だから俺は逃げてたんじゃねーか」
 捕まったらそこまで、デリング派に殺られるのも、裁判にかけられるのも同じ。
 ガーデンがそれほど真剣に俺をかばう理由なんかねえのに、スコールは平然と俺を振り返る。
「勝つさ。俺は勝つつもりで、ずいぶんガルバディア幹部の情報を集めたんだ。売りたくもない顔も売りまくった。どうだ、なかなかの有名人だろう?」
「まーな。ガーデンの問題児2号も今じゃ世界の英雄だ。そこのパブの婆さんもお前の大ファンだぜ」
「それもこれも、全部勝つためだ。ガーデンの教師どもも、一人ずつ口説き落とした。…あんたも真面目に協力しろよな」
 独特のプロペラ音が近づいてくる。ガーデンの小型ヘリだ。
 ヘリは着陸地点を探してか、上空を旋回し始めた。
「協力って言やあ、エスタはこんな露骨にB.G.についちまっていいのかよ? 一応中立だったんじゃねーのか?」
 俺がしてもしょーがねえ心配だが気になって聞くと、スコールはしれっとしたツラで言ってのけた。
「中立さ。エスタ警察はあくまで爆破事件の調査に来ただけで、俺たちのことなんか知らない」
「ああ?……逆探知の件は?」
「逆探知なんかなかった。あんたは自分からガーデンに帰る決心をして、俺に電話をくれたんだ」
 澄ました横顔で、淡々と大ウソをつきやがるスコールに、俺は唖然とした。
「何だとぉ?…じゃ、何だ。俺は、お前の出てる番組見て…」
「けじめをつけに、ガーデンに戻る気になったわけだ。…分かりやすくて、受けそうな話だろ?」
 つまらなさそうに説明しながら、スコールはヘリと交信しているらしく、画面の上で指を滑らせる。
 …幼馴染の、幸運を祈るありがちな言葉にほだされて、ガーデンに帰るってのか。この俺が。
「テメエ…! よくもそんな…こっ恥ずかしい筋書きに嵌めてくれたな!」
「贅沢言える状況だと思うのか。俺だって本当は抵抗あるけど、我慢してるんだぞ」
 スコールは通信を終えて、頭上のヘリを見上げる。
 ヘリはボックス脇の空き地の雪上にランディングすると決め、ゆっくり下降してくる。
「…年貢の納めどきってことか」
「そうだ。みんな、あんたを待ってる」
 そうきっぱりと言い切って、スコールは俺を見た。
「…もう逃げるのは終わりだ、サイファー」
 バトルの時以外、ロクに俺と目を合わせなかったスコールが、正面から俺を見据える。
「今まで俺はあんたのゲームにさんざん付き合っただろ。…一回ぐらい、俺のゲームに付き合えよ」
 真剣な瞳だった。俺に何かを伝えようとしている。
 変わったな、と俺は思った。
「…ちぇっ。すっかり指揮官が板につきやがって」
「あんたと違って、俺は運が悪いからな。貧乏くじの連続だ」
「…お前、それで勝てんのかよ」
「あんたの運に期待しよう」
 スコールが、目を合わせたまま、俺に微笑む。
 一瞬、ヘリの騒音が遠のいた俺も、婆さんのことを笑えねーな。
 それにしても、一日に二度もこいつの笑顔を目撃するとは、
「…お前のまじない」
「え?」
「何でもねーよ」
 意外と効いたのかもな。
 こうして俺は生きていて、どうやら母校に帰るらしい。
 白い息を吐いて、ポケットに手を突っ込むと、紙切れが指先に触れた。
「これまだ使えっかな?」
 黄ばんだ食券をヘリの明かりにかざすと、呆れ顔のスコールに「あんた、帰る気があったんならさっさと帰って来い!」と怒られた。



 2012.12.22 / Good Luck On Your Birthday / END


 最後までお付き合いくださった方、どうもありがとうございます。
 ストーリーに大バグがあってごめんなさい。
「魔女戦争以前はケータイ無かった」というFF8世界の大前提が、頭から消え去っておりました…。
 これはもう、手の施しようが無かったです。
 他にもヘリの騒音と風とか世界における時差とか隠遁国家エスタに地方は無いとかツッコミどころ満載なんですが、この大穴を前にして、他のアラを誤魔化す努力をする元気もなくなってしまいました。
 ずさんな作文で申し訳ありません。どうかお許しください。
 こんな体たらくですが、サイファー、お誕生日おめでとう。
 わたしが書くといつもあんまりカッコ良くなくなっちゃうけど、本当はとってもカッコ良くて、ロマンティストなサイファーが大好きです。